作る側に立つということ
結界の再現が安定してから、三日が経った。
街は平静を取り戻し、
表向きには「一時的な異常」として処理されつつある。
――だが、
内部ではそうはいかなかった。
「……結界の維持率が、落ちてきています」
ギルド本部の一室。
報告を受けた責任者が、眉をひそめる。
「修復したはずじゃなかったのか?」
「はい。
ですが、現在の結界は――」
視線が、レインに向く。
「**外部から“正しい前提を流し込んでいる状態”**です」
つまり。
「……維持しているのは、君か」
レインは、静かに頷いた。
「正確には、
《模写理解》による再現です」
その言葉に、
部屋の空気がわずかに変わる。
「再現……?」
「はい。
元の結界構造を理解し、
一時的に上書きしています」
一人の技師が、思わず口を挟む。
「ま、待ってくれ……
それはつまり……」
「あなた方の結界を、
“代わりに動かしている”ということですか?」
レインは、否定しなかった。
「はい」
沈黙。
それは、
冒険者が踏み込んでいい領域ではない。
「……では」
責任者が、慎重に言葉を選ぶ。
「この状態は、
いつまで保つ?」
「長くて、あと数日です」
即答だった。
「魔力効率が悪すぎます。
恒久的な構造ではありません」
「なら……
結界を、元に戻せば――」
「戻せません」
レインは、はっきり言った。
「元の結界は、
すでに上書きされています」
誰かが、息を呑む。
「正確には……
“雑なコピー”によって、
安全前提が書き換えられた」
「それを、
俺がさらに上書きしている状態です」
だから、と続ける。
「今必要なのは、
修復ではありません」
視線を上げる。
「――再設計です」
その一言で、
部屋が静まり返った。
•
会議の後。
ミリアは、建物の外で待っていた。
「……思ったより、
長かったですね」
「ええ」
レインは、空を見上げる。
結界の光が、
わずかに揺らいでいる。
「……どうでした?」
ミリアの問いは、
結果ではなく“覚悟”を聞いていた。
レインは、少し考えてから答える。
「……冒険者の仕事じゃないと、
言われました」
ミリアは、苦笑する。
「でしょうね」
「でも」
レインは、続けた。
「やらなければ、
また同じことが起きます」
ミリアは、足を止めた。
「……作るんですか」
「はい」
静かな声。
「俺が、
この街の結界を設計します」
一瞬、沈黙。
ミリアは、
レインの横顔を見る。
「……それ、
怖くないですか?」
レインは、正直に答えた。
「怖いです」
だが――
「だからこそ、
理解した上でやります」
ミリアは、
ゆっくりと頷いた。
「……じゃあ」
レイピアの柄に、手を置く。
「その間、
前に立つのは――」
「あなたです」
言葉を、重ねる。
二人は、視線を合わせた。
役割は、もう決まっている。
冒険者が守るだけの時代は、
終わりつつあった。
結界制御区画は、街の地下深くにあった。
石造りの広間。
床一面に刻まれた魔導陣。
壁際には、制御用の魔導具が並ぶ。
「……これが、街の結界中枢です」
技師の一人が、緊張した声で説明する。
ミリアは、思わず息を呑んだ。
「……こんな場所が」
「普段は、
私たち以外立ち入り禁止です」
視線が、レインに向く。
その意味は、重い。
•
レインは、魔導陣の中心に立った。
膝をつき、
床に刻まれた文様に手を触れる。
(……複雑だ)
だが、
理解できないほどではない。
《模写理解》を発動する。
対象は、
“結界そのもの”ではない。
――設計思想
――安全判定の階層
――魔力循環の優先順位
結界を作った人間の思考。
(……なるほど)
この街の結界は、
「人が住むこと」を前提に設計されている。
攻撃性能は、二の次。
耐久より、柔軟性。
(……だからこそ、
雑なコピーで壊された)
安全という概念を、
文章の見出しだけで写された。
「……分かりました」
レインは、立ち上がった。
「この結界は、
“良い設計”です」
技師たちが、ざわつく。
「だが……」
続ける。
「コピーされる前提が、
想定されていません」
責任者が、苦々しく言う。
「……そんなもの、
誰が想定する」
「今後は、
想定する必要があります」
レインは、淡々と答えた。
「結界は、
