英雄の名前で商売する者たち
英雄の勝利は、思ったより早く“商品”になった。
街の大通りには、色とりどりの旗が並ぶ。
剣の紋章、光の意匠、聞き覚えのある英雄の名前。
――公式認定。
――英雄推奨。
――討伐記念。
そんな言葉が、やたらと踊っていた。
「すげぇな……」
レインは通りの端で立ち止まり、
露店の看板を見上げた。
《英雄ライザ公認・勝利の剣飴》
《イリス式・必勝護符》
《蒼衡監修・秩序安定のお守り》
どれも、それっぽい。
どれも、本人は関わっていない。
「売れるなら何でもいいんだね」
ミリアが肩をすくめる。
「平和になった証拠、って言えば聞こえはいいけど」
「うん」
レインは否定しない。
否定する理由も、権利もない。
通りの中央では、
即席の演壇が組まれていた。
派手な服を着た男が、
声を張り上げている。
「――皆さん!
英雄の時代は終わりません!」
拍手。
口笛。
歓声。
男は続ける。
「なぜなら!
英雄の“意思”を継ぐ者がいるからだ!」
幕が落ちる。
そこに現れたのは、
見慣れない若者たち――四人組。
剣士、魔術師、僧侶、軽装の斥候。
装備は新品同様。
表情は、やけに自信満々。
「a
「我ら!
新生勇者パーティ《ブレイブ・ノヴァ》!」
歓声が上がる。
「英雄に選ばれた者たちです!」
「英雄の意志を継ぎ、
次なる脅威に立ち向かいます!」
レインは、眉をひそめた。
「……選ばれた?」
「言ったね」
リュカが、静かに確認する。
壇上の勇者たちは、
胸を張り、民衆に手を振る。
「ご安心ください!」
「我々がいれば、
もう悲劇は起きません!」
その言葉に、
人々はほっとした顔をした。
安心。
希望。
分かりやすい未来。
エルドが、ぽつりと言う。
「……立ってない」
誰も、前線に立った痕跡がない。
それでも――
拍手は鳴り止まない。
ミリアが小さく呟いた。
「英雄って、
便利な言葉だね」
レインは、目を逸らした。
(ああ……)
(これは、軽い)
(そして――
放っておくと、重くなる)
通りの奥で、
別の露店が宝石を売っていた。
安価で、
淡く光る小さな珠。
「願いが叶うよ!」
呼び声は、
まだ誰にも届いていなかった
新生勇者パーティ《ブレイブ・ノヴァ》は、
思った以上に“仕事が早かった”。
街の裏手。
小規模な魔物の出没地。
本来なら、
冒険者が数人で対応する程度の案件だ。
だが――
今日は違った。
「見ろよ、集まってる集まってる!」
剣士風の男が、
民衆の視線を浴びて笑う。
「ちゃんと撮れよ!」
「俺がトドメ刺すところな!」
斥候が、
周囲に集まった人間に声を張る。
「英雄の戦いだ!
