俺たちは、ちゃんと役に立っている
歓声は、思っていたよりも心地よかった。
《勇者》と呼ばれるのは、悪くない。
剣士は、広場の中央で胸を張っていた。
昨日までとは、空気が違う。
人の目が、
敬意と期待を含んでいる。
「助かりました!」
「勇者様が来てくれなかったら……!」
頭を下げられる。
感謝される。
(……ほらな)
(俺たちは、間違ってなかった)
魔術師が、
小声で囁く。
「うまくいったな」
「当たり前だ」
剣士は、
自信満々に答えた。
「強くなった奴が暴れただけだ」
「俺たちは、
それを止めた」
僧侶が、
少しだけ視線を逸らす。
「……でも、
あの人……」
「やめとけ」
剣士は、
即座に遮った。
「結果がすべてだろ?」
「街は守られた」
「それでいい」
斥候が、
周囲を見回しながら言う。
「次の街から、
依頼が来てる」
「同じような話だ」
「宝珠で力を得た奴が、
ちょっとおかしくなったって」
剣士は、
口角を上げた。
「楽な仕事だな」
装置を思い出す。
魔族から“借りている”魔道具。
宝珠の力を抑え、
暴走だけを止める仕組み。
(あれさえあれば、
誰が相手でも問題ない)
そこへ、
例の老人が現れた。
いつの間にか、
柱の陰に立っている。
「ほっほ……」
「評判が、ええのぉ」
「……あんたか」
剣士は、
少しだけ声を落とす。
「次も、
同じ条件でいいんだろ?」
老人は頷く。
「もちろんじゃ」
「お主らは、
正しいことをしとる」
「宝珠は希望」
「暴走は事故」
「勇者は、
それを片付ける」
その言葉に、
剣士は深く頷いた。
「だよな」
「俺たちは、
ちゃんと役に立ってる」
老人は、
影の中で笑った。
その笑みが、
誰のものでもないことに、
誰も気づかなかった。
広場では、
次の依頼の話が始まっている。
《勇者》の物語は、
まだ始まったばかりだった。
支持は、増えると重くなる。
だが――
それに気づいた者はいなかった。
《勇者》の名は、街を越えて広がった。
「また助けてくれたらしい」
「宝珠の暴走を止めたんだって」
「やっぱり、英雄の代わりは必要だったんだな」
噂は、
事実よりも早く走る。
剣士は、その中心にいた。
「次は、
もう少し大きな街だな」
地図を広げ、
指でなぞる。
「依頼も、
前より条件がいい」
魔術師が、
報酬額を見て口笛を吹いた。
「英雄より、
稼いでるんじゃないか?」
「当然だろ」
剣士は、
悪びれずに言う。
「俺たちは、
“今”必要なんだ」
僧侶が、
躊躇いがちに言った。
「……宝珠を、
使わない方法は……」
「ない」
即答だった。
「宝珠は、
もう止まらない」
「だったら、
俺たちが管理すればいい」
斥候が、
小さく笑う。
「管理、ね」
「英雄気取りだな」
剣士は、
その言葉を気にしなかった。
「気取りじゃない」
「役割だ」
街に入ると、
視線が集まる。
「勇者様だ!」
「本物だ!」
「あの人たちがいれば大丈夫!」
宿は、
一番いい部屋を用意した。
酒も、
勝手に運ばれてくる。
「代金は?」
と聞くと、
宿主は首を振った。
「英雄からは、
取れません」
剣士は、
それを当然のように受け取った。
(俺たちは、
選ばれた側だ)
依頼人が頭を下げる。
「どうか……」
「息子を……」
剣士は、
途中で遮った。
「大丈夫だ」
「俺たちが行けば、
終わる」
理由も、
経緯も、
聞かない。
必要ない。
“結果”さえあればいい。
夜。
装置を確認する。
淡い光が、
規則正しく脈打つ。
「これさえあれば……」
魔術師が言う。
「誰が相手でも、
英雄だ」
剣士は笑った。
「違う」
「英雄じゃない」
「英雄より、
使える」
その言葉に、
誰も反論しなかった。
遠くで、
また宝珠が売られている。
願いは、
今日も叶う。
そして――
次の“事故”が、
静かに育っていた。
境界を越えた瞬間は、驚くほど静かだった。
小さな村だった。
宝珠を使った者が一人、
暴走しかけているという話。
被害は、まだ出ていない。
「……どうする?」
斥候が、低い声で聞く。
剣士は、地図を見たまま答えた。
「放っておく」
「え?」
「暴れたら止める」
「暴れなきゃ、
問題は起きてない」
僧侶が、顔を上げる。
「……でも、
まだ人の意識は残ってる」
「知ってる」
剣士は、
面倒そうに言った。
「だからこそだ」
「今、助けたら――
宝珠は“危険”になる」
一瞬、沈黙。
魔術師が、
理解したように頷く。
「……支持が落ちるな」
「そうだ」
剣士は、
淡々と続ける。
「宝珠は希望」
「暴走は事故」
「勇者は解決策」
「この形を、
崩すな」
村を離れる。
背後で、
何も起きなかった。
――その日は。
数日後、
村は焼けた。
原因は、
“突然の魔物化”。
報告書には、
こう書かれた。
《勇者パーティの迅速な対応により、
被害は最小限に抑えられた》
誰も、
“最初に見捨てられた時間”を
知らない。
その夜。
例の老人が、
宿の一室に現れた。
「ほっほ……」
「よく判断したのぉ」
剣士は、
苛立ちを隠さない。
「だったら、
最初からそう言え」
老人は、
ゆっくり首を振る。
「言う必要はない」
「お主らは、
もう分かっとる」
そして、
一言だけ告げた。
「次は――
中に入れ」
「中?」
「世界を守る者の“中”じゃ」
意味は、
すぐに理解できた。
数日後。
世界機関の臨時対応班に、
新しい“協力者”が加わった。
宝珠事件の実地経験者。
民衆の支持が高い。
英雄の代替として期待されている。
書類は、
問題なく通った。
誰も、
疑わなかった。
「勇者が味方なら安心だ」
「現場を知っている人間が必要だ」
剣士は、
名札を受け取る。
世界機関臨時協力員。
その文字を見て、
彼は笑った。
「……順調だな」
影の奥で、
老人が満足そうに頷く。
「うむ」
「よく染み込んできた」
その夜、
別の街で――
また一つ、
宝珠が売れた。
誰も、
何も気づかない。
それが、
一番都合がよかった。




