記録される戦争
そこは、
“会議室”と呼ぶには歪すぎていた。
壁はない。
天井もない。
あるのは、黒い円環だけ。
中心に、玉座が一つ。
座っているのは――女。
脚を組み、退屈そうに指先を鳴らす。
「……で?」
赤い瞳が、楽しげに細まる。
「今回は、
どこが壊れたの?」
一歩、前に出た影が答える。
白銀の仮面。
感情のない声。
「前線担当、
撤退を確認」
ノクティス=レコルド。
《全域観測》
戦場の映像が、空間に浮かび上がる。
砕けた地面。
立ち尽くす人間たち。
半歩、退いた魔族。
「ふぅん」
リュクシア=ヴェルミリオは、
くすりと笑った。
「生きてたのね、
《非裁定》」
「想定より、
少しだけ早い」
「“少しだけ”です」
ノクティスは淡々と続ける。
「だが、
有意義なデータを取得」
「個体名:レイン」
「裁定拒否型因果干渉」
「結論未確定状態を、
意図的に維持」
「……不快」
リュクシアが、
嬉しそうに微笑んだ。
「ええ、ええ」
「人間如きが、
そんな真似をするなんて」
指先が、空をなぞる。
「でも――
だから面白いのよ」
その時、
別の影が前に出た。
黒衣。
冷たい視線。
マルヴェイン=シグル。
「失敗個体の回収は完了」
「暴走率、
想定内」
「魔物化データ、
次段階へ反映可能」
「……廃棄は?」
リュクシアが尋ねる。
「一部再利用」
「一部は、
“見せしめ”に転用予定」
その言葉に、
リュクシアは満足そうに頷いた。
「いいわ」
「人間はね、
“正しい死”より」
「意味の分からない死に、
一番怯えるの」
円環が、
ゆっくりと脈打つ。
その奥で――
何かが、腹を空かせたように鳴った。
「……」
誰も、
その存在に触れない。
触れてはいけない。
ノクティスが、
最後に告げる。
「結論」
「宝珠計画は、
順調」
「《非裁定》は、
監視対象に昇格」
「戦争段階へ、
移行可能」
リュクシアは、
楽しそうに立ち上がった。
「じゃあ――
次は“選択肢”を増やしましょう」
「人間が、
自分で壊れる余地を」
赤い瞳が、
遠くを見つめる。
「だって、
裁かれない世界って」
「一番、
愉しいじゃない?」
笑い声が、
円環に反響した。
円環の外側が、
一段、深く沈んだ。
空間が歪み、
赤黒い影が歩み出る。
鎧のような皮膚。
血色の瞳。
グラディウス=バル=カイム。
《虐殺執行官》は、
膝をつかない。
ただ、
一歩前に立つ。
「報告する」
声は、
戦場そのものだった。
「《非裁定》と接触」
「前線は維持可能」
「……だが」
一瞬、
言葉が止まる。
ノクティスが即座に補足する。
「前線担当、
半歩後退」
「戦果:引き分け以下」
「だが――
生存率、想定超過」
リュクシアが、
楽しそうに拍手した。
「やだ、
褒め言葉じゃない」
グラディウスは、
感情を乗せずに続ける。
「人間側は、
“連携”を完成させている」
「単体性能ではない」
「判断を、
切り捨てて戦う個体が存在」
レインの姿が、
投影される。
《戦場演算》の
未確定演算ログ。
「……厄介ね」
リュクシアは、
嬉しそうだった。
「で?」
「壊せる?」
グラディウスは、
即答した。
「可能」
「だが、
時間が要る」
その言葉に、
空間が震えた。
低く、
腹の奥から響くような音。
――ゴゥ……
円環の中心、
玉座の“影”が、
蠢く。
言葉はない。
だが、
全員が理解する。
《原初の飢餓》が、
反応している。
ノクティスが、
静かに記録を更新する。
「感情総量、
増加傾向」
「恐怖・不安・期待、
すべて良好」
「宝珠消費率、
想定より上」
マルヴェインが、
淡々と口を開く。
「逸脱個体の回収率も、
問題なし」
「むしろ、
“壊れ方”が洗練されてきている」
「人間側の対応が、
刺激になっている」
リュクシアは、
目を細めた。
「……最高」
「抵抗って、
やっぱりスパイスよね」
指を鳴らす。
「じゃあ、
次段階に行きましょう」
「宝珠は、
もう“商品”じゃない」
ノクティスが、
即座に言葉を繋ぐ。
「次工程、
コード名――」
一拍。
「《願望飽和》」
「願いが、
叶いすぎる段階」
「制御不能な幸福が、
崩壊を生む」
リュクシアは、
満足そうに頷いた。
「素敵」
「幸せすぎて、
壊れる世界」
立ち上がり、
円環を見下ろす。
「《非裁定》には――
止めてもらいましょう」
「止められないことを、
証明するために」
グラディウスが、
一言だけ告げる。
「次は、
全力で行く」
その言葉に、
円環が静かに応えた。
戦争は、
もう“遊び”ではない。
異変は、
叫びでは始まらなかった。
「……おかしいな」
世界機関の解析室で、
記録官が首を傾げた。
「宝珠使用後の生存率が、
上がってる」
「え?」
別の職員が端末を覗き込む。
「成功例が増えてるってことか?」
「違う」
記録官は、
ゆっくり首を振った。
「叶いすぎてる」
画面に並ぶ報告。
•病が治った
•失った手足が戻った
•倒産寸前の商会が復活した
•魔物被害ゼロの街区
どれも、
“正しい奇跡”。
「……副作用は?」
「今のところ、
目立った魔物化なし」
室内に、
微妙な空気が流れる。
「じゃあ……
問題ないんじゃ?」
その言葉に、
扉の前で立ち止まっていた男が、
低く言った。
「問題だ」
振り返る。
レインだった。
《非裁定》の面々が、
その背後に立っている。
「願いが叶うってことは、
“満たされる”ってことだ」
「でも――
人間は、満たされ続けると」
ミリアが、
続ける。
「次を、
欲しがる」
「……そう」
リュカが、
静かに言った。
《戦域把握》が、
街全体のデータを結び始める。
「幸福指数が、
均一化してる」
「上下が、
なくなってきてる」
エルドが、
盾に手を置いたまま呟く。
「……基準が、
消えていく」
その時。
警報が、
一つ鳴った。
小さい。
だが、
確実な音。
「宝珠使用者――
自発的再使用を確認」
「使用回数、
制限突破」
「……理由は?」
職員の問いに、
レインは答えた。
「もっと良くなりたい」
沈黙。
それは、
誰も否定できない願い。
「止められないな……」
ミリアが、
唇を噛む。
レインは、
画面を見つめたまま言った。
「うん」
「宝珠を壊しても、
もう終わらない」
「これは――
人間側の問題だ」
世界のどこかで。
誰かが、
もう一度、宝珠を握る。
幸福は、
まだ壊れていない。
だが。
満ちすぎた水は、
必ず溢れる。
遠い場所で、
愉悦の管理者は、
きっと笑っている。




