表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/20

ネコちゃんの呪い

 

 深夜のコンビニは好きだ。 

 

 賞味期限の近い商品が値引きされるし、不景気な世の中に生きる松本沙良にとって強い味方である。

 この時間帯の店員はとにかくやる気がない。隙を見てすぐにバックヤードに引っ込もうとするので、会計のために呼び止めるのが少し心苦しい。

 

 「すいまーん、お会計お願いします」

 

 30%引きとなった大盛のペペロンチーノをレジに置くと、まさに裏に下がろうとしていた男性店員が、舌打ちをする。わざと松本に聞こえるようにだ。

 

 「温め、どうします?」 

 

 面倒なので断れと目線で訴えてくる。なので松本は言った。

 

 「お願いします。普通よりちょっと長めに」

 

 2度目の舌打ち。接客業に従事していい人間ではないが、いちいち腹を立てていてはキリがない。

 

 それにこの男の接客態度がどれだけ悪かろうが、どうでもいい。

 

 どうせ殺すのだから。

 

 

 業務用の電子レンジが、チンという音を立てて温めの終了を告げた。

 

 熱いのでお気を付けください、の一言ももちろんない。むしろ松本が火傷すればいいとでも思っていそうだ。乱暴にレジに置かれたペペロンチーノを受け取り、袋の中を見るとフォークがないことに気付いた。

 

 「あの、フォーク…」

 

 袋から顔を上げると、もうそこに男の姿は無かった。

 

 「まったく、せっかちだなあ」

 

 松本は誰もいなくなった店内でひとりごちた。

 

 十分に熱されたペペロンチーノの入った袋を持ち、コンビニを出る。イートインスペースは2年前に撤去されて生活雑貨のコーナーになったので、コンビニ前の駐車場に腰を下ろした。

 

 季節は11月。先月の下旬までクーラーを入れるほど暑かったのに、あっという間に冬のような気温だ。日本に四季があるというのは、もはや過去の話なのかもしれない。

 

 プラスチックのふたを開けると、湯気と香ばしいにんにくの香りが立ち昇ってきた。フォークをつけてもらえなかったので、昼休みに食べた弁当の箱から、汚れた箸を取り出して、麺をすする。

 

 コンビニのペペロンチーノはどうしてこうも脂っこいのだろう。容器を傾けると、底にたまった油がちゃぷちゃぷと揺れた。

 

 3分の一ほど食べたところで、松本は容器を逆さにした。麺が駐車場のアスファルトにぶちまけられ、油も一緒に流れていった。

 

 これはエサである。殺しの道具をおびき寄せるための、エサだ。

 

 数十秒すると、にゃあにゃあという野良猫の声が聞こえてきた。毛並みはぼさぼさで、鋭い眼光。先日行った猫カフェにいた看板猫とは大違いだ。顔面偏差値40の素人女性のすっぴんと、人気女優のメイク顔くらいの差がある。

 

 「ほーら、食べな。ジャンキーな食べ物、好きでしょう?」

 

 深夜のコンビニの光りは、虫と貧乏社会人の他に、ノラ猫も引き寄せる力がある。地面に放り出されたペペロンチーノに、数匹のノラ猫が卑しくかぶりついている。

 

 松本はそのうちの一匹で、最も体格のしっかりした猫を頭を掴んだ。猫は本来警戒心が強く、俊敏な生き物だが、空腹を満たしている最中は隙だらけだ。

 

 ふにゃっ、という情けない声を出して、手足をばたつかせるノラ猫。しかしこちとら人間だ。猫がいくら抵抗しようと、人間の握力には敵わない。

 

 松本はもう片方の手で、ポケットから金槌を取り出して、猫の頭に振り下ろした。

 

 手ごたえあり。猫は抵抗を辞め、四肢を投げ出した。

 

 割れた頭から、脳みそと何かの汁があふれ出る。猫の脳みそはくるみほどの大きさで、人間の2歳児程度の知能はあるという。まあ潰れてしまえばサイズなど分からないのだが。

 

 仲間がいきなり殺されたのを見て、他のノラ猫たちは悲鳴のような声を上げた。果たしてそれが恐怖の悲鳴だったのか、何なのかは分からない。

 

 松本は金槌をポケットに仕舞い、逆のポケットから今度はハサミを取り出した。段ボールや木の枝も易々と切れる、結構な切れ味のものだ。

 

 刃を猫の首にあてがい、ぐっと力を入れる。首の骨ごと猫の頭が切断され、頭部が地面に落ちた。いよいよ仲間たちは悲鳴を上げ、散り散りに逃げていく。

 

 これが殺しに必要だったのだ。

 

 あの接客態度最悪の店員は、今回のターゲット。名前を大澤という。

 

 殺し屋である松本は、依頼主から大澤の殺害を頼まれていた。

 

 松本はヒットマンでもなければ、ナイフで相手を切りつけて殺すようなやり方もしない。

 

 松本が使うのは魔術。いわゆる黒魔術というやつだ。

 

 

 犬神の呪いという黒魔術を知っているだろうか。

 

