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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第10章 静けさは次への序章

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終わりを告げる三つの影

空が、重かった。


雲が垂れ込めているわけでも、嵐の兆しがあるわけでもない。

ただ――世界そのものが、息を詰めているような感覚。


ライザ=クロウデルは、丘の上で立ち止まった。


「……来る」


理由はない。

直感でもない。


“世界が嫌がってる”――ただそれだけだ。


後方では、ヴァルハルト=レオンが大剣を肩に担ぎ、ゆっくりと歩みを止める。

その視線は、すでに前方の平原を睨んでいた。


「魔物じゃないな」


「うん。魔物なら、もう少し“生き汚い”」


ライザの言葉に、誰も笑わなかった。


ノイン=フェルツが召喚陣を展開しかけ、途中で止める。


「……召喚が、嫌がってる」


「嫌がってる?」


「呼ばれるのを、拒否してる。

 あの先にいる“何か”を理由に」


イリス=アークライトが、杖を強く握った。


光属性魔力が、濁る。

本来ありえない現象だった。


「……“裁き”に近い」


その瞬間だった。


平原の中央、空間が沈んだ。


爆発ではない。

歪曲でもない。


存在の密度だけが、急激に増した。


そこに現れたのは、三つ。


最初に目に入ったのは――静止。


いや、静止しているのではない。

“動いていない状態が固定されている”。


それが、《終審断罪ファイナル・センテンス》。


人型に近い輪郭。

だが、顔と呼べるものは存在せず、ただ“裁定がそこに在る”。


次に、空間が圧縮される。


森が、丘が、地形そのものが意味を失って潰れる。

そこに立つのは、《最適淘汰オーバー・セレクター》。


無数の視線を持つかのように、常に周囲を計測し続ける存在。

近づくだけで、身体の価値が量られる錯覚。


そして最後。


それは、最も分かりやすく――最も異常だった。


地面が、終わる。


前にも後ろにも行けない。

逃げ道という概念が、消える。


帰還否定ノー・リターン・エンド》。


そこに立つだけで、**「戦場は終点だ」**と理解させられる。


三体。


同時。


連携はない。

視線すら、交わさない。


だが――思想は、完全に一致している。


ヴァルハルトが、低く息を吐いた。


「……冗談だろ」


英雄として、数え切れない死地を越えてきた男の声が、わずかに震える。


「三体とも……“勝つために出てきた”存在じゃない」


ライザは理解した。


あれは、敵じゃない。


“終わらせるために来た”。


《終審断罪》が、最初に動いた。


動いた、というより――

判定が走った。


《存在影響量:高》

《集団連鎖危険度:上昇》

《処理候補:英雄群》


言葉はない。

だが、意味だけが叩きつけられる。


空気が、剥がれた。


ライザは反射的に跳ぶ。

双短剣を抜き、影を裂く。


だが、斬ったはずの空間に――何も残らない。


