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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第1章

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折れなかった理由

夜は、静かだった。


焚き火の音だけが、一定のリズムで鳴っている。

ミリアは、膝を抱えるようにして座り、炎を見つめていた。


今日の依頼は、問題なく終わった。

怪我もない。

緊張も、もう解けている。


なのに――

胸の奥が、少しだけ騒がしかった。


「……眠れませんか?」


背後から、レインの声。


ミリアは、少し驚いて振り向く。


「……はい。

 ちょっと、考え事を」


レインは、少し距離を取って腰を下ろした。

近すぎない。

でも、遠すぎない。


その距離が、今は心地いい。


「……昔のことを、思い出してました」


ミリアは、ぽつりと呟く。


炎が、ぱちりと弾ける。


「紅鷹にいた頃……

 私は、いつも後ろにいました」


声は、落ち着いている。

もう、震えない。


「考えたことを言うと……

 “余計なことを言うな”って」


「戦闘中に口を出すな。

 結果が出てから言え、って」


言葉を区切りながら、続ける。


「だから……

 考えるのを、やめようとしました」


レインは、何も言わない。

遮らない。


「考えなければ、怒られない。

 前に出なければ、責任もない」


ミリアは、少し笑った。


「……楽でした」


でも、と続ける。


「同時に……

 自分が、どんどん小さくなっていくのが分かって」


焚き火の炎が、揺れる。


「剣を持つのも、怖くなって。

 前に立つなんて……

 考えられませんでした」


一瞬、間が空いた。


「……でも」


ミリアは、顔を上げる。


「あなたは……

 違いました」


レインが、視線を向ける。


「私が考えたことを、

 “正しいかどうか”じゃなくて……」


「“どう考えたか”を、

 聞いてくれた」


小さく、息を吸う。


「それだけで……

 すごく、楽になりました」


レインは、少しだけ考えてから言った。


「考えることは、

 悪いことじゃありません」


当たり前のように。


「むしろ、

 あなたの強みです」


ミリアの胸が、きゅっと鳴る。


「……ありがとうございます」


少し照れたように、視線を逸らす。


沈黙。


だが、気まずくはない。


風が、夜草を揺らす。


「……あの」


ミリアが、意を決したように言う。


「私、前に立つの……

 まだ、怖いです」


「でも」


一度、言葉を切る。


「……あなたが後ろにいるなら、

 大丈夫な気がします」


言った瞬間、

自分で自分の言葉に気づく。


「……っ」


顔が、熱くなる。


「い、今のは、その……!」


慌てて、手を振る。


レインは、一瞬目を瞬かせたあと、

視線を逸らし、軽く咳払いした。


「……それは」


声が、少しだけ低い。


「俺も……

 同じです」


ミリアの動きが、止まる。


「……え?」


「前に立つ人が、

 あなたでよかった」


短い言葉。

でも、真剣だ。


一瞬、二人の距離が近づく。


焚き火の光が、

互いの顔を赤く照らす。


――少し近い。


気づいて、同時に視線を逸らす。


「……っ」


「……その」


ぎこちない沈黙。


でも、

嫌じゃない。


ミリアは、剣の柄にそっと手を置いた。


(……折れてなかった)


理由は、分かった。


自分は――

完全には、折れていなかった。


理解していい場所に来たから。

理解してくれる人が、いたから。


夜は、まだ長い。


翌朝、ミリアは一人で訓練場に立っていた。


まだ日が高くない時間。

人影はなく、空気がひんやりとしている。


(……ここなら)


誰も見ていない。

怒鳴られることも、遮られることもない。


ミリアは、レイピアを握った。


手のひらが、少し汗ばむ。


(……怖い)


理由は、分かっている。


剣を振ろうとした瞬間、

過去の声が、脳裏に蘇る。


――余計なことをするな。

――前に出るな。

――結果も出せないくせに。


「……っ」


一歩、踏み出しかけて、止まる。


胸が、きゅっと縮む。


(……まただ)


逃げたくなる。

剣を下ろして、後ろに戻りたくなる。


そのとき――

背後から、足音がした。


「……無理に、振らなくていいですよ」


レインだった。


ミリアは、驚いて振り向く。


「……見てたんですか」


「少しだけ」


レインは、訓練場の端に立ったまま言う。


「剣を振る前に、

 何かが引っかかっている」


ミリアは、視線を落とした。


「……怖いんです」


正直に、言った。


「前に出ると……

 また、否定される気がして」


レインは、すぐには答えなかった。


代わりに、地面に小石を一つ置く。


「……あれを、突いてください」


ミリアは、目を瞬かせる。


「でも……」


「敵だと思わなくていい」


レインの声は、落ち着いている。


「前提も、何もありません。

 ただの、点です」


ミリアは、深く息を吸った。


(……点)


