英雄たちは、評価を改める
街の外縁。
戦闘の余波が完全に収まった頃、
英雄たちは静かに集まっていた。
誰も、すぐには口を開かない。
「……終わった、な」
最初に言葉を発したのは、
ヴァルハルト=レオンだった。
腕を組み、
街の中心を見据えたまま、低く笑う。
「街は壊れてねぇ。
敵も、消えた」
「……つまり」
一拍。
「あの二人が、
やり切ったってことだ」
•
ライザ=クロウデルは、
屋根の上から軽く跳び降りる。
「……やーめた」
ため息混じりに、
両手を上げた。
「勝てるとか勝てないとか、
そういう話じゃないね、これ」
「入った時点で、
“役割が違う”って
分からされる」
視線を、
街の内部へ向ける。
「……ああいう戦場は、
私の居場所じゃない」
•
イリス=アークライトは、
しばらく目を閉じていた。
光の魔力が、
わずかに揺れる。
「……討伐対象」
小さく呟く。
「そんな言葉で
片付けられるものじゃ、
ありませんでした」
ゆっくりと、目を開く。
「街は、
誰かを支配するために
作られたのではない」
「……守るために、
成立していた」
その事実を、
認めざるを得なかった。
•
ノイン=フェルツは、
地面に落ちていた紙を拾い上げる。
破かれた召喚陣。
「……契約不能」
淡々と、
しかし確かに言った。
「だが――」
視線が、
街の中心へ向く。
「不要でもない」
彼にとって、
それは最大級の評価だった。
•
沈黙が、落ちる。
誰もが、
同じ結論に辿り着いている。
「……誰が、
やったんだ?」
ヴァルハルトが、
問いかける。
答えは、
分かっている。
だが――
あえて、口にする。
「……後衛だ」
ライザが、
即答した。
「前線を成立させた剣士と、
それを前提に街を動かした後衛」
「あれは、
英雄の戦い方じゃない」
イリスが、
静かに続ける。
「……でも」
一拍。
「英雄でなくては
できない戦いでも、
ありませんでした」
つまり。
「立ち位置を理解した者にしか、
できない戦いだった」
風が、
街を撫でる。
結界は、
もう軋んでいない。
英雄たちは、
一歩引いた。
それは、
敗北ではない。
評価の更新だった。
街の中央。
瓦礫はほとんど残っていない。
戦場だった痕跡だけが、空気に薄く残っている。
ミリアとレインは、
まだ完全には回復していなかった。
二人並んで、
石段に腰を下ろしている。
「……来ます」
ミリアが、顔を上げた。
足音は、重くない。
敵意もない。
それでも――
存在感がある。
最初に姿を見せたのは、
ヴァルハルト=レオンだった。
大剣を肩に担いだまま、
堂々と歩いてくる。
「……よう」
視線が、二人を順に捉える。
「立派な戦場だったな」
それだけ言って、
それ以上は踏み込まない。
•
続いて、
屋根の上から軽く飛び降りる影。
ライザ=クロウデル。
「いやぁ……」
肩をすくめて笑う。
「正直、
近づかなくて正解だったわ」
「入ってたら、
完全に足引っ張ってた」
それは、
冗談めいているが――
本心だった。
•
イリス=アークライトは、
一歩遅れて現れた。
視線は、
二人をまっすぐに見ている。
「……改めて、
お礼を言います」
その言葉に、
ミリアが少し驚いた顔をする。
「街を、
守ってくれました」
「……私の判断は、
早すぎました」
レインは、
すぐに答えなかった。
少しだけ、
間を置いてから言う。
「……正しかったと思います」
イリスが、
わずかに目を見開く。
「放置していれば、
被害は広がっていました」
「警告は、
必要でした」
それは、
拒絶ではない。
対等な評価だった。
イリスは、
小さく息を吐いた。
「……ありがとうございます」
•
最後に、
ノイン=フェルツが前に出る。
相変わらず、
表情は動かない。
「……質問だ」
視線が、
レインに向く。
「この街は、
お前の能力がなければ
成立しないか?」
レインは、
即答しなかった。
ミリアを、
一瞬だけ見る。
それから――
首を振った。
「……いいえ」
「前線が、
成立していれば」
「俺がいなくても、
“戦場”にはなります」
ノインは、
数秒沈黙した。
