逆流の火種(バックフロー・スパーク)
宝珠の反応が、明確に“歪んだ”。
蒼衡から届いた簡潔な報告を、レインは黙って聞いていた。
出現地点、使用者の傾向、願いの内容――どれもが、あまりにも“揃いすぎている”。
「……誘導されてる」
呟いた瞬間、リュカが即座に頷いた。
《戦域把握》
展開された認識網が、街外れの廃区画を赤く染める。
「宝珠の発動点、逃走経路、隠蔽位置。全部、一本の線で繋がる」
「中間業者だな」
ミリアが短く言い、腰を落とした。
「しかも今回は……護衛付き」
次の瞬間、空気が“重く”なった。
エルドが盾を突き立てる。
《受理領域》
逃げ場も、退路も作らない。ただ“ここで起きた結果は受け取る”という宣言。
闇の奥から、気配が一つ、二つ――いや、三つ。
人型だが、人ではない。
魔族。しかも戦闘用に調整された個体。
「来るよ」
レインは深く息を吸う。
《戦場演算》が静かに回り始めるが、結論は出さない。
「倒すのが目的じゃない」
「――繋がりを、掴む」
ミリアが前に出る。
《踏越位》
剣はまだ抜かない。だが“前線”だけが確定する。
「ラインは私が引く。越えさせない」
魔族の一体が、嗤った。
次の瞬間、地面が砕ける。
リュカが即座に声を飛ばす。
「右、来る!」
《前線固定》
空間が縫い止められ、敵の突進がわずかに鈍る。
その“わずか”を、レインは見逃さない。
《因果遮断》
――結果に至る直前の因果だけが、切り落とされた。
魔族の攻撃が、届かない。
「今だ!」
エルドが一歩踏み込む。
《被害集束》
暴力の向きが、一点に集められる。
ミリアが、剣を抜いた。
《断戦》
それは斬撃ではない。
“戦いを続ける前提”そのものを断ち切る一閃。
魔族が後退した、その瞬間――
レインは確信した。
(……いる)
(この奥に、“流してる側”が)
戦いは、まだ始まったばかりだった。
魔族は、撤かない。
それが――答えだった。
「……守る気だな」
レインが低く言う。
中間業者ではない。
この場にいる魔族は、“回収不能なものは破棄する”役割を負っている。
つまり――
ここで宝珠を失えば、連中は切り捨てられる。
「ミリア、前線もう一段」
「了解」
《戦線確定》
ミリアの一歩で、戦場の“境界”が塗り替わる。
逃げ場は消えた。
だが同時に、敵も本気になる。
魔族の一体が腕を変形させ、空間を殴り潰す。
「――っ!」
リュカが即応する。
《戦域把握》
《戦局重量》
空間の“重さ”が調整され、衝撃が拡散する。
「このままじゃ押される!」
「押させない」
エルドが盾を前に出す。
《還流盾》
受けた衝撃が循環し、魔族の足元へ返る。
「っ、なにを――!」
そこへ、ミリア。
《前線穿断》
一直線。
剣閃が地面を裂き、魔族の隊列を分断する。
だが、奥からもう一体が跳び出す。
宝珠を持っている。
「来た……!」
レインの視界が、歪んだ。
《残命観測》
――見える。
宝珠の輝き。
使用回数。
魔物化までの距離。
(短い……あと二段階)
レインは迷わなかった。
《因果代償・仮受》
本来、支払うはずの“後”を、今ここで引き受ける。
視界が焼ける。
心臓が軋む。
「レイン!?」
ミリアの声が震える。
だが、レインは前に出た。
《成立破棄》
宝珠の効果が、“成立する前”で拒絶される。
魔族の動きが止まる。
「今だ、奪え!」
リュカが叫ぶ。
《即断放棄》
逃走ルートを、思考ごと切り捨てる。
エルドが踏み込む。
《後悔遮断》
――戻れない。
宝珠が、地面に転がった。
次の瞬間、魔族たちは“理解”した。
これは勝てない。
だが――情報は渡せない。
「撤退判断」
魔族の身体が、影に溶ける。
逃げた。
だが、宝珠は残った。
静寂。
レインは膝をつく。
「……取れた」
ミリアが駆け寄り、レインを抱き止める。
「バカ……!
こんな無茶……!」
声が、震えていた。
宝珠は、確かにそこにあった。
だが同時に――
**“向こうにこちらの存在が完全に認識された”**ことも、はっきりと分かっていた。
戦いは、次の段階へ進む。
宝珠は、冷たかった。
レインの掌の上で、静かに脈打つそれは――
願いを叶える道具には、あまりにも無機質で、あまりにも“軽い”。
「……こんなもんのために」
ミリアの声が、途中で詰まった。
レインは答えなかった。
《因果代償・仮受》の反動が、今になって身体を蝕んでいる。
膝が震え、視界が滲む。
「レイン」
ミリアが、彼の前に立った。
「……ねえ」
声が、震えている。
「もし、間に合わなかったらどうするつもりだったの?」
レインは少し考えてから、正直に答えた。
「……たぶん、魔物化しかけたと思う」
次の瞬間。
ミリアの目から、涙が溢れた。
「――っ、なんで!」
「なんでそんな顔で言えるの!
自分が壊れるかもしれないって、分かってたでしょ!?」
拳が、胸を叩く。
《踏越位》で前に出る時の鋭さは、もうない。
ただの少女の、感情だった。
「私たち……一緒に戦ってるんでしょ……?」
レインは、何も言えなかった。
その時。
「ほっほ……無理をしおったの」
岩陰から、聞き慣れた声。
「ジル爺……!」
老賢者は、ひょっこりと現れ、レインの額に杖を軽く当てた。
《位相修復》
《寿命補正》
軋んでいた因果が、元に戻っていく。
「今回はの。
“若いもんが死ぬ未来”は、まだ早いと思っての」
レインが目を見開く。
「でも、代償は……」
「長生きしとる老人の特権じゃ」
ジル爺は、からからと笑った。
「礼はいらん。
……強いて言うなら、ミリアのパンティでも――」
次の瞬間。
ゴンッ!!
「スケベたぬきぃぃ!!」
拳が炸裂し、ジル爺は地面に転がった。
その場に、少しだけ笑いが戻る。
だが。
宝珠は、依然としてそこにある。
リュカが低く言った。
「解析結果、出た」
「これ……個体依存じゃない」
「“流通さえすれば、誰でも使える”」
エルドが、盾を下ろしたまま呟く。
「止めきれないな……もう」
レインは、宝珠を見つめた。
「……世界機関には、全部報告する」
「隠しても意味がない」
ミリアは涙を拭き、強く頷く。
だが、全員が分かっていた。
もう――
民衆の手から、宝珠を完全に取り上げることはできない。
そして、その夜。
誰にも知られぬ場所で。
影の中の声が、静かに告げる。
「確認した」
「《非裁定》、想定より早い」
「供給ルート、次段階へ移行」
宝珠は、ただの“商品”ではなくなる。
戦いは、もう一段――深い場所へ。




