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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第11章 暫定裁定の末路

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暫定裁定の末路

世界は勝っていた。

だが、勝利は鐘の音みたいに鳴り終わらない。――鳴らないからこそ、誰も「終わった」と言えなかった。


瓦礫の間を、救護の担架が行き交う。

蒼衡の部隊は規律正しく動き、英雄たちは必要な場所にだけ立っていた。

そして《非裁定》は――いつも通り、目立たないまま中心にいた。


「報告書、書ける?」

リュカが淡々と聞いた。


「書けない」

セインが即答する。

「勝利条件が“封じ”で、しかも“結論を出せない状態”だ。評価基準が存在しない」


「それが、勝ちだよ」

レインは言って、それ以上は足さなかった。


そのときだ。


人の流れを、わざと割って歩いてくる一団があった。

軍服の意匠は世界機関。だが前線部隊ではなく、書類と札を持つ者たちだ。


先頭の男が、声を張る。


「――全員、動くな!」


指揮官でも英雄でもない。

それでも、命令の“形”だけは完璧だった。


男は名乗る。


「世界機関・評価局副官、ローク=ヴァルドだ」


目つきは鋭く、口調は断定的。

何かを“決める”ことに慣れた人間の顔をしていた。


ロークは戦場を見回し、鼻で笑う。


「混乱しているな。基準がないからだ」

「裁定が消えた世界は、判断を失う」

「――なら、俺が暫定で決める」


手元の札を掲げる。

刻まれているのは術式名。


暫定評価テンポラリー・ジャッジ


「今からこの場の人員を再配置する。

有用者は前へ。不要者は後方へ。足手まといは隔離だ」


言葉の端々が、妙に聞き覚えのある匂いを帯びていた。

“不要”“排除”“結論”。

《断絶裁定》が残した言葉の影が、別の口から漏れている。


ミリアが一歩出かけて、止まる。

前線を取らない。取る必要がない。


エルドは盾に手を置いたまま、ただ立つ。


ロークはレインを見つけ、勝ち誇ったように言った。


「《非裁定》とかいう連中か。

結論を出さない? 責任放棄だろう」

「世界を救った? 違う。世界を“宙吊り”にしただけだ」

「宙吊りは秩序じゃない。秩序は誰かが決めるんだ」


誰も反論しなかった。

その沈黙を、ロークは“勝ち”だと思ったらしい。


「よし。まず――お前だ」


ロークが札を一枚、空中に投げる。

光が走り、レインの胸元に貼り付いた。


【評価:未裁定核/危険度:高/役割:隔離】


空気がひやりとした。

周囲の兵が一瞬、身構える。

――だが、動かない。


動けないのではない。

“納得できない”のだ。


ロークの眉が跳ねる。


「……なぜ従わない?」


レインはただ、首をかしげた。


「じゃあ、やってみれば?」


ロークは苛立ちを隠さず、次の札を切った。


「なら明確にする」

「英雄は象徴だ。有用。前へ」

「蒼衡は秩序維持。有用。前へ」

「《非裁定》は余白を作るだけ。不要。後方へ」


札が次々と宙を舞う。

光が人々に貼り付く。


【評価:有用】

【評価:不要】

【役割:前線】

【役割:後方】


一瞬だけ、空気が“それっぽく”整列しかけた。

命令されれば従う。

人はその癖を捨てるのに時間がかかる。


――しかし次の瞬間、ほころびが出る。


担架を運んでいた若い兵に【不要】が貼り付いた。

彼は顔を青くして足を止める。


「え、俺……不要……?」


その担架の上には、蒼衡の隊員が乗っている。

血を吐きながら、弱々しく言った。


「運べ……! 俺は……まだ……」


ロークは即座に言い放つ。


「不要は後方だ。命令に従え」

「有用者の行動を邪魔するな」


だが、その“有用者”が誰なのか、今この場で簡単に割れた。


担架を運ぶ若い兵がいなければ、負傷者は死ぬ。

負傷者が死ねば、蒼衡の戦力は減る。

戦力が減れば、秩序は守れない。


札が、矛盾を起こす。


光が、ちりちりと揺れた。


「……っ」

ロークが歯噛みする。


「なら修正だ!」

彼は札を上書きする。


【評価:有用】→【評価:不要】→【評価:有用】


評価が行き来するたび、術式の負荷が増す。

“結論を出す”ほど、世界が拒む。


