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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第10章 静けさは次への序章

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街は、まだ息をしている

街は、生きていた。


朝の市。

露店の呼び声。

荷車の軋む音。

子どもが走り、パンの匂いが流れる。


――だからこそ、余計に分かりにくい。


「……普通、だね」


ミリアが、周囲を見回して言った。


「静かすぎもしないし、

 逃げた様子もない」


「うん」


レインは、肯定しながらも歩調を落とさない。


非裁定ノーリトリート》は、

街道から都市へ入ったばかりだった。


門番は、問題なく通した。

身分証も、依頼書も、すぐ確認された。


ただ――

一拍、遅れた。


「……?」


ミリアが、門をくぐった直後に振り返る。


「今の、分かった?」


「うん」


リュカが、短く答えた。


「判断が、ワンテンポ遅い」


エルドが、盾を背負ったまま言う。


「でも、気づくほどじゃない」


「そう」


レインは、街を見渡す。


「だから、食われやすい」


市場に入る。


値段交渉。

道の譲り合い。

何気ない会話。


だが、どれも――

“即断”がない。


「これでいいか?」

「まあ、いいだろ」

「後で考えよう」


その“後”が、

積み重なっている。


「……嫌な予感しかしない」


ミリアが、小さく呟く。


「うん」


レインは否定しない。


模写理解アナライズ・コピー》が、

街全体に薄く広がる。


だが、

敵の姿は写らない。


(……来てない)


(でも――)


(“選ばれた後”だ)


リュカが、地図を取り出す。


「鐘楼、中央。

 巡回路、三系統」


「有事の指示は、

 全部上から降りる仕組み」


「つまり」


エルドが続ける。


「個人判断が、少ない」


レインは、静かに頷いた。


「ここは、

 一気に止まる」


ミリアが、拳を握る。


「……止める前に、

 止めなきゃいけないってやつね」


「うん」


レインは、街の奥を見つめる。


「まだ、呼吸はある」


「でも」


一拍。


「次の判断が遅れたら、終わる」


遠くで、鐘が鳴った。


時刻を告げるだけの、

いつもの音。


誰も、気に留めない。


だがレインだけは、

その“鳴り方”を覚えていた。


(……次は)


(これじゃ、鳴らない)


ノーリトリートは、

街の中心へ向かって歩き出す。


裁かず。

退かず。


判断が奪われる前に、

判断を取り戻すために。


最初は、事故と呼ぶほどのものじゃなかった。


露店の前で、客同士がぶつかる。

謝罪が遅れ、言葉が重なる。

小さな口論。


「……今の、どっちも譲る気なかったな」


ミリアが、低く言う。


「いつもなら、

 どっちかが折れる場面だよね」


「うん」


レインは、人の流れを見ていた。


「判断が遅れると、

 選択肢が減る」


「減った分、

 感情で埋める」


次の通りで、荷車が立ち往生していた。


道幅は、十分。

一台ずつなら、普通に通れる。


だが――


「……どっちが先だ?」


「いや、そっちだろ」


「いやいや、今日は荷が重い」


誰も、動かない。


周囲が、徐々に詰まっていく。


「……止まるな」


エルドが、思わず前に出る。


「どっちか、行け!」


その声で、ようやく一台が動いた。


だが――

周囲の視線が、微妙に冷たい。


「……助けたのに?」


ミリアが、眉をひそめる。


「“割り込まれた”って

 思われたかもね」


リュカが、淡々と補足する。


「判断を外から与えられるのを、

 嫌がってる」


「……そんな」


ミリアが言いかけて、口を閉じる。


その先の通り。


パン屋の前で、

客が立ち尽くしていた。


「……これ、ください」


「どれです?」


「えっと……」


視線が、棚を彷徨う。


数秒。

十秒。


後ろの客が、舌打ちした。


「決められないなら、後にしろよ」


「……すみません」


だが、その“後”が来ない。


列が、止まる。


空気が、張り付く。


レインの《模写理解アナライズ・コピー》が、

薄く反応する。


(……連鎖)


(判断遅延 → 摩擦増加 → 感情増幅)


(まだ、

 “奪われて”はいない)


(でも――)


