街は、レインの武器になる
前線が、固定された。
それは比喩ではない。
ミリアが立っているその一点を起点に、
街の“流れ”が変わった。
逃げ道。
交差点。
魔力の収束。
すべてが、
彼女を基準に再配置されていく。
「……前線が、
概念化したか」
敵の声が、低くなる。
「人が戦場になるとは……
面白い」
だが――
余裕は、消えていた。
なぜなら。
「……《成立破棄【エスタブリッシュ・ノー】》」
レインの声が、
街に“溶けた”。
次の瞬間。
影の一体が、
最初から存在しなかったかのように消える。
爆発も、
抵抗もない。
ただ、
消失。
「……?」
敵の動きが、
明確に止まる。
「……一体、
消えた?」
レインは、歩きながら答える。
「いえ」
淡々と。
「“成立していた理由”を、
消しました」
街の地面に、
淡い線が走る。
建物の影が、
微妙にずれる。
「……この街は、
もうあなたの戦場ではありません」
敵が、低く唸る。
「……奪い返すか」
影が再び増える。
だが――
増え方が、歪だ。
「……?」
同時成立が、
揃わない。
一体が早く、
一体が遅い。
「……《因果遮断【カウザル・ブレイク】》
――局所展開」
レインは、
街路一本分だけ因果を切った。
結果。
敵の踏み込みが、
“なぜ踏み込んだか分からない”状態になる。
「……何だ、これは」
敵の声に、
初めて焦りが混じる。
「理由が……
消えている?」
ミリアは、
一歩も動かない。
だが――
敵は、近づけない。
「……前線は、
私のものです」
剣を構えたまま、
静かに告げる。
「――越えさせません」
敵が、
距離を詰めようとする。
だが、
その瞬間。
「……《認識剥離【センス・ストリップ】》」
レインの声。
敵の視界が、
“重なった”。
どれが本体か、
分からなくなる。
「……くっ」
「コピー能力は、
便利でしょう」
レインは、
歩みを止めない。
「ですが――」
視線が、敵を捉える。
「成立条件を理解していない能力は、
制御に弱い」
街が、
完全に応え始めた。
魔力の流れが、
レインの足元に収束する。
「……街を、
完全に奪う気か」
「ええ」
即答。
「この街は――」
一拍。
「“立ち位置を理解している者”にしか、
力を貸しません」
敵の影が、
一体、また一体と消えていく。
残るのは、
中心の一つ。
初めて、
“単独の存在”になった敵が、
低く笑った。
「……なるほど」
「完全に、
主導権を奪われたか」
レインは、
その正面に立つ。
「――終わりです」
街は、
完全にレインの武器になった。
残った影は、一つだけだった。
もはや“重なり”はない。
分岐も、逃げ道も、可能性もない。
街の中心で、
敵コピー能力者は静かに立っていた。
「……ここまでか」
声は、
今までで一番“一人分”だった。
「英雄でもなく、
権力者でもなく……」
視線が、レインに向く。
「ただの後衛が、
街を奪うとはな」
レインは、歩みを止めない。
「……あなたは」
一拍。
「能力に、
立ち位置を任せすぎた」
敵が、鼻で笑う。
「コピー能力だぞ?」
「才能の塊だ。
他人の“完成形”を
奪える」
「努力も、
覚悟も、
不要だ」
その言葉に、
ミリアの剣先が、わずかに揺れた。
だが、
レインは否定しない。
「ええ」
淡々と、答える。
「だから、
ここまで来られた」
敵の眉が、
ぴくりと動く。
「……何?」
「あなたは、
“借り物の完成形”で
戦ってきた」
「ですが――」
レインの足元で、
街の魔力が静かに循環する。
「この街は、
“覚悟を置いた者”しか
受け入れません」
敵が、
舌打ちする。
「……なら」
拳を握る。
「最後に、
全部コピーしてやる」
影が、
一瞬だけ膨らんだ。
今まで見せなかった、
強烈な魔力反応。
「……《全域模倣【オール・コピー】》」
街全体を、
模倣対象に含める無茶な発動。
だが――
「……《成立破棄【エスタブリッシュ・ノー】》」
レインの声は、
驚くほど静かだった。
敵の魔力が、
途中で“抜け落ちる”。
「……な」
「街は、
“能力”ではありません」
