二人で立つ前線
依頼書は、派手さのない内容だった。
――郊外街道付近での魔物出没。
――数は少数。
――だが、挙動に違和感あり。
「……単独推奨、ではないですね」
ミリアが、小さく呟く。
「ええ。
だから、ちょうどいい」
レインは、そう答えた。
二人で受ける、初めての依頼。
高難度ではない。
だが、油断すれば怪我をする。
「……緊張しますね」
歩きながら、ミリアが正直に言う。
「初任務で、しかも……」
ちらりと、後ろを見る。
レインは、一定の距離を保って歩いている。
前に出ない。
でも、離れすぎない。
「……前に立つの」
その言葉に、レインは頷いた。
「前に立つのは、あなたです」
迷いはない。
「俺は、後ろで
“成立しない状況”を作ります」
ミリアは、深く息を吸った。
(……大丈夫)
剣を握る手が、少し汗ばむ。
だが、以前のような震えはない。
理解していい。
考えていい。
後ろには、任せられる人がいる。
街道に入った瞬間、空気が変わった。
風が、少しだけ重い。
地面の砂が、妙に均されている。
「……来ます」
ミリアが、足を止める。
「足音が……不自然です」
「ええ」
レインの声は、落ち着いている。
「数は、二。
前提は……甘い」
ミリアは、レイピアを構えた。
腰を落とし、
切っ先を僅かに下げる。
「……合図、ください」
「合図は出しません」
レインは、静かに言う。
「感じたら、踏み込んでください」
一瞬の間。
そして――
地面が、跳ねた。
魔物が、姿を現す。
獣型。素早い。だが、動きが雑だ。
(……行ける)
ミリアは、前に出た。
怖さは、ある。
だが、それ以上に――
確信があった。
後ろで、世界が整えられている。
彼女は、迷わず踏み込んだ。
魔物は、二体。
灰色の毛並みを持つ獣型。
速度はあるが、連携はない。
(……紅鷹なら、力押ししてた)
ミリアは一瞬だけ、過去を思い出す。
だが――
今は違う。
「……一体、引きます」
小さく言葉に出す。
返事はない。
でも、不安はなかった。
レインは、聞いている。
ミリアは、わずかに左へ動いた。
足音を、わざと大きくする。
一体が、反応した。
「――っ!」
跳ぶ。
直線的。
読みやすい。
(……今)
踏み込み。
《零距離踏み(ゼロ・ステップ)》。
その瞬間、世界が“噛み合う”。
――距離が、近い。
――踏み込みが、深い。
――逃げ場が、ない。
これは自分の判断じゃない。
共有された感覚。
レイピアが、閃く。
《直線穿ち(リネア・スラスト)》。
突きは、魔物の喉元ではなく――
**“踏み込んだ結果、そこに在るはずだった点”**を貫いた。
魔物の身体が、崩れる。
悲鳴はない。
ただ、力が抜けて倒れ伏す。
「……っ」
呼吸が、少しだけ乱れる。
だが、立てている。
もう一体が、背後から回り込もうとした。
(……来る)
ミリアは振り向かない。
必要ない。
空気が、わずかに張り付いた。
――線が、固定される。
逃げ道が、一瞬だけ消える。
ミリアは、半歩だけ踏み込んだ。
《弧返し(アーク・リバース)》。
相手の突進軌道を“なぞり”、
ほんのわずかにずらす。
次の瞬間。
体勢を崩した魔物の前に、
切っ先が、正確に届く。
二体目も、地に伏した。
沈黙。
風が、草を揺らす。
ミリアは、剣を下ろし、息を整えた。
(……できた)
怖さは、あった。
でも――
逃げなかった。
前に立った。
「お見事です」
背後から、レインの声。
振り向くと、彼はいつも通り静かに立っている。
「前提操作、感じました?」
ミリアは、少し考えてから頷いた。
「……はい。
でも、不自然じゃなかった」
レインは、小さく微笑む。
「それが、理想です」
剣を収めるミリアの手は、少し震えている。
だが、その震えは――
(……怖さじゃない)
達成感だ。
初めて、
自分が前線に立って、戦い切った。
ミリアは、胸の奥で小さく拳を握った。
(……もっと、できる)
そう思えた自分に、
少しだけ驚きながら。
討伐後の街道は、静かだった。
魔物の気配は消え、
風が、いつもの速さで流れている。
ミリアは、歩きながら何度も自分の手を見ていた。
レイピアを握っていた右手。
今は、軽く開いている。
(……私、前に立ってた)
当然のことのようで、
でも――これまで一度もなかった感覚。
「……疲れましたか?」
レインが、少し後ろから声をかける。
「いえ」
即答だった。
「……不思議なくらい、平気です」
嘘ではない。
息は上がっていないし、足も重くない。
それ以上に、胸の奥が軽かった。
「それは、無理をしていないからです」
レインは言う。
「力で押していない。
前提を崩して、最短で終わらせた」
ミリアは、歩きながら頷いた。
「……考えながら、戦えました」
一瞬、言葉を探して続ける。
「怖かったですけど……
逃げたいって思う前に、
何をすればいいかが分かってました」
レインは、それを否定しない。
「それが、前衛です」
その言葉に、ミリアの足が止まる。
「……前衛」
小さく、繰り返す。
今まで、
後ろで指示を待つ役割。
雑用。
補助。
そんな言葉しか、与えられてこなかった。
「前に立つ人は、
強い人じゃありません」
レインは、淡々と続ける。
「前に立つ“理由”を、
理解している人です」
ミリアは、ゆっくりと息を吸った。
(……私)
前に立つ理由が、あった。
理解することを、諦めない。
仲間のために、危険を引き受ける。
それは――
自分が、ずっとやりたかったことだ。
•
ギルドに戻ると、報告はすぐに受理された。
「……二人で?」
受付の女性が、少し驚いた様子で顔を上げる。
「はい」
ミリアが、はっきりと答える。
「前衛を、務めました」
その言葉に、
受付の手が一瞬だけ止まった。
「……お疲れさまでした」
依頼完了の印が、押される。
報酬を受け取り、
ギルドを出たところで、ミリアは立ち止まった。
夕方の空。
柔らかい光。
「……私」
意を決して、言う。
「前に立つの、
怖くなくはありません」
レインは、黙って聞いている。
「でも……
今日、初めて……」
少しだけ、笑った。
「自分が、
ここにいていいって思えました」
レインは、静かに頷く。
「それで、十分です」
それ以上の言葉は、いらなかった。
二人は、並んで街を歩き出す。
距離は、近すぎず、遠すぎず。
でも――
戦場では、確かに繋がっている。
ミリアは、剣の柄に手を添えながら、心の中で思った。
(……次も、前に立とう)
もう、逃げない。




