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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第11章 暫定裁定の末路

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功績を盗む者

英雄たちが巣を処理してから、三日が経っていた。


街は静かだった。

戦争の後の静けさ――ではない。

「もう何も起きないと信じたい」静けさだ。


瓦礫は片付けられ、負傷者は収容され、死者は数字にまとめられた。

世界は、いつも通り“整理”を始めている。


その中心で、演壇が組まれた。


豪奢な布。

紋章付きの旗。

そして、拍手。


「諸君!」


よく通る声が広場に響く。


「我々は勝利した!」


壇上に立つ男は、戦場に立ったことのない顔をしていた。

整えられた服。

血の匂いを知らない靴。


男は名乗る。


「私は《対逸脱管理評議会》代表、

エルヴィン=グラードだ」


英雄たちは壇の下にいた。

ライザは腕を組み、黙っている。

ヴァルハルトは剣に手を置いたまま、動かない。

イリスは光を灯さない。


エルヴィンは満足げに頷いた。


「今回の危機――

逸脱個体、そしてその巣の殲滅。

これは偶然ではない」


彼は指を立てる。


「事前の評価」

「適切な戦力配分」

「犠牲を織り込んだ、合理的判断」


その言葉が、空気を冷やした。


「尊い犠牲もあった」

「だが、それは必要だった」

「私の判断は、正しかった」


殉職者の名が、英雄の名と並べて読み上げられる。

同じ声量で。

同じ重さで。


レインは人混みの後ろに立っていた。

拍手はしない。

顔色も変えない。


ミリアが、小さく呟く。


「……言ったね」


リュカは目を細める。


「“自分が導いた”って言い切った」


エルドは、ただ立っている。

盾を持たず、だが基点のように。


エルヴィンは続けた。


「英雄諸君の力は素晴らしい」

「だが――力は、管理されねばならない」


その瞬間、ヴァルハルトの眉がわずかに動いた。


「だから私は、次の段階を提案する」

「英雄の行動指針」

「功績の再配分」

「そして――」


エルヴィンは、にこやかに言った。


「“不要な混乱”を生む集団への対応だ」


視線が、群衆の後方へ向く。


《非裁定》。


その名を、彼はまだ口にしていない。


レインは思った。


(ああ……)


(これは、分かりやすい)