下がって見てろ!」
魔物は、
ただの小型個体だった。
連携も取れない。
知性も低い。
それでも勇者パーティは、
無駄に派手な動きをする。
「うおおお!」
「勇者剣技・第一式!」
ただの横薙ぎだ。
魔物は倒れる。
当然だ。
「――やったあああ!」
歓声。
剣士は胸を張り、
わざと息を荒くする。
「ふう……」
「危なかったな」
「これが英雄の戦いだ」
魔術師が、
遅れて魔法を放つ。
「俺の支援がなければ
危なかっただろ?」
僧侶が、
ほとんど無傷の仲間に回復をかける。
「無理しないで」
「英雄は体が資本だから」
レインは、少し離れた場所で見ていた。
(……演出が多い)
ミリアが、
眉をひそめる。
「あれ、
誰でもできる仕事だよね」
「うん」
リュカが言う。
「でも、
“誰がやったか”は大事らしい」
討伐後。
勇者パーティは、
真っ先に報酬の話を始めた。
「今回の件、
俺たちの名前で報告していいよな?」
「英雄枠だから、
追加報酬あるよね?」
受付の冒険者が、
困った顔をする。
「規定では――」
「規定?」
剣士が笑う。
「規定を守るために
英雄がいるんじゃない」
その言葉に、
周囲の空気が一瞬だけ凍る。
だが、
民衆の一人が拍手した。
「さすが勇者だ!」
それを合図に、
空気はまた流れ出す。
魔物の死体は、
そのまま置き去りにされた。
解体もしない。
素材も回収しない。
「雑魚だし、
どうでもいいだろ」
そう言って、
勇者たちは去っていく。
エルドが、
その場に立った。
誰も頼んでいない。
誰も命じていない。
だが、
解体が始まる。
後処理をする冒険者たちが、
自然と集まる。
「……英雄って、
片付けしないんだ」
ミリアが言う。
「英雄は、
“絵”だからね」
リュカの言葉は、
どこか冷えていた。
その日の夜。
街の酒場。
勇者パーティは、
中央の席を占拠していた。
「俺たちがいなきゃ、
この街は終わってたな!」
「英雄に乾杯!」
酒が回り、
声が大きくなる。
「なあ」
「次は、もっと派手なのがいい」
「民衆が沸くやつ」
その会話を、
レインは聞いていない。
聞く価値がない。
だが――
酒場の隅。
露店で見たのと同じ、
淡く光る小さな珠が、
無造作に転がっていた。
誰かが落としたのか。
誰かが置いたのか。
今は、まだ分からない。
レインは、
ほんの一瞬だけ視線を向けて、
そして逸らした。
(……今は、まだだ)
英雄ビジネスは、
しばらく続きそうだった。
夜は、賑やかだった。
酒場の灯りは遅くまで消えず、
通りには笑い声が残っている。
《ブレイブ・ノヴァ》の名は、
すでに街のあちこちで囁かれていた。
「今日の討伐、見た?」
「すごかったよね、勇者様!」
「やっぱり英雄って違うんだなぁ」
噂は、少しずつ形を変える。
魔物は十体だった。
実際は一体だった。
危機一髪だった。
実際は危険ですらなかった。
だが誰も、
“正確さ”を求めていない。
欲しいのは、
分かりやすい話だった。
レインたちは、
宿の二階で静かに夕食を取っていた。
派手な料理はない。
豪華な酒もない。
「人気あるね」
ミリアが、
窓の外を見て言う。
「うん」
レインは、
それ以上の感想を持たない。
リュカが、
皿を片付けながら言った。
「英雄って、
“期待される職業”だったっけ」
「さあな」
エルドは、
壁際に立ったまま答える。
「立ってれば、
勝手に意味を付けられることもある」
それは、
どこか他人事のようで、
同時に自分たちの話でもあった。
ジル爺が、
遅れて階段を上がってくる。
「ほっほ……」
「流行り始めたのぉ」
「何が?」
ミリアが聞く。
ジル爺は、
指を一本立てる。
「英雄の安売りじゃ」
誰も笑わなかった。
「名前が売れ、
話が膨らみ、
中身が薄くなる」
「そういう時代はな、
決まって――」
老人は、
言葉を切った。
「別の“希望”が売られ始める」
レインが、
ちらりと顔を上げる。
「希望?」
「安くて、
分かりやすくて、
すぐ結果が出るやつじゃ」
ジル爺は、
窓の外を見る。
通りの奥。
昼間の露店はもうない。
だが、
地面に落ちた淡い光だけが、
まだ残っていた。
「今は、
まだ誰も気にしとらん」
「じゃがの……」
ジル爺は、
ゆっくりと笑った。
「賑やかな時ほど、
人は“手軽な答え”に弱くなる」
その夜、
《ブレイブ・ノヴァ》の酒盛りは、
さらに派手になった。
英雄ビジネスは、
順調だった。
――少なくとも、
表向きは。




