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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第10章 静けさは次への序章

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裁かず、退かず、立たせる

街は、まだ崩れていなかった。


だが――

確実に、傾いていた。


「……人はいるのに、

 流れがない」


ミリアが、広場を見渡して言う。


露店は開いている。

店主も立っている。

客も、確かにいる。


それなのに――

誰も、中心に向かって動かない。


「判断が、細切れになってる」


リュカが、《戦域把握》を最小出力で展開する。


「個人単位じゃなく、

 “集団判断”が遅延してる」


「鐘が鳴っても、

 合図として機能しない理由がこれか」


エルドが、盾を背中から下ろした。


「……守るべき“前”が、

 存在しない」


レインは、ゆっくりと頷いた。


「うん」


「だから――」


地図を広げ、

街路と広場を指でなぞる。


「前線を作らない」


ミリアが、即座に反応する。


「作らない?」


「作ると、

 “誰かが決める”形になる」


「今、それが一番危険だ」


レインの《模写理解アナライズ・コピー》が、

街全体を薄く覆う。


だが、敵は写らない。


代わりに写るのは――

人の“迷いの分布”。


「……ここ」


レインが、数か所を指す。


「判断が、特に滞留してる」


「市場、鐘楼下、

 そして――」


視線を、通りの合流点へ。


「交差点」


リュカが、即座に理解する。


「選択肢が多すぎる場所」


「そう」


レインは続ける。


「だから、

 選択肢を減らす」


ミリアが、にやりと笑う。


「任せなさい」


次の瞬間。


踏越位オーバー・ライン

――だが、前へは出ない。


ミリアは、

人の流れの“横”に立った。


「こっち空いてるよ!」


「急ぐ人は、こっち!」


声を張る。


命令ではない。

判断を奪わない。


ただ、

“選びやすい道”を示すだけ。


人が、動き始める。


一人、二人。

小さな流れ。


エルドが、交差点の中央に立つ。


盾を構え、

だが、塞がない。


「迷ったら、

 ここで止まれ!」


「考える時間は、

 俺が作る!」


誰かが立ち止まり、

息を整える。


その間に、

別の誰かが進む。


「……判断が、戻ってる」


リュカが、静かに言う。


《戦域把握》に、

流れが生まれ始めていた。


レインは、街全体を見渡す。


(……まだ足りない)


だが――

崩壊は、止まった。


非裁定ノーリトリート》は、

誰も裁かず、

誰にも退かず、


ただ――

立つ場所を、与えている。


その時。


《模写理解》が、

一瞬だけ“重く”なった。


(……見てる)


(評価が、変わった)


レインは、空を見上げる。


姿は、ない。


だが確実に――

こちらの行動は、観測された。


ミリアが、汗を拭いながら言う。


「……ねえレイン」


「これさ」


「敵に、喧嘩売ってない?」


レインは、静かに答えた。


「うん」


「でも――」


視線を、街へ戻す。


「売らなきゃ、

 次は“奪われる”」


街は、まだ生きている。


だが今、

逸脱個体は理解した。


――この街は、

“簡単には食えない”。


それは、

次の行動を変えるには十分だった。


街の流れは、確かに戻りつつあった。


止まっていた人の足が動き、

立ち尽くしていた視線が、前を向く。


完璧ではない。

だが――

**“考えれば動ける状態”**には戻っている。


「……一応、成功かな」


ミリアが、肩で息をしながら言う。


「少なくとも、

 さっきみたいに“全員止まる”感じじゃない」


「うん」


リュカは、《戦域把握》を閉じながら答える。


「判断遅延は残ってるけど、

 連鎖が切れた」


「一箇所で止まっても、

 他が動く」


エルドが、盾を地面に立てて周囲を見る。


「……守る意味が、

 戻ってきてる」


その時だった。


レインの《模写理解アナライズ・コピー》が、

明確な“違和感”を拾った。


(……重心が、ずれた)


(観測点が、移動している)


