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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第10章 静けさは次への序章

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英雄は、立ち上がれない

最初に戻ってきた感覚は、痛みではなかった。


「……息が、重い」


ライザ=クロウデルは、天井を見つめたままそう呟いた。

白い布。簡素な梁。薬草の匂い。


野営用ではない。

きちんと整えられた治療室だ。


生きている。

それは、理解できた。


だが――


身体が、思うように動かない。


右腕に力を入れようとして、

**「入れ方が分からない」**ことに気づき、眉をひそめる。


「……は?」


動かないわけじゃない。

感覚もある。


ただ、

“いつもの力の入れ方”が失われている。


剣を振るための感覚。

踏み込むための距離感。

反射的に判断するはずだった“次の一手”。


それらが、霧の向こうにある。


「……っ」


歯を食いしばった瞬間、胸の奥が軋んだ。


あの時だ。


視線。

測定。

価値の再算定。


剣技でも、速度でもない。

「存在そのもの」を評価された感覚。


(……負けた?)


違う。


勝ち負け以前に、

戦闘として扱われていなかった。


「目、覚めたか」


低い声。


隣の寝台で、

ヴァルハルト=レオンが上体を起こしていた。


……いや、起こそうとして、止まっている。


片膝が、ベッドから降りない。


「……動かん」


それだけ言って、苦笑した。


大剣を振るう英雄が、

自分の脚を“動かそうとするだけ”で息を荒げている。


「医者は?」


ライザが尋ねる。


「『治るかは分からん』だとよ」


ヴァルハルトは淡々と言った。


「骨は繋がる。筋も戻る。

 だが――」


一拍。


「“以前と同じ判断速度は保証できない”」


沈黙が落ちる。


英雄にとって、

それは致命的な宣告だった。


速さが落ちる。

判断が遅れる。

一瞬の躊躇が、誰かの死に直結する。


「……なあ」


ヴァルハルトが、天井を見上げたまま言う。


「俺たち、世界にとって……

 邪魔なんじゃないか?」


ライザは、即答できなかった。


逸脱個体の言葉が、脳裏を掠める。


《世界寄与度:過剰》

《存在影響量:臨界値超過》


守る者が増えるほど、

争いも増える。


英雄が現れるほど、

敵も進化する。


「……考えるな」


そう言おうとして、

ライザ自身がそれを否定できなかった。


自分たちは、

世界を静かにする存在ではない。


むしろ、

世界を“騒がせる象徴”だ。


「ジル爺が来なかったら」


ライザが、ぽつりと言う。


「私たち、消されてたよね」


ヴァルハルトは答えない。


否定できないからだ。


「……悔しいな」


拳を握ろうとして、

力が入らず、指が震える。


「剣で負けたなら納得できた。

 魔法で上を行かれたなら、鍛え直せた」


声が低くなる。


「でも、あれは……

 “戦う資格がない”って言われたみたいだった」


その時。


治療室の扉が、静かに開いた。


看護兵が顔を出す。


「……英雄様。

 世界機関から、正式な通達です」


二人は顔を上げる。


「当面、前線への復帰は見合わせてほしい、とのことです」


丁寧な言葉。

配慮された言い回し。


だが、意味は一つ。


――今のお前たちは、戦力外だ。


扉が閉じる。


静寂。


ヴァルハルトが、低く笑った。


「……ほらな」


ライザは、唇を噛む。


涙は出なかった。


代わりに、

理解だけが残った。


自分たちは、

もう“以前の英雄”ではない。


だが。


それでも――


「……それでもさ」


ライザが、視線を上げる。


「選ばれる側になるつもりは、ない」


ヴァルハルトは、ゆっくり頷いた。


「同感だ」


立てなくてもいい。

剣が振れなくてもいい。


だが、

“不要だと判断されるまま”で終わる気はない。


その夜、二人は眠れなかった。


そして同時に理解していた。


これは、始まりだ。


逸脱個体が

“次に来る理由”を、

自分たちが背負ってしまったことを。


その報は、戦場の喧騒よりも静かに届いた。


封蝋もない。

緊急指定もない。

ただ、世界機関の定型文書として。


だが――

内容は、明らかに異常だった。


「……英雄二名、重傷。

 戦線離脱、当面復帰不能」


ミリアが、読み上げる途中で言葉を切った。


「冗談でしょ」


レインは、否定しなかった。


紙面に視線を落としたまま、

淡々と続きを追う。


「交戦対象、究極逸脱個体三体。

 撃退ならず。

 第三者介入により、対象は撤退」


「第三者?」


リュカが眉をひそめる。


「……ジル爺、でしょうね」


エルドは、盾を壁に立てかけたまま動かなかった。


英雄。

それも、前線に立ち続けてきた二人。


それが――

**“戦闘として成立しなかった”**相手に敗れた。


「……影より、やばい」


ミリアが、ぽつりと言う。


「影はさ、まだ“敵”だった。

 倒す理由も、怒る理由もあった」


拳を握る。


「でも、逸脱個体は……

 最初から、私たちを相手にしてない」


レインが、ようやく顔を上げた。


模写理解アナライズ・コピー》は沈黙している。


以前のように、

能力を拾い、

構造を解析し、

最適解を示す反応がない。


それ自体が、異常だった。


「……評価対象が違う」


レインは静かに言う。


「英雄は、“世界に与える影響”で見られてた」


「強いかどうかじゃない」


一拍。


「存在することで、何が起きるか」