「……当たらない!?」


当たらないのではない。

“当たったという結果”が存在しない。


同時に、《最適淘汰》の周囲で、数値の奔流のようなものが走る。


《価値再算定》

《過剰変数:削減推奨》


ヴァルハルトが踏み込む。


「だったら――叩き潰すだけだ!」


大剣が唸り、地面が割れる。

英雄級の膂力。


だが、刃が届く前に――


地形が、折れた。


圧縮。


ヴァルハルトの身体が、地面ごと押し潰される。


「ぐっ……!」


骨が軋む。

鎧が悲鳴を上げる。


そして、《帰還否定》が“完成”する。


背後の地平が、消えた。


撤退不能。


退路概念、削除。


イリスが叫ぶ。


「全員、下がって――!」


だが、もう遅い。


三体は、同時に処理段階へ移行していた。


英雄たちは悟る。


これは――

勝てるかどうかの戦いではない。


生き残れるかどうかの段階ですらない。


「……クソ」


ライザは歯を食いしばる。


「これが……“世界の整理”かよ……!」


そして、空がさらに沈んだ。


――ここからが、本当の戦闘だ。


最初に崩れたのは、時間感覚だった。


戦闘が始まった、という実感がない。

剣を振るい、魔法を放ち、踏み込んだ――

はずなのに、「行動した結果」が世界に残らない。


終審断罪ファイナル・センテンス》の周囲では、

因果そのものが薄くなっていた。


ライザの双短剣が閃く。


踏み込み。

横薙ぎ。

返し。


完璧な連撃。


だが――


刃が触れた“はずの空間”が、

最初から存在していなかったかのように空白になる。


「……ッ!」


次の瞬間、胸が焼けた。


衝撃ではない。

斬撃でもない。


「存在していた」という事実そのものを、否定された。


ライザの身体が宙を舞い、地面を転がる。


「ライザ!」


ヴァルハルトが踏み込む。


英雄としての直感が叫んでいた。

――あれは、個で対処する存在じゃない。


大剣が、渾身で振り下ろされる。


地面が割れ、

衝撃波が走り、

英雄級の一撃が世界を叩く。


だが。


最適淘汰オーバー・セレクター》が、わずかに“視線”を向けた。


《価値再算定》

《攻撃影響量:過剰》

《危険度上昇:削減対象》


空間が、縮む。


ヴァルハルトの一撃は、

**「世界に与える影響が大きすぎる」**という理由で、

途中から“意味を失った”。


剣が、

威力を、

存在感を、

そして「英雄としての重み」を削られていく。


「――なっ……!」


大剣が、途中で止まる。


止まったのではない。

“そこまでの強さしか許可されていない”。


次の瞬間、

圧縮された空間が弾けた。


ヴァルハルトの身体が、

見えない壁に叩きつけられる。


骨が鳴った。

鎧が裂けた。


「ぐ、あ……ッ!!」


英雄の身体が、地面に沈む。


致命傷ではない。

だが――これ以上、前に出られない。


その間に、《帰還否定ノー・リターン・エンド》が展開を完了する。


周囲の景色が、

一斉に“終点”へと固定される。


逃げ道が消える。

距離という概念が意味を失う。


ノインが叫ぶ。


「空間が……閉じてる!

