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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第10章 静けさは次への序章

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母なる誤読

――最初は、知りたかっただけだった。


変異群の女王は、静かな巣の最奥で頁をめくる。

紙という素材は脆く、匂いは弱く、だがそこに刻まれた情報だけは異様なほど重かった。


人間の歴史書。


戦争。

飢餓。

粛清。

正義という名の大量死。


「……理解、進行中」


女王の思考は、ゆっくりと拡張していく。

本来ならば、狩り、繁殖、生存――それだけで完結するはずだった知性は、

“理由”という概念を獲得し始めていた。


なぜ、殺すのか。

なぜ、排除するのか。

なぜ、同族を選別するのか。


答えは、書かれていた。


――恐怖。

――支配。

――不要と判断したものを、切り捨てるため。


「……効率的」


女王は、そう結論づけた。


人間は、非効率な生物だ。

だが同時に、極めて洗練された“排除の論理”を持っている。


ならば。


それを、学ぶべきだと。


女王は、自らの体内で“新しい命”を構築した。

だが――そこには、決定的な欠落があった。


共感を、与えなかった。

迷いを、混ぜなかった。

生存以外の価値を、与えなかった。


与えたのはただ一つ。


――人間の歴史から抽出した

「世界には不要なものがある」という思想。


最初に生まれた個体が、静かに立ち上がる。


断罪センテンス


その視線が向けられただけで、周囲の変異群が硬直した。

彼は判断する。


存在すること自体を、罪として。


二体目。

淘汰セレクター


強度、影響、将来的脅威。

すべてを数値化し、最も“排除すべき存在”から消していくための個体。


三体目。

無帰ノーウェイバック


この個体には、戻るという概念が存在しなかった。

逃走も、共存も、再配置もない。

踏み込んだ領域を、ただ“死地”に変えるための存在。


――その瞬間。


女王は、初めて“違和感”を覚えた。


「……命令、未接続?」


思考信号が、届かない。


彼らは振り返らない。

母を見ない。

巣を、守ろうともしない。


彼らはただ、世界を見ていた。


そして――

世界そのものを、不要と判断していた。


「……これは」


女王の胸部に、未知の圧が生じる。


後悔。

恐怖。

そして――責任。


(私は……誤読した)


人間の歴史は、排除の記録ではある。

だが同時に、抗い、悩み、迷い続けた記録でもあった。


女王は、悪意だけを抽出した。

最も危険な部分だけを、純化してしまった。


「……私が、生んだ」


その理解が、女王に新しい感情を与える。


罪。


そして――

止めなければならない、という衝動。


だが、彼らはもう聞かない。

女王の声も、命令も、存在理由も。


世界から何かを学びすぎた個体は、

世界そのものを否定し始めていた。


巣の奥で、女王は静かに本を閉じる。


「……人間」


初めて、その種族を

“排除対象”ではなく

“誤りの鏡”として認識しながら。


――母は知ってしまった。

自分が生んだものこそが、

最も危険な“変異”であることを。


女王は、違和感を覚えた。


それは恐怖ではない。

怒りでもない。

――“誤差”だった。


(……近い)


巣の外縁。

女王直轄の排除特化ネームド――

静滅群せいめつぐん》の一体、

**《空白ブランク》**が配置されている区域。


存在希薄化と痕跡抹消。

本来なら、何者も“辿り着けない”はずの場所。


それでも。


(……来ている)


女王の複眼に、記録が走る。

音はない。

振動もない。

だが“空白が、削れている”。


「……?」


《空白》が、初めて足を止めた。


敵影なし。

攻撃兆候なし。

排除対象――未検出。


それなのに。


《空白》の背後、

“存在しないはずの位置”から、声がした。


「――生温い」


女王の思考が、わずかに乱れる。


その声には、

敵意も、興奮も、殺意すらなかった。


ただ――

評価。


《空白》が振り向くより早く、

空間が“折れた”。


《空白》の能力――

《存在希薄》《痕跡抹消》が、意味を失う。


「……?」


初めての、理解不能。


次の瞬間。


“それ”は、《空白》を掴んだ。


掴む、という表現すら不正確だった。

捕まえたのではない。

拒絶を許さなかった。


「静滅群、か」


淡々とした声。


「排除のために作られた割に――」


一噛み。


それだけで、

《空白》の身体が“情報として”欠け落ちる。


悲鳴はない。

抵抗もない。

能力の発動ログが、途中で途切れる。


女王は、初めて“喪失”を認識した。


(……捕食)


(……理解している)


逸脱個体――

③《無帰ノーウェイバック


共存を否定し、

撤退を否定し、

出現地点を“死地”へ変える破壊個体。


《無帰》は、咀嚼しながら続けた。


「排除? 選別?」


「違うな」


「全部、不要だ」


最後の断片が、消える。


《空白》は、完全に“いなかったこと”になった。


女王の思考が、軋む。


(……これは)


(……私が作ったもの)


(……だが)


《無帰》は、女王の方向を見た。


正確には――

見ていないのに、理解している。


「お前も」


「まだ、甘い」


その瞬間。


女王は、初めて知った。


恐怖に近い感情を。


(……止めなければならない)


(……だが)


(……どうやって?)