リュカが、低く息を吐く。


「つまり……

 英雄ですら、“ノイズ”扱い」


「うん」


レインは頷く。


「そして僕たちは――」


ミリアが、言葉を継ぐ。


「裁かれなかった」


空気が、少しだけ張り詰めた。


裁かれなかった。

排除もされなかった。


それは、安全ではない。

“後回しにされた”だけだ。


エルドが、初めて口を開く。


「……次は、ここに来る」


断定だった。


「英雄が潰れた地域。

 防衛線が薄くなる場所」


「人が多くて、

 判断が遅れやすい場所」


視線が、レインに集まる。


レインは、少しだけ考え、

それから首を横に振った。


「……英雄みたいな戦い方は、できない」


「でも」


ゆっくり言葉を選ぶ。


「逸脱個体は、選択を嫌う」


「迷いを、無駄だと切り捨てる」


ミリアが、目を細める。


「じゃあさ」


「逆に――

 選択が多すぎる場所は?」


レインは、はっきり答えた。


「守れない」


「だから」


拳を、静かに握る。


「そこに、僕たちが立つ」


裁かず。

退かず。

選ばせない。


英雄のように象徴にはならない。

蒼衡のように切り捨てもしない。


だが――

選択そのものが壊される前に、踏み込む。


リュカが、小さく笑った。


「……英雄じゃなくて良かったですね、僕ら」


「ほんとそれ」


ミリアも頷く。


「“価値が高すぎる”って理由で

 消されるとか、性に合わない」


レインは、窓の外を見る。


遠くの街。

避難民の流れ。

まだ、静かだ。


だが、

静かすぎる。


「……来るよ」


その声は、予言ではない。

計算でもない。


ただの、確信だった。


「逸脱個体は、

 次は“英雄が守れない場所”を選ぶ」


非裁定ノーリトリート》は、

武器を取らない。


代わりに、

立ち位置を決める。


世界が、

次に“削ろうとする場所”へ。


夜だった。


治療棟の外では、風が静かに木を揺らしている。

戦場の音はもうない。

悲鳴も、爆発も、魔力の軋みも。


――それでも、眠れなかった。


ヴァルハルト=レオンは、天井を見つめたまま動かない。

正確には、動けなかった。


身体を横たえれば、痛みは抑えられる。

だが、少しでも起き上がろうとすると、

胸の奥に“拒否”が走る。


(……力が入らない)


剣を振るうための筋力ではない。

戦場に立つための、覚悟の回路が繋がらない。


隣の寝台から、微かな衣擦れの音。


「……起きてるか?」


低く、抑えた声。


ライザ=クロウデルだった。


「眠れん」


「だろうな」


短い会話。

だが、それだけで分かる。


――二人とも、同じ場所で止まっている。


ライザは、ゆっくりと上体を起こした。

無理はしていない。

医師の言葉を、きちんと守っている。


それが、余計に辛かった。


「なあ、ヴァル」


「……なんだ」


「俺たちさ」


少し、間が空く。


「本当に、英雄だったのか」


ヴァルハルトは、すぐには答えなかった。


その問いは、弱音ではない。

自己否定でもない。


――純粋な疑問だった。


「英雄ってのは」


ライザは、包帯の巻かれた腕を見つめる。


「強い奴で、

 前に立って、

 誰かに期待される存在だと思ってた」


「でも、あの時」


声が、わずかに低くなる。


「俺たち、

 選ばれなかった」


処理対象。

評価外。

保留。


剣で負けたわけじゃない。

策で遅れたわけでもない。


ただ――

“世界にとって過剰”と判断された。


ヴァルハルトは、ゆっくりと息を吐いた。


「……俺はな」


低い声。


「英雄ってのは、

 呼ばれてなるもんだと思ってた」


「期待されて、

 背負わされて、

 その重さに耐える存在だと」


拳を、わずかに握る。


「だが、あれは違った」


逸脱個体の“視線”を思い出す。


そこには、

称賛も、敵意も、恐怖もない。


あるのは、

**“整理対象を見る目”**だけ。


「俺たちは……

 世界にとって、うるさくなっただけだ」


ライザは、歯を食いしばる。


「じゃあさ」


顔を上げる。


「英雄じゃなくなったら、

 俺たちは何だ?」


沈黙。


答えは、用意されていなかった。


治療棟の外で、夜警の足音が遠ざかる。


その時。


「……生きてる」


ヴァルハルトが言った。


「俺たちは、まだ」


ライザが、彼を見る。


「剣も満足に振れない。

 魔力も、前みたいに出ない。

 判断も遅れる」


「それでも」


言葉を切り、続ける。


「選ばれる前に、消されなかった」


それは、慰めではない。

希望でもない。


だが、事実だった。


ライザは、しばらく黙り、

それから小さく鼻で笑った。


「……皮肉だな」


「英雄って肩書きを失って、

 やっと“人間扱い”された気がする」


「悪くない」


ヴァルハルトも、わずかに口角を上げる。


「少なくとも、

 次に立つ場所は――

 自分で決められる」


その言葉に、

ライザの目が、ほんの少しだけ鋭くなる。


「……なあ」


「次に逸脱個体が来たら」


一拍。


「俺たち、

 もう前線には立てないかもしれない」


「それでも」


声を低く、確かに。


「あいつらの“判断”を疑う役目くらいはできる」


ヴァルハルトは、静かに頷いた。


「英雄じゃなくてもな」


二人は、再び天井を見る。


身体は重い。

未来も、まだ見えない。


だが――


あの“評価する視線”に対して、

ただ処理される存在では終わらない。


その小さな反抗が、

夜の静けさの中で、確かに芽生えていた。


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