リュカが小声で言った。


「これ、世界が従わないんじゃない」

「人が従わないんだ。納得できないから」


ミリアが視線を滑らせる。

ロークの背後で、部下たちがひそひそと囁き合っていた。


「副官、さっきの評価と違います」

「俺たちも“不要”ですか?」

「いや、俺は“有用”って――」


ロークは叫ぶ。


「黙れ! 評価は俺が決める!」


その瞬間、最悪の札が飛んだ。


【評価:有用/役割:指揮】

――ローク自身に貼り付く。


自分に下した裁定。

それは自分を縛る鎖になる。


「俺は有用だ。指揮する。だから従え」

ロークはそう言いながら、震え始めた。


“指揮”とは、矛盾を処理することだ。

だが彼の能力は、矛盾が出るほど崩壊する。


矛盾を消すために札を切る。

札を切るほど矛盾が増える。


世界ではなく、ローク自身が壊れていく。


レインは一歩も動かない。

ただ見ている。


そして、ロークが最後に吐いた。


「おかしい……裁定が消えたのに……」

「“評価される前提”で動く奴らが……まだ……どこかに……」


その言葉だけが、薄く、棘みたいに残った。


光が弾けた。


札の文字が、紙の燃えカスみたいにほどけ、宙で消える。

《暫定評価》は“成立しない結論”を抱えたまま、自壊したのだ。


ロークは膝をつき、喉を鳴らした。

目の前の世界が、もう二度と「はい」と言ってくれない世界になったことを、やっと理解した顔だった。


「……従えよ……」

「秩序のためだ……誰かが……決めないと……」


レインは近づかない。

説教もしない。

論破もしない。


ただ、静かに言う。


「裁定が欲しかったんだね」


その一言が、ロークの顔を歪ませた。

怒りではない。

救われてもいない。

ただ、“見透かされた”という屈辱だけが残る。


蒼衡の兵が前に出て、拘束具を取り出す。

ロークは抵抗しようとして、手が上がらない。

《暫定評価》の反動で、彼の身体は自分の言葉を信用できなくなっていた。


セインが淡々と宣告する。


「ローク=ヴァルド。

無許可の戦域介入、権限外の評価術式行使、救護妨害。拘束する」


「待て……! 俺は……秩序を……!」


「秩序は、“決めること”じゃない」

セインは言い切り、続けない。

説明はしない。

今は共闘の戦後処理で忙しい。


ロークは引きずられながら、最後にレインを睨んだ。


「お前らが……世界を宙吊りにした……!」

「結論を出さない世界は……必ず崩れる!」

「その時――誰かがまた裁定する! 本物が……!」


叫びは、瓦礫の音に吸われていく。

誰も振り向かない。

“評価されない”という形で、ロークは最も残酷に処理された。


救護が再開する。

担架が動き、血が止まり、呼吸が戻る。

小さな命の手当ては、どんな結論よりも先に進む。


ミリアがレインの隣に来て、肩をすくめた。


「ざまぁ、って感じだったね」


「うん」

レインは短く返す。

それで十分だった。


リュカが空を見上げる。

雲は流れている。

世界は普通に動いているように見える。


「でも、さっきの言葉……」

彼は言いかけて、止めた。

“本物がいる”――その匂いは、今掘り返すには早い。


エルドが盾を背負い直し、ただ言う。


「立てる場所は、まだある」


ジル爺が岩から腰を上げ、あくびをした。


「ほっほ……小物もおったのぉ」

「しかし、ああいうのは増えるぞい。裁定が消えたんじゃ。

“裁定の真似”をしたがる者は、必ず湧く」


「じゃあ、どうするの」

レインが聞くと、ジル爺は笑った。


「決めんでええ」

「若いもんが、立ち続ければええ」


レインは頷く。

勝利の後も、結論は出さない。

出さないまま、生きる。


その時、戦場の端で、誰にも見られない場所に小さな“裂け目”が走った。

空間の傷ではない。

概念の継ぎ目が、縫い目を見せたみたいな違和感。


一瞬だけ、そこに“札の形”が浮かぶ。

紙でも光でもない。

「評価」という発想だけが、自然に滲む。


――そして消える。


誰も気づかない。

気づかないまま、世界は静かに次へ進む。


レインは歩き出した。

仲間と、英雄と、蒼衡と一緒に。

誰も一人で勝たない。

誰も一人で決めない。


その背中に、結論のない風が吹いていた。

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