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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第13章 同じ死体を見ている

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泣くなよ

朝は、静かだった。


非裁定ノーリトリート》の拠点には、

戦場の気配はない。


湯気の立つカップ。

窓から差し込む光。

いつもの、何も起きていない時間。


「……顔色、悪くない?」


ミリアが言ったのは、

三杯目の紅茶を淹れている時だった。


レインは、

一瞬だけ考えてから答える。


「そう?」


「そう」


即答だった。


「昨日からずっと」


レインは、

肩をすくめる。


「寝不足かな」


嘘ではない。

だが――

本当でもない。


椅子に腰を下ろした瞬間、

視界がわずかに揺れた。


残命観測リミット・ヴィジョン》が、

勝手に反応する。


(……減ってるな)


昨日より、

確実に。


原因は分かっている。

止めようもない。


「レイン」


ミリアが、

真正面に立った。


いつもより、

距離が近い。


「何した?」


声は低い。

冗談じゃない。


「……何も」


その瞬間。


ミリアの顔が、

歪んだ。


「嘘」


拳を、

強く握る。


「それ、

一番嫌い」


レインは、

何も言えなかった。


言えば、

終わる。


言わなくても、

バレている。


「……昨日」


ミリアの声が、

震え始める。


「戻ってきた時から、

変だった」


「息、浅くて」

「歩き方も」

「目、合わなかった」


一歩、

詰め寄る。


「一人でやったでしょ」


レインは、

視線を逸らした。


その瞬間。


ミリアの目から、

涙が落ちた。


「……バカ」


声が、

掠れる。


「なんで、

一人でやるの」


「《非裁定ノーリトリート》でしょ」


「一人で背負わないって、

言ったじゃん……!」


涙は、

止まらない。


怒っている。

怖がっている。

心配している。


全部、

混ざっている。


レインは、

初めて慌てた。


「……泣くなよ」


「泣くに決まってるでしょ!」


思わず、

胸ぐらを掴む。


力は弱い。

でも離れない。


「消えそうな顔して、

平気なふりして……!」


「置いてかれるの、

嫌なんだよ……!」


言葉が、

零れ落ちる。


レインは、

何も返せなかった。


ただ――

手を伸ばす。


触れたのは、

ミリアの肩。


それだけ。


抱き寄せもしない。

離れもしない。


中途半端な距離。


でも――

それが、今の限界だった。


「……ごめん」


小さく、

言った。


ミリアは、

答えなかった。


ただ、

泣いた。


非裁定ノーリトリート》は、

今日も揃っている。


だが――

一人だけ、

確実に削れている。


それを、

もう隠せなくなった朝だった。


泣き止んだあとも、

空気は戻らなかった。


ミリアは、

顔を伏せたまま椅子に座っている。


泣いた理由を、

説明しない。


説明しなくても、

全員が分かっているからだ。


レインは、

壁際に立ったまま動かない。


座ると、

崩れそうだった。


「……数値、

合わないな」


沈黙を破ったのは、

リュカだった。


端末を操作しながら、

淡々と続ける。


「回復量」

「疲労回復速度」

「集中維持時間」


「どれも、

昨日以前より落ちてる」


「でも、

戦闘記録はない」


ミリアが、

顔を上げる。


目は赤い。

だが、

もう泣いていない。


「……やっぱり、

やったんだ」


リュカは、

視線を上げずに頷く。


「しかも――

“普通のダメージ”じゃない」


「削れてるのは、

時間だ」


その言葉に、

空気が一段冷える。


エルドが、

静かに前に出た。


何も言わない。


ただ、

レインの少し前に立つ。


盾役としてではない。

支点として。


「……宝珠だ」


レインが、

観念したように言った。


ミリアが、

すぐに睨む。


「……使った?」


「使った」


即答だった。


「魔物化、

しかけた」


ミリアの手が、

また震えた。


「……どこまで」


「戻れなくなる、

一歩手前」


嘘は、

もうつかない。


リュカが、

静かに息を吐く。


「……仮受だな」


「《因果代償・仮受

(テンポラリー・サクリファイス)》」


レインは、

小さく頷いた。


「後払い、

確定してる」


その瞬間。


ミリアが、

立ち上がった。


殴らない。

怒鳴らない。


ただ――

距離を詰める。


「……ねえ」


声は、

低い。


「それ、

一人で払う気?」


レインは、

答えない。


答えなくても、

分かる。


ミリアの目に、

また涙が溜まる。


でも――

今度は落ちない。


「……ふざけんな」


「《非裁定ノーリトリート》だよ」


「一人で裁かない」

「一人で決めない」

「一人で背負わない」


「それ、

あんたが言った」


エルドが、

短く言う。


「……立て」


「倒れるな」


それだけ。


だが、

それが全てだった。


リュカが、

結論を出す。


「宝珠は、

放置できない」


「個人の問題じゃない」

「構造だ」


レインは、

ゆっくり頷いた。


「……だから」


視線を上げる。


「次は、

一人でやらない」


ミリアは、

その言葉を信じない。


だが――

離れもしない。


「……絶対だよ」


小さく、

そう言った。


非裁定ノーリトリート》は、

再び揃った。


ただし今度は――

代償込みで。


夜は、早く来た。


拠点の灯りは落とされ、

窓の外には街の明かりが点々と見える。


宝珠は、

机の上に置かれていた。


誰も、

触らない。


触れなくても、

そこに“ある”だけで分かる。


「……次の現場、

ここ」


リュカが、

地図を投影する。


宝珠の使用報告。

成功例。

軽微な事故。


どれも、

まだ“騒ぎにならない”規模。


「でも、

増えてる」


「確実に」


エルドが、

静かに頷く。


「……立つ場所は、

そこだな」


レインは、

その言葉に小さく笑った。


「うん」


「前には出ない」


「でも、

見逃さない」


ミリアは、

少し離れた場所で腕を組んでいた。


さっきまでの涙は、

もうない。


だが――

目は、

ずっとレインを追っている。


「……ねえ」


呼ばれて、

振り返る。


「次、

一人で行ったら」


一瞬、

言葉を探す。


「……許さないから」


脅しではない。

冗談でもない。


それでも、

どこか照れたような言い方だった。


レインは、

少しだけ間を置いて答える。


「……分かってる」


それ以上、

言わなかった。


言葉にすると、

約束になってしまうから。


非裁定ノーリトリート》は、

静かに準備を始める。


剣を研ぐ音。

装備を確かめる動作。

いつもと同じ。


だが――

レインの視界の端で、

一瞬だけ。


残命観測リミット・ヴィジョン》が、

勝手に走った。


暗い影。

胸の奥。


“後払い”。


まだ形はない。

痛みもない。


それでも、

確実に――

近づいている。


(……来るな)


そう思った瞬間、

影は、

わずかに脈打った。


レインは、

息を整える。


誰にも、

見せない。


今はまだ、

立てる。


非裁定ノーリトリート》は、

夜の街へ踏み出した。


宝珠が、

日常になりきる前に。


次は、

間に合うかどうか。


それを決めるのは――

まだ、これからだ。


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