破られるだけでなく、
“真似される”時代に入っています」
その言葉に、
誰も反論できなかった。
•
ミリアは、少し離れた位置で聞いていた。
(……すごい)
剣を振る強さとは、
まったく違う。
世界の前提を言葉で切り分ける強さ。
「……でも」
技師の一人が、恐る恐る言う。
「君が再設計したとして……
それを、
誰が維持する?」
レインは、少しだけ黙った。
(……そこだ)
《模写理解》は万能ではない。
理解し、再現できる。
だが――
永続的に動かすのは、別の問題。
「……俺は」
正直に言う。
「この結界を、
“完成”させることはできます」
「ですが、
維持は――」
一拍。
「街の人間がやるべきです」
責任者が、目を見開く。
「……つまり」
「俺は、
“正解の設計図”を残します」
レインは、はっきり言った。
「それを運用し、
守り続けるのは――」
視線を向ける。
「あなた方です」
沈黙。
それは、
責任の押し付けではない。
責任の返却だった。
•
会議が終わり、
地下を出る。
ミリアが、ぽつりと呟く。
「……大変ですね」
「ええ」
レインは、苦笑する。
「剣を振る方が、
ずっと単純です」
ミリアは、少し笑ってから、
真剣な顔で言った。
「でも……
それでも、やるんですよね」
レインは、歩みを止めた。
「……やらなければ」
結界の光を見上げる。
「次は、
もっと上手くコピーされます」
「その前に、
正しい形を残す」
ミリアは、
レイピアを握り直した。
「……じゃあ」
「その時間、
私が前に立ちます」
レインは、頷く。
二人は、
もう迷わなかった。
結界の再設計は、夜から始まった。
街が眠りにつく時間。
人の流れが止まり、
魔力の揺らぎが最も安定する時間帯。
「……ここから先は、
立ち入り禁止にします」
責任者の声に、
技師たちが頷く。
ミリアは、地上に立っていた。
街門付近。
結界の境界線。
ここが、
一番最初に“異変が出る場所”。
「……何も起きないと、
いいんですけど」
独り言のように呟き、
レイピアを握る。
•
地下。
レインは、結界中枢の中心に座していた。
魔導陣の上に、
簡易的な設計図が浮かぶ。
だが、それは線画ではない。
――前提
――判断条件
――優先順位
言葉にならない“構造”。
《模写理解》を、
最大限に集中させる。
(……真似るだけじゃない)
これは、
選び直す作業だ。
「守る対象は、人」
「危険は、排除される」
「曖昧なものは、拒否する」
一つずつ、
前提を“固定”していく。
(……来る)
レインは、
空気の変化を感じ取った。
(……観測されている)
誰かが、
この再設計に気づいた。
•
地上。
ミリアは、
結界の縁で立ち止まった。
空気が、
一瞬だけ“逆流”する。
「……っ」
肌が、粟立つ。
次の瞬間。
結界の外側で、
何かが“形を取ろうとした”。
魔物ではない。
だが――
魔物に近い何か。
「……来た」
ミリアは、一歩前に出る。
「この先は――」
声に、迷いはない。
「通さない」
結界が、
わずかに揺れる。
だが、
破られはしない。
レインが、
正しい前提を刻んでいる。
だから、
前に立つ意味がある。
•
地下。
レインは、歯を食いしばった。
(……雑じゃない)
今度の干渉は、
明確に“上手く”作られている。
(……でも)
「……足りない」
小さく、呟く。
理解している。
だが、
踏み込んでいない。
「……あなたは、
世界を“使っている”」
指先を、魔導陣に置く。
「俺は――
世界を“成立させる”」
《模写理解》が、
結界の核心をなぞる。
設計が、
一段階“確定”する。
•
地上。
形を取りかけた“何か”が、
音もなく崩れ落ちた。
霧のように、
夜に溶ける。
ミリアは、
深く息を吐く。
(……守れた)
だが――
これは、序章だ。
•
結界の光が、
安定した輝きを取り戻す。
再設計は、
完了に近づいている。
レインは、目を閉じた。
(……次は)
確信がある。
次に来るのは――
前線を狙う攻撃。
コピーできない。
理解しても、
間に合わないかもしれない。
だからこそ。
(……ミリア)
前に立つ人が、必要だ。
街は、
今夜を越える。
だが――
試されるのは、
これからだった。




