雑魚コピーと呼ばれた理由
死ぬ瞬間の記憶は、やけに静かだった。
痛みも叫びもなく、ただ――息がすうっと薄くなり、世界が遠ざかっていく。
次に目を開けた時、天井が低かった。木目の梁、粗い布の天蓋、鼻を刺す薬草の匂い。体が重い。指が短い。声を出そうとして、喉が鳴っただけで言葉にならない。
「……あ、ああ?」
言えない。脳は言葉を知っているのに、舌と喉がついてこない。
理解だけが先に走る。体が追いつかない。
傍にいた男が泣いて笑って、女が震える手で額を撫でた。
知らない顔なのに、胸の奥に“ここが居場所だ”という熱が、勝手に灯った。
――レイン・アルヴェルト。
それが、この世界での自分の名前だった。
•
六歳。村の魔法教室で、子供たちが順番に火球を出していた。
教師の指先から飛ぶ火は丸く、明るく、綺麗だった。才能のある子の火は、風に揺れず、芯がある。
レインの番が来る。手のひらを前に、教えられた詠唱をなぞる。
周囲の視線が刺さる。息が浅くなる。
――焦るな。順番通りに。
詠唱は終わった。魔力を流す。
だが、熱が立ち上がらない。代わりに指先がじわりと痺れ、空気だけが震えて終わった。
「また失敗か」
教師がため息をつく。後ろで誰かが笑う。
レインは歯を食いしばった。悔しい。腹が立つ。言い返したい。だが、言い返しても火は出ない。
レインは地面を見た。
発動に失敗した瞬間、魔力がどこへ逃げたか――“残り方”が、なんとなく分かった気がした。流れが途中で細くなって、詠唱が終わった直後に、ぷつんと切れている。
(詠唱は合ってる。問題は……流し方だ)
教師は「次」と言った。
レインは動かなかった。
「何をしている。さっさと下がれ」
「……もう一回」
自分でも驚くくらい、声が強く出た。
教師の眉が吊り上がる。「身の程を知れ」と言いたげな目。
それでもレインは、もう一度だけ詠唱した。
今度は魔力を“押し込む”んじゃない。逃げた箇所を思い出して、そこだけ、ほんの少しだけ太くする。水路の穴を指で塞ぐみたいに。
熱が、わずかに立つ。
歪んだ小さな火が、ぷす、と生まれた。豆粒程度。揺れて、今にも消えそうで――それでも、確かに火だった。
教室が一瞬、静まった。
「……偶然だ」
教師が吐き捨てる。
「次からは余計なことをするな。基礎もできていないくせに」
レインの胸に、熱いものが溜まる。火球じゃない。怒りと悔しさだ。
でも同時に、別の確信も生まれていた。
(できないんじゃない。わかってないだけだ)
•
その後のレインは、派手に伸びなかった。
魔力量は増えない。詠唱も遅い。強い魔法も撃てない。
ただ、失敗の回数だけが増えた。
失敗するたび、レインは“何が違ったか”を覚えた。成功した子の魔力の癖を盗み見て、動きを真似して、頭の中で分解して、試す。何十回、何百回。
周囲は笑った。「変なやつ」「要領が悪い」「天才気取りの落ちこぼれ」。
レインは言い返した。感情的にもなった。殴り合い寸前になったこともある。だが、結局“結果”が弱い以上、誰も真面目に聞かない。
やがて村を出る年になり、レインは冒険者登録をした。
理由は単純だ。魔法を理解するには、現場が要る。魔物が要る。未知が要る。
最初は下っ端の雑用。荷運び。見張り。罠の確認。
それでもレインは、倒された魔物の死骸の前で立ち止まり、魔力の匂いを嗅ぐように観察した。仲間に嫌がられてもやめなかった。
そんなある日、酒場で声をかけられる。
「――おい。お前、変な目で魔物見てた奴だろ」
振り向くと、赤い羽飾りをつけた男がいた。重い剣を背負い、周りの空気まで自分のものみたいに立っている。
その後ろに、魔導士らしい女、神官服の女、身軽そうな短剣使い。
《紅鷹》――近頃名が売れ始めた四人組。
リーダーのガルド・レオンハルトが、顎で示す。
「解析役が欲しい。……結果を出せるならな」
レインの喉が、きゅっと鳴った。
期待と警戒と、腹の奥の反骨が同時に立ち上がる。
「……やってやるよ」
そう言った瞬間、ガルドが薄く笑った。
その笑いが、なぜか――最初から“切り捨てる顔”に見えた。
《紅鷹》での生活は、最初の一週間だけは順調だった。
レインは解析役として後方につき、戦闘後に魔物の残滓を確認し、魔力の流れを言語化して報告した。
「次はこの個体、初動で魔力が跳ねる。魔法詠唱は一拍遅らせた方がいい」
「今の個体は、攻撃直前に足元の魔力が沈む。そこが隙だ」
ガルドは一度だけ頷いた。
リディアは鼻で笑い、ルークは肩をすくめた。
セシリアは何も言わなかった。
結果は悪くなかった。
小型魔物の群れなら被害ゼロ。中型でも負傷は最小限。
だが、それは“目に見える成果”とは呼ばれなかった。
「雑魚相手にイキっても意味ねぇんだよ」
ルークが笑いながら言った。
「雑魚モンスターの能力くらいなら、誰でも対応できるだろ?」