誰も見ていない。

評価も、叱責もない。


「……分かりました」


構える。


肩の力を抜き、

切っ先を、自然に向ける。


(……考えていい)


レインの言葉が、背中にある。


踏み込み。


《直線穿ち(リネア・スラスト)》。


レイピアの切っ先が、

小石の真上を、正確に貫いた。


音は、しない。


だが――

胸の奥で、何かが切れた。


「……っ」


息が、詰まる。


(……できた)


怖さは、まだある。

でも――

縛られてはいない。


「今のです」


レインの声。


「誰にも、否定されていません」


ミリアは、剣を下ろしたまま、

しばらく動けなかった。


やがて、ゆっくりと顔を上げる。


「……私」


声が、少し震える。


「前に出ても……

 いいんですよね」


「はい」


即答だった。


「あなたは、

 前に立つ人です」


その言葉で、

ミリアの目が潤む。


「……ありがとうございます」


一歩、踏み出す。


気づけば、レインのすぐ近くまで来ていた。


「……あの」


言葉を探す。


「私……

 あなたが後ろにいると……」


言いかけて、止まる。


近い。

昨日より、近い。


お互い、少し動けば触れてしまう距離。


「……その」


ミリアは、顔を赤くして視線を逸らした。


「……やっぱり、何でもないです」


レインも、少しだけ困ったように目を逸らす。


「……続きは、また今度にしましょう」


「……はい」


ぎこちない沈黙。


でも、

そこにあったのは――

逃げではなく、余白だった。


ミリアは、剣を握り直す。


(……もう、大丈夫)


過去は、消えない。

でも、縛られない。


前に立つ理由は、

もう自分の中にある。


昼下がりの街道は、穏やかだった。


依頼を終えた帰り道。

二人並んで歩きながら、ミリアは何度も空を見上げていた。


雲の流れ。

風の匂い。

剣を持つ右手の感覚。


(……前と、違う)


それを、はっきりと自覚していた。


「……レインさん」


歩きながら、ミリアが口を開く。


「さっき……

 訓練場で言えなかったことがあって」


レインは、歩調を緩める。


「どうしました?」


ミリアは、少しだけ立ち止まった。


「紅鷹にいた頃……

 私は、“考えるのをやめた方が楽”だって

 本気で思ってました」


苦笑する。


「怒られないし、

 責任もないし……」


でも、と続けた。


「……それは、

 私が前に立つことを

 諦めた理由だったんです」


風が、草を揺らす。


ミリアは、レイピアを軽く掲げた。


「私は……

 前に立ちたかった」


はっきりとした声。


「考えたかった。

 理解したかった。

 間違えても、

 次に活かしたかった」


一度、息を吸う。


「……それを、

 “余計なこと”って言われた」


胸の奥に残っていた重さが、

言葉と一緒に外へ出ていく。


「でも……」


ミリアは、レインを見る。


「あなたは、

 それを全部……

 否定しなかった」


レインは、静かに聞いている。


「だから……

 もう戻りません」


きっぱりと。


「後ろで縮こまる役も、

 考えるのをやめる役も」


「私は、

 前に立つ前衛です」


その言葉は、

誰に向けた宣言でもない。


自分自身への確定だった。


レインは、少しだけ目を細める。


「……よかった」


短い言葉。


でも、

心からだった。


「それなら、

 もう折れません」


ミリアは、少し照れたように笑う。


「……はい」


歩き出す。


二人の距離は、

昨日より、少し近い。


だが――

触れない。


触れないからこそ、

意識する。


「……あの」


ミリアが、小さく言う。


「もし……

 私が、また迷ったら」


言葉を切る。


「……そのときは、

 後ろに、いてくれますか」


レインは、即答した。


「いつでも」


視線を逸らさず、

はっきりと。


その一言で、

ミリアの胸が、じんわりと温かくなる。


「……ありがとうございます」


少し赤くなりながら、

でも、もう逃げない。


夕日が、街道を照らす。


二人の影が、並んで伸びていく。


過去は、もう背後にある。


前にあるのは――

次の戦場と、

まだ名前のついていない感情だけだった。

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