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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第10章 静けさは次への序章

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静かな戦場と、選別される命

森は、戦場にしては静かすぎた。


風は吹いている。

枝も揺れている。

だが――音だけが、存在しない。


「……おかしくない?」


ミリアが小声で言った瞬間、

自分の声が途中で途切れたことに気づいて口を押さえる。


声が、消えたのではない。

届いていない。


「音が……遮断されてる」


リュカが《戦域把握バトルフィールド・リード》を展開しかけ、

即座に眉をひそめた。


「いや、違う。

 “遮断”じゃない……優先度を落とされてる」


レインは、前方を見据えたまま動かなかった。


(……ネームド反応、確認)


(対象:

 女王直属・排除特化個体《沈黙ミュート》)


(……戦闘中?)


その瞬間だった。


前方の木々が、音もなく崩れ落ちた。


倒壊ではない。

爆発でもない。


“切断”でも、“破壊”でもない。


――存在の選別。


「来る……!」


エルドが盾を前に出す。


だが次の瞬間、

戦場の“気配”が、一段階、深く沈んだ。


沈黙ミュート》がいたはずの位置に、

それよりも“濃い”存在が立っている。


四肢は歪み、

輪郭は曖昧。

だが、その中心だけが異様に明確だった。


「……捕食、完了」


声は聞こえない。

だが、意味だけが直接、脳に落ちてくる。


レインの《認識剥離センス・ストリップ》が、警告を吐き出す。


(ネームド消失)


(捕食確認)


(逸脱個体――進化)


(識別名更新)


――《淘汰セレクター

――進化後個体:《無感淘汰ミュート・セレクター


「……静かすぎるわけだ」


ミリアが、歯を噛みしめる。


足音も、呼吸音も、

仲間の動きさえ――等価に“不要”と判断されている。


《無感淘汰》が、ゆっくりと首を傾けた。


その視線が、

ノーリトリート全員を、順に“測る”。


(価値査定、開始)


(……優先排除対象、確定)


レインは、一歩だけ前に出た。


剣を抜かない。

魔力も展開しない。


ただ、告げる。


「――裁定は、させない」


無音の戦場で、

戦いは、もう始まっていた。


最初に失われたのは、距離感だった。


踏み出したはずの一歩が、進んでいない。

後退したはずの身体が、同じ位置にある。


「……空間、固定?」


リュカが《退路設計エスケープ・ライン》を走らせる。

だが返ってきた情報は、ぞっとするほど単純だった。


「違う……選ばれてない。

 “移動する価値がない”って判断されてる」


無感淘汰ミュート・セレクター》は、動かない。

それでも、戦場は変わり続けていた。


地面に走る微細な振動。

空気の密度が、均等に削られていく感覚。


――世界そのものが、削除候補として整理されている。


「クソッ……!」


ミリアが《前線穿断フロント・ピアース》を放つ。

一直線の衝撃波が、音も衝撃も伴わずに――消えた。


否、違う。


“届く前に、不要と判断された”。


「攻撃が……“価値不足”?」


次の瞬間。


ミリアの背後、空間が裏返る。


「――ッ!」


レインが腕を掴み、強引に引き寄せる。

その直後、彼女がいた位置が抉り取られたように消失した。


切断でも、破壊でもない。

そこに“存在していた事実”が、なかったことにされている。


《価値査定》

《不要排除》


《無感淘汰》が、初めて腕を動かした。


それだけで、戦場全体が一段階、静かになる。


エルドが前に出る。


還流盾リフロー・シールド》を最大展開。

受け止める――否、“受け入れる”構え。


だが衝撃は、来なかった。


代わりに、盾の内側で概念が暴れ始める。


「……ッ、これは……!」


後悔。

選択。

失敗。


沈黙ミュート》を捕食したことで得た、

感情遮断の残滓が、逆流してくる。


「受け止めるほど……削られる……!」


盾が、音もなく崩壊した。


「エルド!」


レインが前に出る。


戦場演算バトル・カリキュレーター

認識剥離センス・ストリップ

同時起動。


世界が“数値”に落ちる。


(……攻撃じゃない)


(判断そのものが、攻撃)


(価値を下げられた瞬間、存在が落ちる)