世界を救ったわけでもない。

戦ったわけでもない。


ただ――

成果を“自分の物語”にしたい人間だ。


エルヴィンは胸を張り、宣言する。


「世界は、もう迷う必要はない」

「次からは――私が決める」


その言葉に、拍手は起きなかった。


起きなかったことに、

エルヴィンだけが気づいていなかった。


静まり返った広場に、金属音が落ちた。


――重い音だ。


ヴァルハルト=レオンが、

大剣の柄を地面に突き立てた音だった。


演壇の上で、エルヴィンの言葉が止まる。


「……?」


ヴァルハルトは、ゆっくりと前に出た。

一歩。

それだけで、空気が変わる。


力の信奉者。

英雄。

前線に立ち続けた男。


その視線が、エルヴィンを捉える。


「管理?」


低い声だった。

怒鳴ってはいない。


「功績の再配分?」

「必要な犠牲?」


一歩、また一歩。


「――お前、戦場を見たか?」


エルヴィンは一瞬だけ言葉に詰まる。

だが、すぐに整えた笑みを取り戻した。


「もちろん、直接では――」


「見てないな」


ヴァルハルトは、被せるように言った。


「血の匂いも」

「剣が折れる音も」

「仲間が倒れる重さも」


彼は剣の柄から手を離さない。


「それを知らずに、

“必要だった”と言うな」


エルヴィンの顔が、わずかに引きつる。


「私は――全体を見て判断を」


「全体?」


ヴァルハルトは、鼻で笑った。


「全体ってのはな、

剣を振った数じゃない」


「一人ずつ、名前がある」

「殉職者も、英雄も、兵もだ」


観衆の中から、ざわめきが起きる。


エルヴィンは声を強めた。


「感情論だ!」

「だから英雄は管理が必要だと言っている!」

「力は方向を誤れば――」


「誤らせたのは、誰だ」


その一言で、完全に止まった。


ヴァルハルトは、剣を持ち上げない。

振り上げない。


ただ、立つ。


「俺たちは命令で前に出たんじゃない」

「判断で立った」

「逃げなかっただけだ」


彼は、はっきりと言った。


「力を数で語る奴は――

剣を持つ資格がない」


沈黙。


エルヴィンの口が、わずかに開く。


「……英雄が、

個人の感情で秩序を乱すのは――」


「秩序?」


今度は、ライザ=クロウデルが笑った。


「面白いこと言うな」

「俺たちは“命令”じゃなく、

“戻ってこられるか”で動いてた」


イリス=アークライトは、静かに言う。


「あなたの理念は、

光を灯していません」


それだけだった。

魔法も、光も、威圧もない。


だが、十分だった。


エルヴィンは、壇上で一歩下がる。


「……誤解だ」

「私は、英雄を軽んじているわけではない」


その言葉に、誰も返さなかった。


返す必要がなかった。


群衆の視線が、

英雄から――エルヴィンへ戻らなかったからだ。


レインは、少しだけ息を吐いた。


(もう、始まってる)


(評価されない、ってやつが)


彼は、何も言わない。


言わなくても、

この男の“物語”は、ここから崩れ始めていた。


広場に残ったのは、拍手のない沈黙だった。


エルヴィン=グラードは、それを「緊張」だと勘違いした。

自分の言葉が強すぎただけ。

時間を置けば、理解される。

そういう“空気”に、彼は慣れていた。


「……誤解があるようだ」


声を張る。


「私は英雄を否定していない」

「ただ、次の危機に備え、

より効率的な管理体制を――」


その瞬間、紙の音がした。


乾いた音。

一枚、また一枚。


エルヴィンの背後で、

部下たちが書類を置いていく。


功績配分案。

英雄行動規範草案。

対逸脱管理評議会・権限拡張案。


だが誰も、

それを拾わなかった。


蒼衡の兵は視線を外し、

世界機関の人員は距離を取る。


英雄たちは――動かない。


拒絶でもない。

敵意でもない。


無関心。


エルヴィンの顔色が変わる。


「待て……」

「私がいなければ、

次はどうするつもりだ!」


その声に、レインが初めて口を開いた。


大きな声ではない。

群衆に向けてもいない。


ただ、事実を置く。


「君は、何もしていない」


それだけだった。


評価しない。

断罪しない。

否定すらしない。


――“結果になっていない”と告げただけ。


エルヴィンは、言葉を失った。


反論はできる。

言い訳もできる。

だが、それを聞く相手がいない。


彼の功績は、

誰の生存にも、

誰の帰還にも、

誰の決断にも繋がっていなかった。


人々は、静かに散り始める。


英雄に近づく者もいれば、

負傷者の元へ戻る者もいる。


エルヴィンだけが、

壇上に取り残された。


そのときだった。


「ほっほ……」


場違いなほど穏やかな声。


岩に腰掛けていた老人が、

杖を鳴らしながら立ち上がる。


ジル爺だった。


「若いもんは、

どうしても“決めたがる”のぉ」


エルヴィンが、縋るように見る。


「あなたは……!」

「分かるはずだ!

秩序とは――」


「秩序とはな」


ジル爺は、遮るように続けた。


「生き残った者が、

次の日も起きて、

飯を食えることじゃ」


杖で地面を、軽く叩く。


「英雄が強いのはの」

「決めるからではない」

「立つからじゃ」


エルドの方を、ちらりと見る。


「判断を背負うのは、

楽な仕事じゃない」

「じゃがの……

決めたがる者ほど、

責任を取らん」


ジル爺は、エルヴィンを見た。


責めない。

怒らない。


ただ、年長者の目で。


「お主は、

世界を導いたつもりかもしれん」

「じゃが、世界は――

お主を必要とせんかった」


それが、最後だった。


エルヴィン=グラードは、

捕まらなかった。

裁かれなかった。


ただ、

誰の物語にも残らなかった。


英雄たちは去り、

非裁定も歩き出す。


世界は、また少し面倒になる。

だが、それでいい。


結論が出ないからこそ、

人は立ち続ける。


ジル爺が、空を見上げて呟いた。


「……さて」

「次は、

どんな本を読むかのぉ」


その言葉の意味を、

まだ誰も知らない。


風が吹き、

広場は、いつもの街に戻った。


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