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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第10章 静けさは次への序章

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老いは答えではない

世界が、沈黙していた。


音が消えたわけではない。

風もある。瓦礫も崩れ落ちている。


だが――

意味のある音だけが、消えていた。


断絶裁定アポカリプス・ジャッジ》は、そこに在った。


山の頂でもなく、谷底でもない。

地形の“意味”そのものが薄れた場所。


距離の概念が曖昧で、

上下すら確定していない空間。


それでも、老賢者は立っていた。


杖を地面に突き、

背筋を伸ばし、

逃げるでも、構えるでもなく。


「……静かじゃの」


ジル爺は、独り言のように言う。


《断絶裁定》は応えない。


応答は不要。

対話は非効率。


《処理対象:老個体》

《排除優先度:高》

《推定抵抗時間:短》


結論は、すでに出ている。


次の瞬間。


世界が、折れた。


音ではない。

衝撃でもない。


“ここに在る”という前提が、

一枚の紙のように畳まれる。


だが。


「……ほれ」


ジル爺の足元で、

因果が一拍、遅れた。


《因果遮断》。


完全な否定ではない。

ただ、“成立する順番”を狂わせるだけ。


折れた空間が、遅れて崩れる。


ジル爺は、その“遅れ”の中に立っていた。


「判断が早すぎるのは、若造の悪い癖じゃ」


《断絶裁定》の視界に、

新しい演算項目が追加される。


《対象特性:時間干渉》

《演算補正:要調整》


即座に、第二の処理。


今度は空間ではない。


存在密度の圧縮。


老賢者の周囲、半径数十メートル。

空気が重なり、

光が曲がり、

重力が“選ばれた方向”へ落ちていく。


「……ほう」


ジル爺の膝が、わずかに沈む。


「これは、効くの」


杖を、両手で握り直す。


地面に、ひびが走る。


《位相固定》。


自分が“立っている”という結果だけを、

無理矢理、世界に押し付ける。


老いを理由に、膝を折らない。


「じゃがな」


ジル爺は、静かに言う。


「お主は、急ぎすぎじゃ」


《断絶裁定》が、一瞬だけ動きを止める。


停止ではない。

再計算だ。


老賢者の行動は、

すべてが“結果優先”。


原因を潰しても、

結果だけが立ち続ける。


――非効率。


《処理方法、変更》


《老個体を“倒す”のではない》

《老個体の“立つ理由”を消去》


次の瞬間。


ジル爺の背後――

過去が、切り取られた。


かつて立っていた戦場。

失った仲間。

積み重ねた時間。


それらが、“不要な情報”として削られる。


「……っ」


初めて、ジル爺の喉が鳴る。


「そう来るかの」


だが、倒れない。


思い出が消えても、

立ってきた事実は消えない。


「老いはの」


一歩、踏み出す。


「減ることじゃない」


杖が、地面を叩く。


「削った分、軽くなるだけじゃ」


《断絶裁定》の演算が、再び遅れる。


――例外。

――未登録。


老賢者は、笑った。


「良い目をしとる」


「じゃが」


一拍、置く。


「ワシはまだ、終わっとらん」


世界が、再び軋む。


この戦いは、

まだ序章にすぎない。


断絶裁定アポカリプス・ジャッジ》の周囲で、

空間の“再計算”が加速していく。


老個体。

時間干渉。

結果優先。


どれも、想定外ではない。

だが――


《処理効率:低下》

《理由:対象が“結果を捨てていない”》


「……理解できん」


《断絶裁定》は、初めて“疑問”に近いものを生成した。


老賢者は、

勝つために立っていない。

生き残るためでもない。


ただ、立ち続けている。


「ほれ」


ジル爺が、杖を軽く振る。


次の瞬間、

《断絶裁定》の足元で、

“到達予定だった結果”が消えた。


踏み込むはずだった一歩。

発動するはずだった圧縮。


それらが、

起こらなかったことになる。


《因果遮断》。

だが、単発ではない。


連続。

歪み。

無理矢理。


「……無茶をしとるの」


ジル爺自身が、そう理解している。


胸の奥が、軋む。

呼吸が、わずかに重い。


《断絶裁定》は、その変化を見逃さない。


《対象寿命:減少》

《演算結果:長期戦、優位》


即座に、圧力を上げる。


今度は、世界そのものを使わない。


概念の分解。


「立つ」

「守る」

「待つ」


そういった“人間側の言葉”が、

周囲から削られていく。


立っている理由が、薄れる。

守る意味が、希薄になる。


「……ほう」


ジル爺は、口元を歪めた。


「言葉を消すか」


