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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第10章 静けさは次への序章

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静かな街で、選択が消えた

その街は、平凡だった。


交易路の分岐点。

宿屋が三軒、鍛冶屋が一軒。

朝はパンの匂いがして、夜は酒場が少しだけ騒がしい。


――だから、油断していた。


「……おかしいな」


門番の男が、首を傾げる。


「さっきから、

 同じ人が三回、門を出入りしてる」


「常連だろ?」


「いや……」


男は、言葉に詰まる。


「“何しに来たか”を、

 毎回忘れてる」


街の中でも、同じことが起き始めていた。


注文を受けたのに、料理を出さない。

荷を運ぶ途中で、立ち止まる。

理由もなく、立ち尽くす。


魔物被害ではない。

怪我人も、死者もいない。


それなのに――

街が、機能していない。


「鐘を鳴らそう」


誰かが言う。


だが、その判断は――

五秒、遅れた。


次の瞬間。


酒場の奥、

誰も注目していなかった席で、

“それ”は立ち上がった。


人の形をしていた。

だが、顔が――

定まっていなかった。


「……?」


近くにいた客が、声を漏らす。


次の瞬間、

その男の言葉は、途中で途切れた。


血は、出なかった。

悲鳴も、上がらない。


ただ――

“そこにいた”という事実だけが消えた。


周囲の人間が、遅れて異変に気づく。


「あれ……?」


「今、誰か――」


誰も、正確に思い出せない。


何が起きたかも、

誰がいなくなったかも。


逸脱個体は、動かない。


ただ、

“必要な情報だけ”を奪ったように、

次の席へ視線を向ける。


(……足りない)


その思考は、

女王からも、人類からも独立していた。


(判断が、多すぎる)


(矛盾が、多すぎる)


(――不要)


次の瞬間。


街の中央広場で、

誰かが倒れた。


助けようとした人間が、

「助ける理由」を思い出せず、立ち尽くす。


鐘は、ついに鳴らなかった。


代わりに、

街の“判断”が、音もなく死んだ。


数刻後。


遠方の監視網が、

ようやく異常を拾う。


人的被害:確認不能

魔力反応:敵性だが分類不能

原因:不明


そして、

一行だけ付記される。


「影とは異なる」


――逸脱個体による、

最初の人間被害が記録された瞬間だった。


報告は、一枚の紙から始まった。


「……人数が、書いてない?」


ミリアが眉をひそめる。


仮設拠点の簡易机。

依頼掲示板から直接回ってきた、緊急扱いの報告書。


発生地点:交易都市リュネ近郊

事象分類:不明

死傷者数:確認不能

原因:調査中


「“確認不能”って何よ」


「死者がゼロって意味じゃない」


リュカが、静かに続ける。


「数えられないって意味だ」


エルドが、紙を受け取って視線を落とす。


「……証言欄も、変だ」


そこには、断片的な言葉しか並んでいなかった。


・誰かがいた気がする

・でも思い出せない

・助けようとしたが、理由が分からなかった

・鐘を鳴らそうとしたはず


「……気持ち悪い」


ミリアが、率直に言った。


「影の時は、もっと分かりやすかった」


「うん」


レインは頷く。


「否定だったし、切断だった」


「これは……」


紙を置き、視線を上げる。


「判断そのものを奪ってる」


一瞬、沈黙。


リュカが問い返す。


「……それって」


「選択が出来なくなる、ってこと?」


「近いけど、違う」


レインは言葉を選ぶ。


「選択肢はある」


「でも――」


「選ぶ理由が、消える」


ミリアが、ぞっとしたように肩をすくめる。


「それ、

 逃げることも、助けることも、

 全部“後回し”になるやつじゃん」


「うん」


エルドが、低く言った。


「前線が、存在しなくなる」


「守る場所が、

 自分で決められない」


レインの《模写理解アナライズ・コピー》が、

報告書の“余白”に反応する。


だが、何も写らない。


(……影じゃない)


(否定でも、破壊でもない)


(――食ってる)


「……この街だけ?」


ミリアが聞く。


リュカは首を振った。


「同系統の報告が、

 小規模で三件」


「どれも、

 ネームド級が“関与していたはずの場所”だ」


「……はず?」


「痕跡だけ残って、

 当人がいない」


レインは、静かに結論を出した。


「ネームドが消えてる」


「そして」


一拍、置く。


「消した側が、強くなってる」


誰も、否定しなかった。


ミリアが、机を軽く叩く。


「……もう、隠れてないよね」


「うん」


レインは答える。


「初めて、人間社会に手を出した」


「それも――」


視線を、報告書から外す。


「“戦わずに”」


その言葉が、全員の中で重く沈む。


エルドが、盾の縁を握りしめた。


「……次は」


レインは、即答した。


「街だ」


「もっと大きくて、

 判断に時間がかかる場所」


「そこが、

 一番“食べやすい”」


沈黙の中、

外から人の声が聞こえた。


平和な、日常の音。


ミリアが、小さく笑う。


「……守らなきゃね」


「裁かず」


「退かず」


レインは、静かに続ける。


「選ばせるために」


ノーリトリートは、

次の依頼を待たなかった。


これはもう、

“依頼を受ける側”の問題じゃない。


世界が、

判断を奪われ始めている。


高い場所だった。


見下ろす先に、

灯りがある。


規則正しく並ぶ光。

行き交う人の流れ。

鐘楼、門、巡回路。


――都市。


逸脱個体は、そこに立っていた。


風を受けても、衣は揺れない。

足元の瓦礫に、重さは残らない。


視線が、街全体をなぞる。


音。

匂い。

会話。


「今日は、どこに行こうか」

「明日でいいだろ」

「まあ、様子を見てからだな」


選択。

延期。

判断の保留。


逸脱個体の内部で、

演算が走る。


(……密度、十分)


(判断回数、多)


(理由付け、過剰)


市場の広さ。

人の集中率。

緊急時の指揮系統。


鐘楼に目を向ける。


(……合図に、依存している)


巡回兵の動きが、わずかに乱れる。


(……個に判断を委ねない)


評価は、淡々と終わる。


否定も、嫌悪もない。


ただ――

“適している”。


別の方向へ、視線が流れる。


小さな集落。

人は少ない。

判断も単純。


(……足りない)


切り捨てる。


さらに遠方。

巨大都市。

判断は多いが、

代替手段も多い。


(……過剰)


選ばない。


視線は、最初の街へ戻る。


灯りが、少しだけ揺れた。


人の声が、重なって聞こえる。


(……ここだ)


逸脱個体は、動かない。


今は、まだ。


判断を奪うには、

もう一段階、必要だった。


その“準備”のために、

視線が――

さらに遠くへ伸びる。


どこかで、

またひとつ、

名を持つ存在が消える。


それを、

誰も知らない。


ただ、次に鳴る鐘だけが、

すでに決まっていた。


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