締め付けた結果
締め付けは、意図的に“中途半端”だった。
宝珠の全面禁止。
露店の即時壊滅。
強制回収。
――そういう派手な手は、取らない。
蒼衡が選んだのは、
管理強化という名の圧迫。
登録制の厳格化。
移送経路の一本化。
使用報告の即時提出義務。
「不満は出る」
セイン=ヴァルクスは、端末を閉じた。
「だが、
止めたと思わせる必要はない」
「“詰まった”と感じさせればいい」
ガラン=ディオルが、口角を上げる。
「流れが悪くなれば、
裏が動く」
「商売ってのは、
そういうもんだ」
その少し後。
《非裁定》の拠点。
リュカが、
地図を投影する。
宝珠の出現地点。
使用報告。
魔物化未満の事故。
「……偏り始めてる」
点が、
一方向に寄り始めている。
貧困層でもない。
戦乱地帯でもない。
「ここ?」
ミリアが、眉をひそめる。
「……妙に、
“ちょうどいい”場所ばっか」
レインは、
何も言わずに見ていた。
《残命観測》は、
反応していない。
寿命でも、
暴走でもない。
だが――
因果の“向き”だけが、
揃っている。
「……誘導されてる」
ぽつりと、言う。
「でも――
魔族じゃない」
エルドが、
視線を上げる。
「……じゃあ、
誰だ」
レインは、
少し考えてから答えた。
「人間だよ」
「宝珠を“必要としてる側”」
「締め付けられて、
困ってる側が――
集まり始めてる」
ミリアが、
息を呑む。
「……自発的に、
寄ってきてる?」
「うん」
レインは、
頷いた。
「逆流してる」
蒼衡が締めた結果、
宝珠は消えていない。
むしろ――
流れが一本になり始めている。
「……なるほど」
リュカが、
静かに言う。
「これは――
追いやすい」
レインは、
視線を地図から外さない。
「でも、
罠でもある」
「ここに行けば、
向こうも分かる」
《非裁定》は、
同時に理解した。
これは捜査じゃない。
誘い合いだ。
どちらが、
先に牙を見せるか。
宝珠の光は、
今日も一つ灯った。
だがその位置は――
もう、偶然じゃなかった。
集まった理由は、
単純だった。
「ここなら、
手に入るらしい」
それだけ。
噂は、
酒場から始まった。
宝珠の管理が厳しくなった。
登録が必要になった。
露店が消えた。
でも――
“完全に無くなったわけじゃない”。
「締め付けたら、
裏が出てくる」
誰かが、
そう言った。
だから人は、
裏に向かった。
港町の外れ。
使われなくなった倉庫群。
昼は静か。
夜になると、
人が増える。
「……あんたも?」
声をかけてきたのは、
年若い男だった。
武器は、
ない。
目立った力も、
ない。
「仕事、
切られてさ」
「これがあれば、
一回くらい……」
言葉の続きを、
誰も求めない。
全員、
同じだから。
宝珠は、
“成功例”が広まりすぎた。
英雄が使った。
生き延びた者がいる。
救われた者がいる。
だから――
自分も、例外だと思う。
倉庫の奥。
簡易的な卓の前に、
人が立っている。
フードを被った人物。
「数は限られます」
声は、
穏やかだ。
「登録も、
いりません」
「ただし――」
一拍、置く。
「自己責任で」
その言葉に、
誰も反論しない。
むしろ――
安心する。
責任を、
押し付けられないから。
「……本物、
なんだよな?」
誰かが聞く。
フードの人物は、
笑った。
「ええ」
「蒼衡の
管理番号と、
一致しています」
ざわめき。
封印は、
されていない。
でも――
“されていたはず”の番号。
「どうして……」
「流れが、
変わっただけです」
答えは、
それだけ。
《非裁定》は、
少し離れた場所で
この光景を見ていた。
直接は、
介入しない。
今は、
見る。
「……止めないの?」
ミリアが、
小声で聞く。
「止めたら、
散る」
レインは、
静かに答えた。
「散ったら、
また拾えなくなる」
倉庫の奥で、
宝珠が渡される。
一つ。
また一つ。
誰も、
魔物化しない。
今のところは。
フードの人物は、
一人分だけ
視線を動かした。
――こちらを見る。
一瞬。
確かに、
目が合った。
そして、
小さく頷いた。
“分かってますよ”
そう言うように。
《非裁定》の背後で、
リュカが低く言う。
「……餌場だな」
「うん」
レインは、
視線を逸らさない。
「でも、
狩人は――
まだ姿を見せてない」
宝珠を求める人間が、
集まり続ける。
管理が強化された結果、
流れは一本になった。
そして――
その流れの先に、
何かが待っている。
異変は、静かだった。
暴走はない。
悲鳴もない。
魔物化の兆候すら、まだ出ていない。
だからこそ――
おかしい。
「……減らない」
リュカが、低く言う。
「宝珠の数、
減ってない」
渡されている。
確実に。
なのに――
流通量が、落ちない。
「補充されてる?」
ミリアが、眉をひそめる。
「いや」
レインは、首を振った。
「“次”が、
用意されてる」
倉庫群の一角。
今夜、宝珠を受け取った人間たちが、
まだそこに留まっている。
使わない。
今すぐには。
代わりに――
待っている。
「……待たされてる」
エルドが、短く言う。
「使わせないことで、
“溜めて”いる」
その瞬間。
倉庫の奥から、
フードの人物が一歩前に出た。
「今夜は、
ここまでです」
落ち着いた声。
「次は――
“選ばれた方”だけに、
お声がけします」
ざわめき。
不満ではない。
期待だ。
「条件は、
一つだけ」
「本当に“必要な願い”を
持っていること」
人々の目が、
一斉に光る。
《非裁定》の空気が、
一段重くなる。
「……来た」
ミリアが、息だけで言う。
レインは、
フードの人物から目を離さない。
《残命観測》が、
わずかに反応する。
寿命でも、
代償でもない。
因果が、束ねられている。
「選別、
始めたな」
リュカが言う。
「次は――
一人ずつ」
「うん」
レインは、
静かに頷く。
「しかも、
ここで使わせない」
「“溜めた願い”を、
まとめて刈る気だ」
フードの人物が、
一瞬だけこちらを見る。
笑ってはいない。
だが――
気づいている。
見られていることも。
追われていることも。
それでも、
動きを止めない。
「……踏み込む?」
ミリアが、
レインを見る。
罠だ。
明らかに。
ここから先は、
“事故”じゃない。
「うん」
レインは、
答えた。
「踏み込む」
「止めるためじゃない」
「――辿るためだ」
《非裁定》は、
影の中へ動く。
蒼衡の管理は、
流れを一本にした。
人間の欲望は、
自分から集まった。
そして今――
魔族は、次の段階へ進もうとしている。
狩りは、
もう始まっていた。