 飢餓状態の犬の首を切り落とし、それを地面に埋める。人々は知らぬ間に、犬の首が埋まった地面の上を往来する。そしてまんまと呪いが降りかかるというわけだ。

 

 これは犬神という動物の霊を使役する目的で行われる魔術であり、あまりに危険すぎるため、お上から呪術に対する禁止令が出たほどだ。それだけ効果のある、少なくとも当時は効果があったとされている。

 

 松本は黒魔術を使って人殺しを行っているが、そのやり方は様々だ。中でも動物の霊を使う方法は、コスパがいいので気に入っている。必要なのは動物と、その動物を呪術の道具に変えるための武器だけ。

 

 犬神と違い、コンビニ前にたむろしているノラ猫に果たしてどれだけの力があるかは定かではない。これまで何度も同じ方法を使ってきたが、とても強力な個体もいれば、呪いの力が弱かった個体もいた。

 

 かつて行われていた犬神の呪いでは、切り落とした首を埋めると言う手順があるが、まさかアスファルトを削って埋葬するわけにもいくまい。現代の魔術はコスパとタイパ重視だ。まずは頭部をビニール袋に入れて、上から金槌で叩く。原型が無くなるまで叩き続ける。

 

 これをしばらく続けると、毛や眼球など色々混ざったペースト状のものが出来上がるので、中身を容器に移し替える。

 

 あとはそれを飲ませるだけだ。もともとの呪術とは完全に別のやり方になってしまっているが、これも時代というもの。人体に直接流し込んだほうが呪いの効果が大きいと、どこかの誰かが、いつかのタイミングで思いついたのだろう。効率化を図った黒魔術がいたことに感謝だ。

 

 問題はどう飲ませるかである。

 

 松本は持参した水筒に、液状になった猫の頭を入れて、コンビニへと戻った。

 

 自動ドアが開いて入店を告げる音が鳴っても、大澤は出てこない。そこまでは予測していたので、レジの上にあるベルを押した。ご用の方は押してください、と書かれた札が置いてある。

 

 ぴんぽーん、とバックヤードから呼び出し音が聞こえてきた。しかし大澤は聞こえていないのか、それともあえて無視しているのか、どちらにしても接客をする気はなさそうだ。これでは万引きし放題ではないか。いくら監視カメラが作動しているとはいえ、顔を完全に隠してしまえば犯人の特定は困難だ。

 

 松本の目的は万引きではないので、もう一度だけベルを押したが、やはり返答はない。 「これは大変。もしかしたら店員さんが中で倒れているかも。というわけで、ちょっとお邪魔しますね」

 

 誰にともなく言い訳をしながら、松本は勝手にバックヤードへと侵入した。 

 

 

 バックヤードのテーブルでは、大澤が突っ伏した体勢で眠りこけていた。まるでつまらない授業を受けている学生のようだ。自分も授業中に居眠りするときはあったけど、ばれないように教科書で顔を隠していたな、などと思い出に耽る。

 

 寝ている人間に液体を飲ませるのはそう難しいことではない。口に無理やり含ませて、あとは鼻を摘まめばいい。口呼吸しか出来なくしてしまえば、酸素を吸うためにまずは口の中の液体を嚥下する必要がある。一度飲んでしまえば、あとから吐き出したとしてもいくらかは体に吸収される。呪いの液体は、一滴でも飲ませられればそれでいいのだ。飲ませる量によって呪術の威力が変わるかは知らないが、とにかく効果が出れば人は死ぬ。

 

 「大澤君?おーい、大澤君?」 

 

 依頼人からは出来るだけ苦しませて殺してほしいと頼まれていた。

 

 寝ぼけた状態でぽっくりと逝かれては、きっと依頼人も満足しないだろうと思い、あえて起こしてみることにした。殺しの難易度は少しだけ上がるが、さしたる問題ではない。

 

 大澤の眠りは浅かったようで、松本の呼びかけに目を覚ました。腫れぼったい瞼をぱちぱちとさせている。

 

 「な、なんだお前!どっから入った!」

 

 寝起きにしてはリアクションが派手だ。どっからと言われても、店内からバックヤードに入るルートは一つしかないのだが。

 

 先ほど猫の頭をかち割るのに使った金槌をポケットから取り出して、起き抜けの大澤の頭に振るう。

 

 「あぐっ!」

 

 さすがに猫のように、一発で割れることはない。というか、それでは打撲による殺害になってしまうので、金槌で仕留める気など最初からなかった。これはあくまで弱らせるため。

 

 殴られた側頭部を押さえてのたうち回る大澤に、松本は馬乗りになった。

 

 体を仰向けにさせて、大澤の喉を締め上げる。

 

 「はい、お口あーんして」

 

 空気を求めて喘ぐ大澤は、松本の指示に従ったわけではないが、結果的に大口を開けることになった。

 そこへペースト状になった猫を流し込む。

 

 大澤はしっかりとそれを飲み下した。

 

 そして絶命するまでにかかった時間は、およそ2分ほど。

 

 陸に打ち上げられた魚のように跳ねていたのが嘘のように、2分後には動かぬ遺体となった。

 

 松本はその場でスマホを出し、依頼人に大澤の死亡を知らせるテキストメッセージを送った。

 

  


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