レインは、
一歩、踏み出す。
「戦場に立つ人間の、
関係性です」
敵の足が、
初めて後ずさった。
だが――
ミリアが、そこにいる。
《踏越位【オーバー・ライン】》。
一歩。
それだけで、
後退が不成立になる。
「……っ!」
敵の視線が、
ミリアに釘付けになる。
「……前線が……」
「ええ」
ミリアは、
静かに答える。
「――ここは、
私の場所です」
剣を構える。
「……《不退一閃【ノー・リトリート】》」
今度は、
迷いがなかった。
剣が、
一直線に走る。
敵は、
防御を選ばなかった。
選べなかった。
なぜなら――
退く理由が、
すべて消えていたから。
斬撃が、
敵の胴を裂く。
影が、
崩れる。
だが――
まだ、終わらない。
「……はは」
敵が、笑った。
「なるほど……
俺は……」
身体が、
ゆっくりと崩れ落ちる。
「……何にも、
なってなかった、
わけだ」
最後に、
レインを見る。
「……お前は」
「コピーしてないな」
レインは、
静かに答えた。
「ええ」
「理解しただけです」
敵は、
それ以上、何も言えなかった。
影が、
完全に消える。
街に、
静寂が戻った。
ミリアが、
剣を下ろす。
「……終わりました?」
「ええ」
レインは、
息を吐いた。
だが――
その場に、崩れ落ちる。
「……レイン!」
ミリアが、
駆け寄る。
「……大丈夫です」
声は、
少し遠い。
「……ちょっと、
削りすぎました」
街は守られた。
だが――
代償は、確実に残っている。
それでも。
二人は、
立っていた。
しばらく、誰も動けなかった。
戦闘の熱が引いて、
街に静寂が戻ったあと――
身体の重さだけが、はっきりと残る。
「……」
ミリアの足が、わずかにふらついた。
それを見て、
レインが反射的に手を伸ばす。
だが――
自分も、同じだった。
「……っと」
二人同時に、
バランスを崩す。
結果、
お互いの肩を支える形で、
なんとか立ち続けることになった。
「……」
「……」
一瞬、
沈黙。
それから――
どちらからともなく、息が漏れた。
「……私たち」
ミリアが、先に言う。
「……ぼろぼろですね」
「ええ」
レインも、
同じように答える。
「自分で言うのも何ですが……
かなり無茶しました」
ミリアが、
小さく笑った。
「英雄みたいな戦い方じゃ、
ありませんでしたね」
「ええ」
レインも、
肩を貸したまま笑う。
「……でも」
視線を、
街に向ける。
壊れていない。
崩れてもいない。
守られている。
「止められました」
ミリアは、
その言葉に静かに頷いた。
「……はい」
そのまま、
少しだけ間が空く。
気づけば――
距離が、近かった。
互いに肩を支えているせいで、
顔の位置が、
思った以上に近い。
「……」
ミリアが、
ふと視線を上げる。
レインと、
目が合う。
近い。
思っていたより、
ずっと。
「……っ」
ミリアが、
慌てて視線を逸らす。
「……あ、あの」
声が、
少しだけ上ずった。
「……その」
「近いですね」
レインも、
今さら気づいたように言う。
「……ですね」
二人とも、
同時に、少しだけ顔が熱くなる。
だが――
離れない。
今、離れたら、
本当に倒れそうだったから。
「……でも」
ミリアが、
小さく笑う。
「こうして立ててるの、
レインのおかげです」
「いえ」
レインは、
首を振った。
「前線が、
成立していました」
「……だから、
俺は動けた」
ミリアは、
一瞬だけ驚いた顔をして。
それから――
照れたように、笑った。
「……じゃあ」
「お互い様、
ですね」
「ええ」
レインも、
静かに笑う。
街は、
もう敵を拒んでいる。
英雄たちは、
遠くから見ているだけだ。
ここに立っているのは、
二人だけ。
未完成で、
ぼろぼろで。
それでも。
同じ場所に立ち、
同じ方向を向いている。
「……少し」
ミリアが、
ぽつりと言った。
「このまま、
休みたいですね」
「賛成です」
レインは、
そのまま答えた。
「……動けませんし」
二人は、
肩を支え合ったまま、
静かに笑った。
顔は、
まだ少し近いままで。




