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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第12章 願いは、小さくていい

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願いは、小さくていい

その願いは、世界を変えるほど大きくなかった。


男の名は、どこにでもいるようなものだった。

年齢も、取り立てて語るほどではない。


ただ――

運がなかった。


怪我をして、仕事を失い。

貯えは底をつき。

助けを求める相手も、もう残っていない。


「……はぁ」


夕暮れの路地で、男は座り込んだ。


英雄の話は、嫌というほど耳に入る。

勇者が現れた。

街は守られた。

もう大丈夫だ、と。


――自分は?


その問いに、答えは返ってこない。


「難しい願いじゃないんだ」


男は、独り言のように呟いた。


「もう一回だけ……

ちゃんと働ける身体が欲しい」


そのときだった。


「ほっほ……」


背後から、

場違いなほど穏やかな声がした。


振り返ると、

薄暗い路地の奥に老人が座っている。


いつから、そこにいたのか分からない。


「誰……です?」


老人は答えない。

代わりに、

手のひらを開いた。


そこには、

淡く光る小さな珠があった。


「願いを叶える宝珠じゃ」

「難しいことはできん」

「じゃが……

その程度なら、足りる」


男は、息を呑む。


詐欺だと思うには、

あまりにも――

“都合が良すぎた”。


「……代償は?」


「気にせんでええ」

「安い」


値段は、

男が一瞬ためらって、

それでも出せる程度だった。


「……一度だけ、だぞ」


自分に言い聞かせるように、

男は宝珠を握った。


砕ける。


光が、

指先から身体へ染み込む。


――熱い。


だが、痛みではない。


立ち上がると、

身体が軽かった。


息が深く吸える。

足が、しっかりと地面を踏む。


「……動く」


声が震えた。


翌日。


男は仕事を得た。

重い荷を軽々と運び、

周囲を驚かせる。


「すごいな!」

「助かるよ!」


感謝される。

褒められる。


その夜、

男は久しぶりに笑った。


「……叶った」


願いは、確かに叶った。


誰も傷ついていない。

何も失っていない。


――この時点では。


力は、便利だった。


それが最初の感想だった。


男は、以前なら二人がかりだった荷を一人で運び、

長時間の作業でも息を切らさない。


雇い主は目を丸くした。


「なんだ、お前……」

「そんな体、してたか?」


「……最近、調子が良くて」


それは嘘ではない。


調子は、確かに良かった。


賃金が上がる。

仕事が増える。

頼られる。


「助かるよ」

「お前がいなきゃ回らない」


その言葉が、胸に残る。


夜になっても、

疲れはほとんど残らなかった。


「……これくらい、

普通の人もできていいだろ」


男はそう思った。


英雄でも、勇者でもない。

ただ、少しだけ恵まれただけ。


そのはずだった。


数日後。


同じ職場の男が、

怪我をした。


「くそ……」

「今日は人手が足りないな……」


周囲が困る中、

自然と視線が集まる。


「……お前なら、

いけるだろ?」


その言葉に、

男は一瞬だけ迷った。


だが――

断らなかった。


身体は、応えてしまう。


限界を超えた作業。

無理な持ち上げ。

危険な足場。


それでも、

落ちない。

折れない。


拍手が起きた。


「すげぇ……」

「まるで英雄だ」


その言葉に、

男の胸が少しだけ高鳴る。


(違う)

(俺は……)


そう思いながらも、

否定しなかった。


その夜、

違和感が出た。


鏡に映る自分の目が、

妙に光って見える。


「……疲れ目、か」


そう呟いて、

男は目をこすった。


だが、

力を使うたびに――

胸の奥が、熱を持つ。


空腹感が、

いつもより強い。


肉が欲しい。

血の気のあるものが。


「……変な感じだな」


翌日。


街の噂が、

男の耳にも届いた。


「聞いたか?」

「最近、

“勇者様”がいるらしいぞ」


「宝珠で力を得た者を、

ちゃんと救ってくれるって」


男は、

その言葉に足を止めた。


「……救う?」


「暴れたら、

倒してくれるんだってさ」

「街も守られるし、

安心だよな」


安心。


その言葉に、

男はなぜか胸を撫で下ろした。


(大丈夫だ)


(もし、

何かあっても)


(あの人たちがいる)


その夜、

男は眠れなかった。


胸の熱が、

少しずつ、

少しずつ――

獣の鼓動に近づいていることに、

まだ気づかないまま。


異変は、静かに始まった。


男は、朝になっても眠れなかった。

胸の奥が、ずっと熱い。


呼吸をするたび、

肺が広がりすぎる感覚がある。


「……大丈夫だ」


そう呟いて、

男は立ち上がった。


仕事へ行く途中、

路地の壁に手をつく。


指先が、

石にめり込んだ。


「……あ?」


驚いて引き抜くと、

壁には爪痕が残っている。


その瞬間、

胸の熱が――弾けた。


視界が赤く染まり、

音が歪む。


(違う)

(俺は……)


言葉にならない咆哮が、

喉から漏れた。



街が、壊れ始めた。


瓦礫が飛び、

悲鳴が上がる。


“魔物”が現れた、と。


だがその姿は、

人の形をしていた。


異様に肥大した腕。

黒く変質した皮膚。

赤く濁った目。


「来るな……!」


かろうじて、

声だけが残っていた。


だが次の瞬間、

理性は砕ける。


そこへ――

派手な声が響いた。


「下がれ!」


「我らが来た!」


人垣を割って現れたのは、

《勇者》を名乗る一団。


鎧は輝き、

動きは派手。


「任せろ!」

「英雄の意志は、

俺たちが継ぐ!」


剣が振るわれ、

魔法が放たれる。


だが――

攻撃は、致命に至らない。


代わりに、

彼らの一人が小さな装置を掲げた。


淡い光。


魔物の動きが、

一気に鈍る。


「今だ!」


剣が突き立てられ、

魔物は地面に倒れ伏す。


その一瞬、

男の目が、正気を取り戻した。


「……すま……」


最後の言葉は、

誰にも届かなかった。



静寂。


そして、

遅れて拍手が起きる。


「勇者だ……!」

「助かった……!」

「やっぱり、

勇者様がいれば安心だ!」


《勇者》たちは、

胸を張った。


「恐れることはない!」

「宝珠は希望だ!」

「暴走は、

俺たちが止める!」


その言葉に、

人々は頷く。


納得する。


理解したつもりになる。


瓦礫の中、

誰かが呟いた。


「宝珠は、

悪くないんだな……」


その結論は、

あまりにも早かった。


少し離れた場所。


瓦礫の影で、

淡い光が一つ、

静かに脈打っていた。


それを見下ろす視線が、

確かにあった。


「……いい」


「願いも、

絶望も、

ちゃんと育っている」


その声は、

人のものではない。


「次は……

もう少し、大きくしよう」


光は、

またどこかへ運ばれていく。


街には、

“安心”だけが残った。


――それが、

一番危険なものだとも知らずに。


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