それは敵意ではない。

攻撃の予兆でもない。


“再計算”。


「……来る?」


ミリアが、即座に問う。


「今じゃない」


レインは、静かに首を振った。


「でも――」


視線を、街の外縁へ。


「やり方を、変える」


リュカが、即座に理解する。


「直接、

 判断を奪えないと分かった?」


「うん」


レインは続ける。


「人が“動ける”なら、

 次は――」


一拍。


「動けなくする理由を作る」


ミリアが、歯を噛む。


「……事故?」


「事件?」


「たぶん、

 “もっと分かりやすいもの”」


エルドが、低く言った。


「恐怖だ」


その言葉と同時に、

街の外から、微かな騒ぎが届いた。


悲鳴ではない。

怒号でもない。


困惑した声。


「……あっち」


レインは、即座に判断する。


「布陣、第二段階に移る」


ミリアが、笑った。


「最初から、

 そこまで想定してた顔だね」


「相手が、

 “判断を嫌う存在”だから」


レインは、淡々と答える。


「人が考え始めたら、

 次は“考えた結果を後悔させる”」


《模写理解》に、

新しい重みが加わる。


それは、

一体ではない。


(……別方向)


(……別の“選択肢”)


逸脱個体は、

この街を諦めていない。


ただ、

“柔らかい食べ方”をやめただけ。


レインは、短く言った。


「……来るよ」


「今度は、

 止めに来る」


街の空気が、

再び張りつめる。


判断は戻った。

だが――

それは、次の局面への準備にすぎなかった。


夜は、比較的穏やかだった。


焚き火の数は少ないが、

避難民キャンプには最低限の秩序があった。


誰かが見張りに立ち、

誰かが子どもを寝かしつけ、

誰かが明日の配給を数えている。


――失われた街から逃げてきた者たちの、

かろうじて残った「日常」。


「今日は……静かだな」


簡易テントの間を歩く青年が、そう呟いた。


返事はない。

だが不安もない。


ここは、

・魔物の巣から遠い

・英雄が巡回した後

・世界機関の保護対象


「安全な場所」のはずだった。


その認識が――

最初に、狂った。


 


「……あれ?」


見張りの男が、首を傾げる。


さっきまで立っていたはずの同僚が、

焚き火のそばで座り込んでいた。


「交代だぞ」


声をかける。


返事がない。


近づく。


「……おい?」


男の目は開いていた。

呼吸もある。


だが――

立ち上がらない。


「……決められない」


ぽつり、と呟いた。


「今、何をすればいいか……分からない」


異変は、そこから一気に広がった。


 


配給所で、列が止まる。

水桶を持った女が、歩き出せない。

子どもを抱えた母親が、動けない。


「……どうするんだっけ」


「……次は、どっち?」


誰も倒れていない。

誰も叫んでいない。


ただ――

選べない。


その中央。


焚き火の向こう側に、

“それ”は立っていた。


人型に近いが、

どこか輪郭が曖昧。


影のようで、

煙のようで、

それでいて確かに「いる」。


逸脱個体。


感情は薄い。

だが、知性はある。


――“学習後”。


人間の動きを、

人間の迷いを、

人間の「判断」を。


「……興味深い」


声は低く、感情がない。


「人は、命より先に

 “次の一手”を失うと

 停止する」


誰も反応しない。


逸脱個体は、ゆっくり歩く。


倒れている老人の前で立ち止まり、

首を傾げる。


「恐怖を与える必要はない」


「判断を、消せばいい」


老人の肩に、指先が触れた。


――次の瞬間。


老人の身体が、内側から崩れた。


血は出ない。

叫びもない。


ただ、

「存在していた結果」だけが消える。


その光景を、

誰も止められない。


なぜなら――

止めるかどうか、

決められないから。


 


遠く。


非裁定ノーリトリート》のレインが、

胸を押さえた。


「……今の」


模写理解アナライズ・コピー》が、

初めて明確な警告を出す。


(被害、発生)


(対象:非戦闘員)


(性質:判断剥奪・不可逆)


ミリアが、歯を噛む。


「……来た」


「やつら……

 “戦場”を選ばなくなった」


リュカが、震える息で言う。


「これは……

 誘いじゃない」


「宣告だ」


エルドは、盾を強く握る。


「……守る前に」


「立たせなきゃいけない」


キャンプの焚き火が、

一つ、消えた。


それは偶然ではない。


逸脱個体は、

人間社会に――

最初の一手を打った。


そしてまだ、

誰もそれを止めていない。


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