三
踏む雪が足首まで埋まり吐く息が凍りつくような雪原を永遠に歩き続ける数万、十数万の兵士。最初は息まいていたがあまりの極寒の地に言葉まで凍りつき雪を踏む音と鎧のすれる音だけになる。
吹雪は視界を完全に真っ白に染めて、隣のいる仲間の手を掴みはぐれないようにと指示が出される。そんな中で身を丸め口を開けるのすら苦痛になっていたテツは言う。
「この前はあんな事言ったが感謝してる部分もあるニノ」
「うぅ~寒い。なんだ無駄な体力使うな」
「もしお前が現れなかったら俺は腐ってたよ。いつか一人でボロアパートでの孤独死……今はやってる事は最低だが生きてるって実感はあるしな」
人生を目茶苦茶にされ親子喧嘩という殺し合いに巻き込まれて感謝する時点でもう元の世界に帰れないと笑うテツにニノは静かに背中を向けて歩き続けた。
「許してくれとは言わない。恨んでくれても」
「だぁあああ今更そう言う事いうかよ~ここまで巻き込んで、んなお決まりの台詞は聞きたかねぇ~「お前の力を最大限に利用してやる」て言われた方がまだいいわ!!」
「コホン……契約者となったお前を馬車馬の如く働かせて目的のためにボロ雑巾のようにしてやる」
吹雪の中で放たれた言葉にテツは目を丸くし固まる。寒さではなくニノの予想以上の酷い言葉に固まり、やがて諦めたように笑いニノの手を掴む。
「ななな何をするテツ!! お前自分の年齢を考えろ!! 私みたいな魔王の娘なぞ」
「魔王を倒して英雄になり金と権力を手に入れるのも悪かねぇな~それこそ前いたボロアパートより遥かにマシだな」
「たまにテツの前向きな部分が羨ましくなるぞ……ん」
前の列が立ち止まり皆が空を見上げている。つられてニノも見上げると吹雪は去ったのか灰色の空の下で雪原が銀色に輝いていた。
「帰ってきたか、我が故郷に」
雪原は見渡す限り広がり広さなど想像もつかない。白銀の世界に巨大な城が出迎えるように存在しニノは思い出を脳裏に蘇らせた。
何度も父親と稽古した。
何度も母親と喧嘩した。
何度も戦いと止めろと説得した場所……決して首は縦にはふられなかった。
周辺の騎士達は隊列を組み各々の武器を抜く。押されるように進むと遥か前方に大群が雄たけびを上げてベルカ率いる連合軍を挑発してくる。
「ニノさんテツ君、私達はなるべく戦闘を避けて城内に侵入。いいですね」
連合軍の前に壁のように現れた傭兵軍団が地震のような雄たけびを上げて突っ込んでくると弓兵が構える。先頭でヘクターが大きく剣を振り下ろす合図がかかると矢が放たれると傭兵達に死の雨が降る。
苦痛の声や泣き声が響き多くの命が数秒で散る光景はテツの脚を震わせた。今までとは規模が違う戦いに恐怖するがヘクターの号令で自然と体が動く。
「世界の平和を我らの手で魔王の血と共に奪いとれぇえええええええ!!」
先陣を切ったのはベルカ騎士団。騎士達は矢で出鼻を挫かれた隙を見逃すわけもなく正面から突撃し傭兵達を次々に殺していく……白銀の世界は死への恐怖の声と鮮血染まっていく地面で形を変えていった。
魔王軍も連合軍も数が多すぎるために永遠と殺し合いは続き地獄絵図がそのまま絵から出てきた光景の中でマリア隊は駆け抜けていく。
「ハァアアア!! 邪魔よ!!」
両手に持ったバスターソードを遠心力で振り回し目の前の敵をなぎ倒す。地面に転がり命乞いをした瞬間には胸に突き刺されマリアは大きく息をつく。
後ろで見ていたテツはマリアの姿が鬼に見えた。装備は腕から爪先まで白銀の鎧で固められ美しいが敵を倒すにつれ返り血で真っ赤に染まっていく姿は――鬼。
「さぁ人間!! いくわよ!!」
パンドラの声と共に起動しナイトメアを装着すると着ていたコートの腕部分は吹き飛び禍々しい悪魔の腕を晒す。両腕には常に紫炎が宿り起動のたびに形を変えていく。
「うらぁああああああ!!」
正面の重装甲の敵を殴り飛ばすと遙か後方まで吹き飛び何人も巻き込んで一本の道ができる。何度も使ってるはずなのにテツには恐怖の感触が手に残る……まさに化け物の名にふさわしい小手を一度見て走り出す。
「隊長これじゃ数多すぎるぞ!!」
「あら弱音なんて珍しいですねニノさん。魔王を止めるんじゃないですか」
「むぅ、隊長作戦はあるんだろうな」
二刀流を振りまわし敵を2人同時に倒すと返り血が顔につき下唇から舌を出し一舐めし更にもう一振り。女性とは思えない剛力で殺し進むと傭兵達はその勢いに恐れ脚が止まってしまう。
「目の前の敵を倒し続ければ城には辿りつきます!! いい作戦でしょう」
「うぉおおおいアホ隊長!! どーゆ事だ!! ついでにババア」
「テツ君、私は今非常に気が立ってます。発言には注意してくださいね」
何人も殴り殺し一息つくと遠くでは炎の柱や氷の竜が暴れている。数少ない契約者が出てきたのであろう、テツは死体の脚を持ち上げ紫炎で焼くと全力で敵のど真ん中に投げ付けていく。
「どうだこの野郎が!! こんな殺し合いばかりしてるお前たちの親玉を必ず潰してやるからな!!」
傭兵達はテツの死体を投げる姿、殴る姿に恐怖した。両腕に悪魔を宿した化け物が襲いかかってくる光景は恐怖を生み、その恐怖は集団全体に広がっていく。一人が逃げ出すと隣も……と気づけば目の前からは大勢が逃げ惑う事になる。
「おぉテツ凄いな」
「雄豚でも役に立ちましたね。急ぎますよ」
「おいババア何冷静に指揮してんだ。いっとくが隊長ならもう少しまともな作戦」
「ババアではありません。お姉さんです」
血だらけの切っ先をテツの喉元に突きつけ黙らせると再び走り出す。正面にテツとマリアがいき敵の大半を吹き飛ばし余った敵をニノが片づける連携は思った以上に上手くいった。
「……ヘッ」
何人もの敵を殺す中でテツは小さく笑う。大規模な戦闘で自分の力を存分に発揮し一方的に暴力できる事に優越感を覚え楽しかった――敵を殴り踏みつぶす事がたまらなく楽しかった。
殺しの快楽に酔いながらテツは進む。