ミリアが、小さく息を吸う。


「……これ、

 影の時より嫌だ」


「うん」


レインは、同意した。


「敵が見えないから」


通りの奥で、

子どもが転んだ。


普通なら、誰かが手を貸す。


だが――

三人が、同時に一歩踏み出して、止まった。


「……?」


互いに、顔を見る。


「いや、どうぞ」


「いや、あなたが」


「……」


数秒の沈黙。


その間に、

子どもは自分で立ち上がった。


泣いてはいない。

助けを求めてもいない。


ただ、

少しだけ遅れた目で、周囲を見た。


「……助ける理由が、

 遅れる」


エルドが、低く呟く。


「前線が、

 曖昧になる」


リュカが、地図を閉じる。


「この街、

 もう“戦場”だよ」


「でも」


ミリアが、街を見渡す。


「誰も、

 戦ってるつもりがない」


その時。


レインが、立ち止まった。


《模写理解》が、

初めて“方向”を示す。


――上。


鐘楼ではない。

屋根の上。


だが、

何もいない。


「……影?」


ミリアが、即座に身構える。


「違う」


レインは、首を振る。


「見られてる」


「評価されてる」


「そして――」


視線を、街全体へ。


「まだ、足りない」


その言葉が、

なぜか確信を伴っていた。


逸脱個体は、

まだ動いていない。


だが――

街は、すでに“準備”を始めている。


判断を失う準備を。


鐘が鳴った。


正午を告げる、いつもの音。


人々は顔を上げ、

そして――

何も変わらなかった。


「……?」


ミリアが、ほんの一瞬だけ眉をひそめる。


「今の鐘、

 変じゃなかった?」


「うん」


レインは、即答した。


「“合図”になってない」


普段なら、

昼休み。

交代。

店じまい。


誰かが動き、

それに合わせて流れが変わる。


だが今日は――

誰も、次の行動を決めない。


通りの端で、

建設中の足場が、軋んだ。


「危ないぞ!」


誰かが叫ぶ。


足場の下に、

人がいる。


だが――

その声を聞いた人々は、

一瞬だけ立ち止まり、


「……誰か、呼んだ?」


「いや、今のは……?」


視線が彷徨う。


足場が、崩れた。


大きな音。

木材が割れ、

石が落ちる。


逃げれば助かる距離。


だが――

下にいた男は、動かなかった。


いや、

動けなかった。


逃げる理由を、

見つけられなかった。


次の瞬間。


衝撃。


周囲が、凍りつく。


「……っ!」


ミリアが、即座に走った。


エルドも、盾を構える。


だが――

倒れている男に、

致命傷はない。


足を挟まれ、

出血はあるが、命はある。


「よかった……!」


誰かが言った。


その言葉に、

街全体が安堵しかけた――

その時。


男が、目を開いた。


だが、その目は――

焦点が合っていなかった。


「……?」


「大丈夫か!?」


問いかけに、

男は口を開く。


「……えっと」


「……何を、

 すればいいんだ?」


その場が、静まり返る。


「……は?」


「いや、

 動こうとは思うんだ」


「でも」


男は、震える声で続けた。


「……理由が、

 分からない」


ミリアが、息を呑む。


レインの《模写理解アナライズ・コピー》が、

はっきりと反応した。


(……奪われた)


(選択肢じゃない)


(“優先順位”)


男は、生きている。


だが――

次に何をするべきか、決められない。


助けを呼ぶ理由も、

痛みに耐える意味も、

“自分を優先する根拠”も。


周囲の人間も、同じだった。


助けたい。

でも、どうする?

誰が?

今?

後で?


判断が、

細かく砕けていく。


「……もう事故じゃない」


リュカが、低く言う。


「これは――」


エルドが、男を庇うように立つ。


「被害だ」


その瞬間。


レインは、街の奥を見た。


《模写理解》が示す方向。


そこに、

姿はない。


だが――

**“満足したような余韻”**だけが残っていた。


(……観測された)


(……評価された)


そして、

一つの結論が、

レインの中に落ちる。


「……来る」


ミリアが、即座に問う。


「何が?」


レインは、静かに答えた。


「本番」


その言葉と同時に、

街のどこかで、

誰かがまた立ち止まった。


もう、戻れない。


この街は――

逸脱個体に“選ばれた”。


ノーリトリートは、

初めて明確に理解した。


これは前兆ではない。


侵攻の、第一歩だ。


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