レインは言い返した。
「対応できてなかったから、被害出てたんだろ」
その瞬間、空気が冷えた。
ガルドが視線だけで制したが、レインの胸には苛立ちが溜まっていく。
(またか)
前世の記憶が、嫌な形で重なる。
“今は結果が出てる”
“そのうち分かる”
そうやって、いつも評価は後回しにされた。
•
ダンジョンの階層が深くなるにつれ、問題が表面化した。
中堅クラス以上の魔物。
複合属性。
未知の挙動。
レインは解析に時間を要した。
一度の戦闘で全ては分からない。観察し、仮説を立て、次で試す必要がある。
だが、紅鷹は待たない。
「考えるのは後だ」
ガルドは即断で前に出る。
リディアは威力重視の魔法を叩き込み、魔力を消耗する。
セシリアは回復に追われ、ルークは舌打ちを繰り返す。
結果、勝つ。
しかし被害は増えた。
「……だから言っただろ」
レインが口を開くと、ガルドが睨んだ。
「結果論だ」
「お前の理屈は遅ぇんだよ」
リディアが続ける。
「コピー能力なんて所詮そんなもんでしょ。
雑魚モンスターの能力しか、まともに扱えない」
その言葉が、決定打になった。
レインの中で何かが切れた。
「“しか”じゃない。理解できる範囲から積み上げて――」
「うるせぇ」
ガルドの声が被さる。
「戦場で講義してんじゃねぇ」
•
決定は、あっさり下された。
野営地。焚き火の前。
ガルドが腕を組み、淡々と告げる。
「レイン。お前は足手まといだ」
一瞬、意味が分からなかった。
言葉が頭に届くまで、間があった。
「……嘘だろ」
声が震えた。
「俺がいなきゃ、次の階層はもっと――」
「結果が出てねぇ」
ガルドは感情を乗せない。
それが一番、残酷だった。
「成長が遅い。即戦力にならない。
パーティの方針と合わない」
リディアが腕を組む。
「正直、邪魔」
ルークは笑った。
「身の程知れよ。コピーしかできない雑魚」
セシリアは、俯いたまま何も言わない。
レインは一歩、前に出た。
「待て……まだ途中なんだ。
理解できれば――」
「しつけぇ!」
ガルドが足を出す。
腹に鈍い衝撃。視界が反転し、地面に叩きつけられた。
「うざいんだよ」
土と血の味がした。
胸が苦しい。息が詰まる。
それでもレインは、地面に手をついて顔を上げた。
「……俺は、間違ってない」
その言葉に、ガルドは鼻で笑った。
「だったら、一人で証明しろ」
焚き火が爆ぜる音だけが、やけに大きく響いていた。
夜明け前、レインは一人だった。
紅鷹の野営地から離れ、最低限の荷だけを背負って森を歩く。
追ってくる気配はない。呼び戻されることもない。
――当たり前だ。
腹部の痛みは引いてきたが、心の奥が重い。
怒りも悔しさも、全部まだ生々しい。
「……くそ」
言葉にすると、少しだけ楽になる。
前世でも、同じだった。理解しても、説明しても、待ってもらえなかった。
(まただな)
そう思った瞬間、足が止まった。
自分で言って、自分で気づく。
(“また”じゃない)
今度は、証明できる。
一人でも、理解して、積み上げて、形にできる。
•
数日後。
レインは小さな遺跡に辿り着いた。
地図にも載らない、崩れかけの石造建築。
魔物の気配は薄いが、魔力の“滞り”がある。古い。だが、整っている。
(……設計が違う)
直感がそう告げていた。
現代魔法とは、根本から構造が異なる。
奥の部屋で、レインはそれを見つけた。
石台の上に置かれた、一冊の古い魔導書。
文字は読めない。古代語だ。
だが、ページを開いた瞬間、頭の奥が熱を持った。
詠唱じゃない。
命令文でもない。
(……処理手順だ)
魔力の流れ、分岐、収束。
図形のように、回路のように、意味が“形”で入ってくる。
《模写理解》が、静かに起動した。
理解は一瞬じゃない。
一行ずつ、構造を噛み砕く。前提を確認し、矛盾を潰し、今の魔法理論に当てはめる。
「……なるほど」
声が漏れた。
これならいける。原典のままじゃない。再構築すればいい。
レインはページを閉じ、深呼吸した。
•
遺跡の外。
小型の魔物が近づいてくる。
以前なら、雑魚だ。
だが今日は違う。
レインは詠唱を最小限にし、魔力の流れを組み替える。
古代魔法の構造を、現代仕様に落とし込む。
熱が集まる。
だが、暴れない。無駄がない。
放たれた一撃は、静かだった。
音もなく、魔物が崩れ落ちる。
レインは自分の手を見る。
震えてはいない。
「……ああ」
思わず、笑った。
紅鷹が欲しがったのは、即効性だった。
だが、これは違う。時間をかけて、理解して、積み上げた結果だ。
(世界が……変わったな)
レインは魔導書を抱え直し、歩き出す。
もう振り返らない。
追放されたのは、終わりじゃない。
ただ――理解する時間が、ようやく手に入っただけだ。
続きが気になったらブクマだけでも…!




