突然のご指名
塀の上に並べられた教師の生首の数は、全部で九つ。夕暮れ時の学校というシチュエーションも相まって、子供の頃に読んだホラー漫画のワンシーンを思い出した。久世の口から語られただけなので実物は見ていないが、さぞかしグロテスクな光景だろう。
「私を標的にしていた男性教師だけがピンポイントで、斬首されていたんです。とにかく走りました。その場から逃げ出したくて、どこに向かうでもなく必死に走りましたよ。そしたらちょうど、いつもの時間より珍しく遅れてきた森山が、車で私の前に現れたんです」
久世は固唾をのんだ。当時のことを思い返しながら話しているが、次に口にするシーンが久世にとってショッキングだったことが既に分かる。
「いつもは後部座席で家に着くまで寝ているので、その日も後ろのドアを開けようとしたんです。けど森山に止められました。今日は助手席に乗るようにと言われたんです。助手席は寝心地が悪いので嫌だったのですが、後部座席には荷物があるからと。仕方なく助手席に乗り込んで、せめてリクライニングしようとシートを倒したんですが、なにかに引っかかって倒れませんでした」
「大きな荷物でも乗せてたんですか?」
松本もホームセンターで大きな買い物をした時は、後部座席いっぱいを使って荷物を置くようにしている。そうした時は座席を倒そうにも倒れない。
「そこにあったのは、麻袋でした。中はパンパンです。何が入っているかは見当がつきましたよ。だって、白いはずの麻袋の生地が真っ赤になってるんですから」
「ちょいと待ってくださいよ。僕の予想が間違っていなければ、麻袋の中身ってのは先生方の余りじゃあないですか?」
余り。つまりは首から下の胴体のことか。
「お察しの通りです。斬首された九人の教師の首無し死体が、麻袋にぎゅうぎゅうに詰め込まれていたんですよ」
「九人分もよく乗りましたね。さすが久世家。よほど大きい車なんでしょうな」
「いやそこじゃくて。森山さんがやったってことですよね。その、先生の殺害を」
あまりに状況証拠が揃いすぎていて逆に犯人じゃないのではないかと疑いたくなるほどだが、久世は森山が犯人だと認めた。
「森山は私を迎えに来た時、顔色一つ変えていませんでした。父を刺した時はあんなにも震えていた彼がですよ?七〇年代のアメリカンホラーもびっくりの殺戮ショーを遂行しておいて、何のリアクションもないなんて、狂ってるとか思えません」
確かにその異様な光景は、低予算の昔のホラー映画みたいだ。ハリウッドの特殊メイクもまだ発展途上だった頃なので、今見るとかなりチープではあるのだが、生首などの手作り感が、逆にある種の不気味さを醸し出している。
「その遺体たちをどうしたんですか。まさかどこかへ遺棄したとか?」
北村に死体の行方を尋ねられた久世は、人差し指でテーブルをコンコンと叩いた。
「ここです。この屋敷に持ち帰ってきました」
「そのあとは?」
「詳しくは知りませんが、おそらく森山が焼却するなりして処分したのでしょう。この家には大きな窯もあります。まあ料理用に使うものなんですが」
「まさか今日頂いた料理も…」
久世が中学生の時の出来事だとはいえ、もしそうなら気分が悪いなんてものじゃない。松本がその先を言い淀むと、久世があとを引き継いだ。
「一部のメニューの調理には窯を使用しています」
死体を焼いたのと同じ窯で作られた料理を客に食べさせるとは、なんて食事会だ。口直しに、回収されずに残っていたワインを一口飲む。もはやこれも血液に見えてきた。
「それから森山はエスカレートしていきました。私が父に襲われたのが、よほど精神的にショックだったんでしょうね。私に害をなす存在を片っ端から消していくようになったんです。相手に危害を加える意思がなくて、不慮の事故でもお構いなし」
久世によると、道端で久世に吠えてきた犬さえも森山は一瞬で絞め殺したという。その犬は飼い犬で、飼い主とトラブルになったので、飼い主も殺したらしい。まったく見境のない殺人鬼である。
「そんなの警察に突き出したらいいでしょう!本来なら父親殺しの時点で文句なしの有罪ですが、まあ情所酌量の余地はありましたよ。あくまで主人である久世さんを守るためなんですから。けどそれ以降のは完全にただの人殺しですよ」
殺し屋が何を言っているのかとも思ったが、松本たち殺し屋はあくまでビジネスとしてやっている。先日の東大阪の社長はどうだか知らないが、依頼主の多くは警察とも癒着しており、松本が殺した相手のことは闇に葬り去られるように取計ってくれている。
だが森山の行いは無差別に近い殺人だ。依頼人もいないので、それによって警察が利益を得ることもない。露見すればまず刑務所行きは免れないし、死刑の求刑もあり得るだろう。
「バレてませんよ。うーん、ちょっと違いますね。正確には何度か警察や通行人に目撃されたことはあります。けど、その場で消してしまうので。ちょうどこんなふうに
久世がスマホを取り出し、画面を三人へ向けた。
松本にとって消すという言葉は、依頼人から頼まれた相手を殺害し、後処理まで完遂することを指す。だから消すと聞いたときは、同じようなことを想像していた。
画面に映った映像では、警察が森山に何かを尋ねている。任意の職質というわけではないことが、警察官の態度から伺える。最初からかなり高圧的で、森山が殺人事件に関わっていることを既にかぎつけているようだ。
森山ははじめのうちは大人しく警察の言うことに耳を傾けていたが、唐突に相手の頭を掴みあげると、アルミ缶でも潰すかのようにメキメキと音をさせて警察の頭部を粉砕した。脳みそや眼球が辺りに飛び散り、そして体は動かなくなった。
「え…、なんですかこれ。僕が見てるの、これAIの映像ですよね」
「残念ですが本物です」
「いやこんなのおかしいじゃないですか!どこの世界に、片手で人間の頭を粉砕できる人がいるんです?」
「森山は、もう人間じゃないんですよ。きっと」
「人間じゃない?」
北村がオウム返しをすると、久世が頷いた。
「昔に本で読んだことがあるんです。インドネシアに伝わる悪魔召喚の儀式というものがありまして、悪魔に魂を売り渡すことで暴力的で、絶対的な力が手に入ると」
なんだそのファンタジーじみた話は、と普通の人間なら一笑に付すところだろう。
だが松本は黒魔術の専門家であり、科学では説明のつかない現象を起こしてきた側の人間だ。インドネシアの悪魔召喚がどんなものかは知らないが、存在を否定できるだけの根拠がない。
「偶然にも森山の部屋で、それに関する書物を見つけてしまったのです。森山の元来真面目な性格らしく、必要な素材や召喚条件など、丁寧に赤線を引いて学習していましたよ」
まるでテスト前の学生だ。悪魔召喚という響きと、赤ペンでマークしているという森山の行動が妙にミスマッチで笑える。
「しかしその話が本当なら、我々で対処できる問題でしょうか。いくら私がSPとして鍛錬を積んでいるといえど、片手で頭部を握りつぶす化け物相手では分が悪いかと」
「僕もしがない教師ですしねえ。あっ、いや待てよ?」
岩井がいたずらっぽい笑みを浮かべて、松本を見た。
「ここにいるじゃあないですか!その道の専門家が!」
「えっ、待って私?悪魔と戦えって?無理無理無理!」