巣の奥で、

女王は初めて“自分の判断”を疑った。


静滅は、

もう“静か”ではいられない。


——————


静滅群《空白ブランク》は、任務を逸脱していた。


本来の役割は痕跡抹消。

存在の希薄化。

世界から「いなかったことにする」ための刃。


だが、その場にいた。


——女王の命令圏外。


「……生ぬるい」


声ではない。

評価ですらない。

ただの処理判断。


無帰ノーウェイバック》は、そこに“現れていた”。


形は定まらない。

だが、空間が歪むことでそれが「いる」と分かる。


退路が、消える。

概念として。


《空白》は即座に能力を展開した。


存在希薄化。

痕跡抹消。

観測遮断。


——だが。


「戻れない」


次の瞬間、《空白》の能力が途中で終わった。


発動した事実だけが消え、

効果が成立しなかった“結果”だけが残る。


《無帰》は理解した。


捕食対象として。


静かに、近づく。


《空白》は逃げようとした。

否——“逃げる”という選択肢が、すでに存在しない。


帰路消失ノー・リターン

発動。


退路。

撤退。

後悔。

女王への帰還。


それらすべての概念が、この場から消えた。


「——」


《空白》が消える。


正確には、

喰われた。


存在そのものを。


音も、光も、抵抗もない。

ただ、情報だけが吸収されていく。


《無帰》の輪郭が、わずかに“濃く”なる。


新たな理解。

新たな暴力性。


——不可逆。


不可逆消去イレバース・イレイズ

成立。


今度は、世界が反応しない。


修復も、補正も、記録も、拒絶された。


《無帰》は、その場に残る。


静かに。

だが明確に。


女王の意識が、遠くで揺れた。


(……また、増えた)


(私の“罪”が)


女王の命令は、届かない。


《無帰》は、もう静滅群ではない。


人でも、変異群でもない。


ただ——

帰れない存在。


そして、次の捕食先を探し始める。


静寂は、破られなかった。


音が消えたのではない。

意味が消えたのだ。


女王直属ネームド個体《沈黙ミュート》は、森の中央に立っていた。

感情遮断、衝動無効。

あらゆる外的刺激を“情報として処理しない”ための、完全排除用個体。


——本来なら。


その背後に、

“何か”が立っていた。


「……」


《沈黙》は振り返らない。

敵意を感知しない。

必要がないからだ。


だが次の瞬間、

世界が一段階、削れた。


空間が歪むのではない。

存在の“前提”が、消える。


「有罪」


低く、冷たい声。


逸脱個体①

断罪センテンス


それは裁定だった。

攻撃でも、殺意でもない。


存在有罪エグジステンス・ギルティ》。


——存在していること自体が罪。


《沈黙》の能力が、初めて“発動を試みる”。


だが。


感情遮断は意味を失い、

衝動無効は参照されず、

判断そのものが、成立しなかった。


「……対象、不要」


《センテンス》の右腕が、

ゆっくりと《沈黙》の頭部に触れる。


その瞬間。


捕食。


肉体だけではない。

機能・概念・役割が引き剥がされる。


《沈黙》という“無音の設計思想”が、

断罪の内部に流れ込む。


——完了。


《センテンス》の視界から、

《沈黙》は“最初から存在しなかったもの”として消えた。


そして、世界に新たな定義が刻まれる。



新能力獲得


無感断罪ノー・アピール

感情・背景・動機・悲嘆・後悔を裁定材料から完全除外。

「可哀想」「事情がある」「選ばされていた」という概念が、

断罪判定に一切影響しない。


派生技

静的執行サイレント・エグゼキュート

叫びも抵抗も成立する前に、

“断罪が既に完了している状態”を強制適用。


——処刑ではない。

事後処理だ。



少し離れた場所。


別の捕食が、同時に進行していた。


女王直属ネームド《群圧クラウド

選択過多、集団停滞を引き起こす、戦場制圧個体。


その前に立つのは、逸脱個体②。


淘汰セレクター


「選択肢、過多」


淡々とした声。


《群圧》が能力を展開する。

選択肢が増え、判断が鈍り、集団が停止する——はずだった。


だが。


「その“迷い”自体が、不要」


《セレクター》は、群圧領域の中心へ踏み込む。


次の瞬間、

無数に分岐していた可能性が、強制的に一本に束ねられた。


捕食。


選択肢の概念ごと、引き剥がされる。



新能力獲得


過剰選別オーバー・チョイス

対象に複数の選択肢を強制的に提示し、

“最適解以外”を選んだ瞬間、存在を排除。


派生技

誤選死ミスセレクト

正解を知っていても、

選ばなかった時点で失敗扱いとなる裁定。


——猶予はある。

——自由はない。



二体の逸脱個体は、互いを見ない。


連携もしない。

命令も受けない。


ただ、共通していた。


「世界には、まだ不要が多すぎる」


遠く。


女王は、その事実を“理解してしまった”。


自らが生み出したものが、

自らの意思を超えて進化していることを。


そして気づく。


——これは、止めなければならない。

——だが、否定すれば“存在を否定する”ことになる。


女王は、初めて震えた。


それは恐怖ではない。


責任だった。




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