杖を、強く地面に突く。


《位相固定・強制》。


意味が消えても、

姿勢だけは崩さない。


だが。


「……っ」


膝が、わずかに沈む。


老いではない。

怪我でもない。


時間が、削れている。


《断絶裁定》は理解した。


この老個体は、

世界を壊さない代わりに、

自分を削っている。


《最適解》


《寿命消費が臨界に達するまで、圧を継続》


「……それが正解じゃろうな」


ジル爺は、苦笑する。


「ワシ一人なら、な」


視線を、遠くへ。


結界の向こう。

まだ見えないが、確かに感じる。


“揃った”気配。


「じゃが」


ジル爺は、杖を持つ手に力を込める。


「時間を稼ぐだけなら――」


《因果遮断》が、再び展開される。


だが、先ほどよりも粗い。

持続も短い。


《断絶裁定》の演算が、一瞬、乱れる。


その隙に、

ジル爺は後退した。


逃げではない。

撤退でもない。


“役目を終えた位置”へ戻る動き。


「……覚えとけ」


老賢者は、静かに告げる。


「お主は、強い」


「じゃが」


「独りじゃ、世界は終わらせられん」


《断絶裁定》は追わない。


追撃は可能。

だが、最適ではない。


《次工程》

《処理対象:非裁定》

《理由:集団化による不確定性》


老賢者の姿が、

因果の隙間に溶ける。


残された《断絶裁定》は、

空を仰いだ。


――次は。


――結論を、外から壊す。


その頃。


結界の内側で、

非裁定は、

“立つ準備”を終えつつあった。


結界の内側。


空気が、明確に変わった。


張り詰めていた圧が、ゆっくりとほどけていく。

だがそれは、安心ではない。

ただ――**“猶予が生まれた”**だけだ。


「……戻った」


最初に気づいたのは、リュカだった。


結界の縁。

歪みの中から、ジル爺が現れる。


足取りは、いつも通り。

背筋も伸びている。


だが。


レインの《模写理解アナライズ・コピー》は、はっきりと捉えていた。


(……減ってる)


(寿命、じゃない)


(“使える時間”そのものが)


ミリアが駆け寄ろうとして、止まる。


「……ジル爺」


「近づくな」


珍しく、きっぱりと言った。


「今のワシは、触ると危険じゃ」


冗談ではない声。


エルドが、無言で一歩引く。


ジル爺は、ゆっくりと結界の中央へ歩き、腰を下ろした。


「ふぅ……」


深く息を吐く。


それだけで、

どれだけの無茶をしたかが分かる。


「……どうだった」


レインが、静かに聞く。


「勝てた?」


ジル爺は、少し考えてから答えた。


「今すぐなら、無理じゃ」


「時間を使えば、消せる」


「じゃがな」


視線を上げる。


「それをやると、お主らの戦場が消える」


沈黙。


ミリアが拳を握る。


「……じゃあ、私たちは」


「やれる」


即答だった。


「もう、準備は終わっとる」


ジル爺は、一人ずつを見る。


「レイン」


「お主は、因果を“切る”な」


「繋げろ」


レインは、ゆっくり頷く。


「ミリア」


「前に出るな」


「前に居ろ」


ミリアは、強く息を吐く。


「分かってる」


「リュカ」


「考えるな」


「捨てろ」


「必要ない判断は、全部じゃ」


リュカは、短く答えた。


「はい」


「エルド」


「受けるな」


「立て」


エルドは、盾を地面に突き立てる。


「立ちます」


ジル爺は、満足そうに笑った。


「……うむ」


「ようやくじゃ」


少しだけ、声が柔らぐ。


「非裁定はな」


「勝つための集まりじゃない」


「世界を正すためでもない」


「ただ」


一拍。


「世界が壊れきる前に、立つための集まりじゃ」


そして、ゆっくり立ち上がる。


「ワシの役目は、ここまで」


ミリアが、思わず声を上げる。


「どこ行くの!」


ジル爺は、振り返らない。


「決まっとるじゃろ」


「時間を稼ぐ」


「それだけじゃ」


レインが、言った。


「……死なないで」


ジル爺は、足を止めた。


少しだけ、振り返る。


「死なんよ」


「まだ、若いもんに任せるには早い」


そして、いつもの調子で付け加える。


「それに」


「ワシが死んだら、お主ら困るじゃろ」


ミリアが、思わず笑う。


「……確かに」


風が、強く吹く。


次の瞬間、

ジル爺の姿は消えていた。


残された四人。


沈黙。


やがて、レインが前を向く。


「……行こう」


「次は」


「僕たちの番だ」


遠く。


世界のどこかで。


断絶裁定アポカリプス・ジャッジ》は、

再び結論を生成し始めていた。


だが今度は――


四つの立ち位置を、

明確に“敵”として認識していた。


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