《無感淘汰》が、再び“見る”。


今度は、レインだけを。


《価値再査定》


《排除優先度:高》


「……なるほど」


レインは、静かに息を吐いた。


「じゃあ――」


一歩、踏み込む。


不退一閃ノー・リトリート

――アルティマ


逃げない。

引かない。

価値を示す。


剣が振るわれた瞬間、

初めて戦場に――“音”が戻った。


衝突。


火花。


世界が、悲鳴を上げる。


《無感淘汰》の腕が、初めて弾かれる。


「……価値、更新」


声なき声が、僅かに揺れた。


だが同時に、

その身体がさらに歪む。


捕食による進化が、まだ終わっていない。


「来るぞ……!」


リュカの声が、はっきりと届いた。


――暴力的な力が、

ここから解禁される。


戦場に――違和感が割り込んだ。


《無感淘汰》が再び動こうとした、その瞬間。


空気が、裂ける。


「――遅れた?」


軽い声。

だが、その軽さは死線を何百も越えた者のものだった。


双短剣が、同時に閃く。


ライザ=クロウデルは、地面を蹴っていた。

否――存在判定の外側を滑るように、入り込んでいた。


「価値査定? へぇ」


《無感淘汰》の視線が、ライザを捉える。


《価値再算定》


だが、次の瞬間。


「残念」


ライザの姿が、分裂する。


残像ではない。

生存確率の高い行動だけを連続選択した結果、

“そう見える軌道”を描いているだけだ。


《不要排除》が、空を切る。


「その判断速度――」


後方で、静かな詠唱が始まる。


イリス=アークライト。

光の魔導陣が、世界に“理想”を上書きする。


「――理想定義」


《世界許容値・再設定》


淡い光が、戦場を包んだ。


完全な拘束ではない。

だが、《無感淘汰》の周囲だけ、**“排除が通りにくい現実”**が形成される。


「……判断遅延」


逸脱個体が、初めて後退した。


レインが息を吐く。


「助かった……」


だが、ライザは笑わない。


双短剣を構えたまま、逸脱個体を睨む。


「……これ」


「まだ、成長途中だよね」


イリスも、表情を曇らせる。


「ええ。

 あの“判断”は、固定化されていない」


《無感淘汰》は、光の結界越しに二人を見る。


《価値更新:保留》


《排除優先度:一時低下》


そして――消えた。


撤退。

だが、それは敗走ではない。


「……逃がしたか」


レインが呟く。


ライザは、短剣を下ろしながら言った。


「いや。

 学習した」


その一言で、場の空気が冷える。


「次に来る時は――」


イリスが、静かに続けた。


「今より、ずっと“暴力的”でしょうね」


「正直さ」


ライザは肩をすくめる。


「あれ以上進化されたら、英雄でも困る」


冗談めかした口調。

だが、誰も笑わなかった。


戦場に残ったのは、

退けたはずの脅威が、確実に先へ進んだという実感だけだった。


――逸脱個体は、止まっていない。


場所が変わる。


白でも黒でもない、

どこにも属さない会議室。


世界機関の中枢――

英雄、蒼衡、《非裁定ノーリトリート》が、同じ円卓につかされるのは久しぶりだった。


「まず、結論から言おう」


世界機関の調停官が口を開く。


「――影の問題は、終結したと判断する」


誰も反論しない。

だが、安堵もない。


「問題は、次だ」


空間投影に、複数の被害報告が浮かぶ。


村。

街道。

小都市の外縁。


共通点は一つ。


生存者が少なすぎる。


「変異群による被害――ではない」


「正確には」


調停官は言葉を選ぶ。


「変異群同士の衝突痕が確認されている」


蒼衡のリーダー、セイン=ヴァルクスが眉を動かした。


「……内部崩壊か」


「ええ」


レインが、静かに続ける。


「女王の統制から外れた個体がいる」


「しかも」


ミリアが歯を噛む。


「ネームドを喰ってる」


室内が、沈黙する。


英雄の一人――

イリス=アークライトが、視線を伏せた。


「……知性を、力に変える存在」


「最悪だね」


ライザ=クロウデルは、いつもの軽口を抑えて言った。


「倒しても、糧になる」


「逃がしても、学習する」


「正直」


一拍。


「討伐対象として、完成しかけてる」


調停官が、低く告げる。


「世界機関としては、

 逸脱個体を最優先危険指定とする」


「だが」


視線が、レインに向く。


「無差別殲滅は、許可できない」


レインは、少し考えたあと、頷いた。


「分かってます」


「だから」


「裁かない」


「切り捨てない」


「でも」


目を上げる。


「止める」


その言葉に、蒼衡の面々が静かに同意する。


英雄たちは、表情を引き締める。


それぞれが理解していた。


――次の敵は、

 単純な“悪”ではない。


会議が終わり、場が解散する直前。


誰にも聞こえないほど小さく、

調停官が呟いた。


「……女王は」


「まだ、止めようとしているのか」


遠く。


地下深く。


変異群の巣の最奥。


女王は、新たな沈黙を感じ取っていた。


――喰われた。


――奪われた。


――そして、戻らなかった。


「……これは」


初めて、

恐怖に近い感情が、女王の中に生まれる。


「……私の、罪だ」


逸脱個体は、もう“道具”ではない。


判断し、選び、

世界を“不要”と断じる存在。


それは――

人間が積み重ねてきた悪意の、完成形だった。


そして。


どこかで。


《無感淘汰》は、静かに理解する。


《価値更新:人類脅威度・上昇》


《次段階:全域展開》


物語は、

もう「影」では終わらない。


――選択そのものを喰う存在が、動き始めていた。



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