「……理解した」
それは、
彼なりの最大の納得だった。
•
ヴァルハルトが、
腕を組んだまま言う。
「つまり――」
「お前たちは、
英雄になりたいわけじゃない」
ミリアが、
静かに答える。
「……必要なことを、
しただけです」
ヴァルハルトは、
歯を見せて笑った。
「いい」
「それでいい」
一歩、後ろに下がる。
「俺たちは――
ここに口を出さない」
「次に動くなら、
呼べ」
命令ではない。
選択肢の提示だ。
•
英雄たちは、
それ以上何も言わなかった。
称号も、
約束も、
報酬もない。
だが――
立ち去る背中は、
確かに軽かった。
ミリアが、
小さく息を吐く。
「……なんだか」
「思ってたより、
普通でしたね」
レインは、
少しだけ笑った。
「ええ」
「……でも」
街を見渡す。
「これで、
余計な干渉は
しばらく来ません」
ミリアは、
その言葉に頷いた。
「……じゃあ」
一拍。
「少し、
休みましょうか」
レインは、
石段にもたれかかる。
「賛成です」
戦いは、終わった。
だが――
物語は、
次の段階に進んでいる。
英雄たちが去ったあと、
街はいつもより静かだった。
騒がしさが消えたわけではない。
人の声も、生活の音も戻っている。
だが――
どこか、落ち着いている。
「……変な感じですね」
ミリアが、街路を見下ろしながら言った。
「ええ」
レインも同意する。
「戦場だったはずなのに、
もう“日常”に戻ろうとしている」
それは、
この街が「壊れなかった」証拠だった。
•
しばらく歩くと、
街の代表格である初老の男性が、
おずおずと近づいてきた。
「……あの」
言葉を探すように、
何度か口を開いてから、頭を下げる。
「英雄の方々から、
お話は聞きました」
「街は……
あなた方のおかげで、
守られたと」
ミリアが、
慌てて手を振る。
「いえ、そんな……」
レインは、
一歩前に出た。
「俺たちは、
この街を支配するつもりはありません」
「ただ――」
少しだけ、言葉を選ぶ。
「必要なときに、
“立つ場所”を使っただけです」
男性は、
ゆっくりと頷いた。
「……分かりました」
「では」
一拍。
「あなた方は、
この街に“属する”のですか?」
ミリアとレインは、
思わず顔を見合わせた。
属する。
守護者。
管理者。
どれも、
少し違う。
「……いいえ」
レインが、
静かに答える。
「俺たちは、
ここに“居着く”わけではありません」
「ですが」
ミリアが、
続けた。
「この街が、
誰かに踏みにじられそうになったら」
剣の柄に、
軽く手を置く。
「……そのときは、
また前に立ちます」
男性は、
その言葉を噛みしめるように聞いた。
「……それで、十分です」
•
二人は、
街の外れまで歩いた。
夕暮れの光が、
石畳を赤く染めている。
「……英雄にもならず、
街にも縛られず」
ミリアが、
ぽつりと言う。
「……中途半端ですかね」
レインは、
少し考えてから首を振った。
「いいえ」
「……一番、
動きやすい立ち位置です」
ミリアは、
少しだけ驚いた顔をして、
それから笑った。
「……確かに」
「前線も、
固定しなくていいですし」
「ええ」
レインも、
小さく笑う。
「必要な場所で、
必要なだけ立つ」
「……それで、
十分です」
風が、
二人の間を通り抜けた。
街は、
もう背後にある。
だが――
切り捨てたわけではない。
「……次は」
ミリアが、
前を向いたまま言う。
「もう少し、
完成度を上げたいですね」
レインは、
ゆっくり頷いた。
「ええ」
「未完成で勝てたのは、
運もありました」
「次は――
もっと厄介なのが来ます」
ミリアは、
剣を軽く鳴らす。
「……じゃあ」
一拍。
「また一緒に、
前に立ちましょう」
レインは、
その言葉を否定しなかった。
「ええ」
夕暮れの中、
二人は並んで歩き出す。
肩が触れるほど、
近い距離で。
英雄ではない。
支配者でもない。
だが――
必要なとき、
必ずそこに立つ二人。
それが、
今の彼らの立ち位置だった。
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