古典的な呪い
屋敷に入ったときに、ガラス越しに奥に見えた庭へと案内された。美しく刈り込まれた生垣やバラで彩られた道を進んでいくと、その先に噴水が現れた。
「どうして金持ちってのは噴水とか動物の生首とか、お決まりのもんを置きたがる
んでしょうなあ」
「生首って言い方やめてください。さっきあんな話聞いたばっかりなのに。岩井さんが言ってるのってあれでしょ、鹿の顔の剥製とかが壁から突き出てるやつ」
「そうそう、それそれ!薄気味が悪くてしょうがないんだから」
岩井は噴水の造形を観察するように、腕を後ろに組んで歩き回っている。
松本の目的は噴水ではなく、その奥にある一本の木だった。
「では松本さん、お願いいたします。言われた材料はこちらに用意してありますので」
木の下まで行くと、久世がボストンバッグを差し出してきた。
バッグを開くと、中から出てきたのは藁人形。五寸釘。そして森山の写真だった。
いきなり悪魔に憑りつかれた森山を倒せと言われた松本は、自分に出来るわけがないと断固拒否したのだが、黒魔術を扱う松本が悪魔と戦うなら適任だと岩井に推されてしまい、今に至る。
久世もそれに「いいですね、そうしましょう!」と賛同するものだから困る。
北村は賛成こそしていないが、特に反対もしていない。沈黙は肯定と捉えられるのだと、声を大にして言ってやりたい。
話の流れで決まってしまったものはしょうがないので、久世に道具を用意するように伝えた。ひとまず簡易的なもので試してみるとしよう。
「僕、藁人形って初めて見ますよ。なかなか生で見ると気持ち悪いですなあ。人型をしてるってだけで、なんかこう生々しく見えてくるというか」
「お人形さんには魂が宿ると言いますからね。せめてこうやって顔を描いてあげれば、可愛くなるんじゃないですか?」
久世がマジックペンで藁人形に目と口をつけた。やりづらくなるのでやめていただきたい。
「じゃあ始めますよ。けど期待しないでくださいね。こんな古典的で、しかも出来合いの材料で作った藁人形なんて、悪魔に効くか分からないんですから」
効果が無かった時のために予防線を張っておく。入念に準備をする時間があれば、松本だってもっと凝った黒魔術を用意できる。それこそ犬神の呪いだったり、さらに強烈でグロテスクな呪術だって使えるのだが。
「藁人形って丑の刻に打ち付けるものだと記憶してるんですが、こんな真っ昼間でも効果があるんしょうか」
藁人形を木に磔にして、森山の写真を頭部に貼っていたところで、北村が尋ねてきた。
「それも不安なんですよね。私も太陽の出てる時間帯に藁人形を使ったことなんてありませんから。まあ、出来るだけやってみますよ」
久世がペンで顔を付けた部分に上から写真を貼り、準備は完了だ。
五寸釘を心臓の部分に突き立て、金槌を振るう。
カツーン、という金属音が響いた。噴水の近くの木を選んだのは、水の音がいくらか金属音をかき消してくれると期待したからだ。森山に感づかれる可能性を、少しでも減らしておきたかった。悪魔は地獄耳を持っているかもしれないが。
二度、三度と釘を打つ。もし効果が現れているなら、今頃森山は心臓に強烈な痛みを感じているはずだ。普通の人間なら、耐えられてあと数発。妙にバランスの悪い状態で五寸釘を打つという行為は、結構体に来る。松本の額に汗が浮き出始めた。
「もういいですかね。疲れたんですけど」
「ダメです!」
また出た。久世の妙に子供っぽい頑固な態度だ。
「もっと打ってください。相手は悪魔ですよ」
まだ悪魔と決まったわけではないし、断じるには証拠不十分だ。頭部を片手で粉砕することだって、フィジカルを極限まで鍛えれば可能かもしれないではないか。
久世が止めさせてくれないので、言われるがままに五発、六発と打ち続けた。
「もう満足ですか?」
「もう一声!」
結局念には念を入れてという久世の要望により、実に一五回も釘を打つことになった。終わった頃には、松本の体がすっかり疲弊していた。黒魔術というものは、見た目よりも体力を使う行為なのだ。
「お疲れ様でした。これで森山が死んでるといいんですけど」
屋敷の内部に戻り、談話室へと四人は移動した。いかにも高級そうなソファに腰を下ろすと、まるで風呂に浸かっているかのように体がずぶずぶと沈んでいく。柔らかすぎるのも、かえって座り心地が悪いかもしれない。
「お茶を用意させましょう。ベルを鳴らすと森山が来てくれるんです。いつもならね」
久世が卓上に置かれたベルを、ちりんと一度だけ鳴らした。松本がもしベルを渡されたら、福引で一等賞が出たときのようにガラガラと鳴らしていただろう。
たった一回のベルの音を聞きつけて、森山はやってきた。まだ久世は何も指示をしていないのに、森山が押しているカートには、ティーセットとクッキーが乗せられている。
全員で紅茶をすすりながら、一礼して去っていく森山の後ろ姿を横目で見た。
「死んでないじゃないですか!」
久世が顔を手で覆いながら絶叫した。