 前にも後ろにも、選択肢がない!」


イリスが光魔法を展開する。


結界。

補助。

回復。


だが、光が途中で消えた。


《帰還否定》の領域では、

「やり直し」も「回復」も存在しない。


一度傷ついた事実は、

永遠に固定される。


「……嘘でしょ……」


イリスの声が震える。


その瞬間、《終審断罪》が再判定を下す。


《対象:英雄個体》

《存在影響量:依然として高》

《処理段階:前倒し》


見えない“判決”が落ちる。


イリスの視界が、白く焼けた。


痛みではない。

恐怖でもない。


「自分が世界に不要だと宣告された」

という理解だけが、心を貫いた。


身体が動かない。


膝をつき、

杖を落とし、

呼吸が乱れる。


《存在有罪》。


――執行開始。


その直前。


ノインが、前に出た。


「……ッ、させるか!!」


召喚陣が、無理やり展開される。

本来なら拒否されるはずの術式。


だが、ノインは自身の魔力回路を焼いて強行した。


召喚体が顕現し、

《終審断罪》の視界を一瞬だけ塞ぐ。


たった、一瞬。


だが、その代償は大きかった。


ノインの身体が、

内側から崩れる。


血を吐き、

膝を折り、

意識が遠のく。


「ノイン!!」


ライザが叫び、駆け寄ろうとする。


だが、《最適淘汰》の視線が彼女を捉えた。


《再算定》

《残存価値:低下》

《処理優先度:保留》


――殺されない。


代わりに、

“生き残る価値が下げられた”。


それが、どれほど屈辱的か。

どれほど残酷か。


英雄たちは理解していた。


これは戦いではない。


三体は、

勝つために来たのではない。


「世界を静かにするために来た」。


英雄は、その途中にある“ノイズ”に過ぎない。


その時。


空気が、変わった。


世界が、

一瞬だけ――

呼吸を思い出した。


世界が、ひとつ深く息を吸った。


それは自然現象ではない。

誰かが――意図的に、世界の流れを止めた。


《帰還否定》の領域が、きしむ。


終点として固定されていた空間に、

“戻る”という概念ではない、

**「留保」**が差し込まれる。


「……?」


終審断罪ファイナル・センテンス》が、初めて演算を止めた。


存在有罪。

終審執行。


その手順の途中に、

未定義の値が割り込んできたからだ。


次の瞬間。


――“歩いてきた”。


派手な転移も、魔力の奔流もない。

ただ、そこに至るまでの距離を、

普通に歩いたかのような足取り。


杖をついた、白髪の老人。


だが、その一歩ごとに、

歪んでいた因果が“正しい位置”へ戻されていく。


「……やれやれ」


低い声。


「若いのは元気で結構じゃが、

 世界を静かにするには――

 少々、やり方が雑すぎるのう」


ジル爺だった。


最適淘汰オーバー・セレクター》が即座に再算定を走らせる。


《対象:新規存在》

《価値測定不能》

《世界影響量:計測不能》

《危険度:——》


算定が、止まる。


帰還否定ノー・リターン・エンド》の領域が揺らぐ。

終点固定が解除されないまま、

“外から触れられている”。


「……非裁定?」


《終審断罪》が、静かに呟いた。


裁かず。

退かず。

選ばせない。


それは、以前検出した異常と同じ概念。


だが、目の前の存在は違う。


これは“異常”ではない。

**“理解を拒否する意思を持った例外”**だ。


ジル爺は英雄たちを一瞥する。


ライザは胸を押さえ、呼吸もままならない。

ヴァルハルトは片膝をつき、大剣を支えに立っている。

ノインは倒れ、イリスは意識を保つのが精一杯だ。


「……ここまでやられとるか」


杖を、軽く地面に突く。


音は小さい。


だがその瞬間、

三体の究極逸脱個体すべてが、

同時に“警告”を検出した。


《終審断罪》

《処理継続:不可》

《理由:未定義干渉の拡大》


《最適淘汰》

《排除優先度:再計算不能》

《反動予測:世界規模》


《帰還否定》

《終点固定:維持不能》

《拘束破壊リスク:臨界》


――結論。


今、ここで戦うことは、

世界の静寂を遠ざける。


それは、彼らの思想に反する。


「……撤退」


三体は、同時に判断する。


それは敗北ではない。

逃走でもない。


**「今は、最適ではない」**という選択。


空間が、音もなく畳まれる。


《帰還否定》の領域が解け、

《最適淘汰》の圧縮が解除され、

《終審断罪》の“視線”が外れる。


三体の姿が、世界から消えた。


まるで、

最初からそこにいなかったかのように。


沈黙。


風が、ようやく普通に吹く。


英雄たちは、崩れ落ちるように座り込んだ。


「……生きてる……?」


ライザの呟きに、

誰もすぐ答えられない。


生きてはいる。

だが、確実に何かを失った。


イリスは震える手で、自分の胸を見る。


光魔法は、もう以前のように応えてくれない。

ノインは意識を取り戻さず、

ヴァルハルトは大剣を握る腕に力が入らない。


ジル爺は、逸脱個体が消えた方向を見る。


「……あれはの」


誰にともなく言う。


「世界を壊す悪でも、

 守る正義でもない」


一拍。


「世界を“整理”しに来た存在じゃ」


英雄たちが息を呑む。


「そして、厄介なのは……

 あれらはまだ“本気で狩りを始めておらん”」


沈黙が、重く落ちた。


「次に来る時は、

 今日みたいに様子見では済まん」


ジル爺は、英雄たちに背を向ける。


「生き延びたのは運じゃ。

 じゃが――」


一度だけ、振り返った。


「次は、“選ばれる側”になる覚悟をせい」


その言葉が、

英雄たちの胸に、深く沈んだ。


遠くで、雷が鳴る。


世界はまだ、静かではない。


だが確実に――

“選別”は、次の段階へ進んだ。


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