第八章
翌日テツはヘクターに連れられ馬車に乗っていた。ルーファスから直々に呼び出されと聞かされ朝から叩き起こされ有無を言わず馬車の中に放り込まれ欠伸をしながら外の風景を見ていた。
騎士団本部を飛び出した馬車はしばらく走り出すとベルカ城下町に入り門の前で止まる。ヘクターが下りると門番二人は敬礼し巨大な門は鉄が擦れる音を鳴らし開く。
城内に入り何枚もの扉を開け長い廊下を歩き続け、テツがいい加減豪華な内装を見飽きた頃に最後の扉につく。黄金の装飾が散りばめられ輝いていた。
「ここからがルーファス様の個人部屋だ。入室許可はお前だけだ入れ」
ぶっきらぼうにドアノブを勢いよく開けると視覚より先に嗅覚が刺激され鼻を摘む。
「なんだこりゃ」
部屋の広さがわからないほどに薔薇で埋め尽くされていた。そこだけ別世界のように真っ赤な薔薇で構成され一本だけ中央に続く道を歩く。
「綺麗……つってもここまで多いと逆に不気味だな~ん?」
薔薇庭園中央には円形のテーブルの上でバスターソードの柄の部分を開き中身の機械いじりをしているルーファスがいた。鼻の頭と手先を黒く汚す金髪の優男はどうしてもベルカ王には見えない。
「ほ~中身そうなってのかい、魔法つーより機械だなこりゃ」
「魔法って言葉を借りた旧人類の技術の一部ですよ。よくきてくれましたね」
銀色の王族の衣装着ているルーファスは外見とは大きく異なる作業を進め、柄の中身を閉じ何箇所かネジを回し持ち上げると起動音と共に刀身が水流に包まれていく。
「おぉ!! これ俺が前つかってた魔法だ!!」
「私は戦うより開発の方が肌に合ってましてね。さてと」
慣らし運転が終わったのかバスターソードをテーブルの下に置くとルーファスは椅子に座り指を組む。いつもならふざけた笑みで出迎えるのだが今回はやけに重苦しい雰囲気になる。
「一週間後に魔王軍と戦います。おそらくベルカや協力してくれる国の全ての力を使う事になるでしょう」
「おいおいそれって」
「えぇ今回の戦いで敗れるような事があれば世界は魔王の手に落ちるでしょう」
椅子から立ち上がり大きく背伸びをしたルーファスはテーブルの回りをゆっくりと歩きながら口を開く。思い出を語りだすと軽い口調だったが内容は重い。
「私の父ベルーザは独裁者でした。奴隷制度もその一つで随分酷い事をしてましたね。竜という力を利用し世界を思いのまま……今の魔王のようでした」
腕を組みながら語るルーファスに黙ってテツは耳を貸す。
「そんな父についに反旗を翻した軍団がいました。ベルカを落とし英雄扱いされた彼らからなぜ魔王が生まれたのは謎ですが……随分と苦労しました一度滅んだ国をここまで立て直すのに」
「じゃ息子のあんたがベルカを復活させたのか。いい話じゃねぇか~」
「いい話にするには魔王を倒し平和を取り戻してからです。少し話しは戻りますがベルカにいた竜は魔王に殺されてしまいましたが竜には一匹だけ子供がいました」
先程まで明るい口調だったルーファスの言葉の端に冷酷なほどに冷たさを感じテツは押し黙ってしまう。
「私は考えました、魔王を倒すには竜の子供を使うしかないと。幼き頃から訓練を重ね何人もの人間を殺させ感情すらも消す勢いで徹底しました」
話がまるで見えてこないがテツは嫌な予感がする。楽しげに語るルーファスだが声色は酷く暗く冷たい、内容も聞きたくない領域まで踏み込んでくる。
「断言してもいい、後五年もあれば竜の子供は成熟して魔王など一捻りしたでしょう……しかし悪魔に魅入られたのか私の大切な宝物竜の子供は先程買い物いったらしく」
「……ッ!!]
「買い物先でなんと魔王と出会い交戦したらしいです。しかも敗れた後に連れ去られたとの報告を受け頭を抱えましたよ~テツ君言っている意味わかりますよね」
つい数時間前の映像が頭に叩き込まれテツは停止してしまう。顔中に大量の汗が吹き出し手足だけが震え出す。
「魔王が気づく前に……フェル・ランカスターが竜の子供と気づく前に奪還しなければ唯一の勝機は失われるでしょう」
座っていた椅子を蹴り飛ばすように立ち上がりルーファスの襟元を掴み上げ体ごと持ち上げる。テツを動かしたエネルギーは単純な怒りだった。感情を表に出す事を避け、友達を一人も作れずにいたフェルの事を思うと体が勝手に動き出していく。
「てめぇらベルカは竜の子供だからってフェルの人生を目茶苦茶にしやがったのか!!」
「たかが獣一匹と世界など天秤にかける事が間違えなのです。ウィルから聞きましたよテツ君。貴方は別世界の人間でそこでは大層落ちこぼれ――ガッ」
言葉を最後まで聞く前にルーファスを殴り飛ばしていた。パンドラを装着せずともテツの拳は強力でベルカ王の頬に大きな痣を刻み地面に転がしてしまう。
「……ハッ!! どうりで奇妙な技を使うと思ったら別世界の技術とは予想もしませんでしたよ」
「殴り飛ばされてもそんだけ口を聞けるのはさすがだな王様よ」
「ついでに教えましょうニノは魔王の一人娘ですよ。暴走した父親を止めるためなんて泣ける話です――グァ!!」
倒れているルーファスに容赦なく蹴りを入れて黙らせるとしゃがみ込み顔を覗く。痛めつけられたルーファスは仰向けになりふざけた笑みで大きく瞳を見開く。
「さぁどうしますテツ君。フェルやニノを見捨てて逃げ出しますか? 貴方にはそれは出来ません、断言してもいい」
「とことん腐ってやがる。そうまでして手に入れる平和に意味なんかあるのかよ」
「ここまで腐って手に入れる平和だから意味があるのですよ。私は魔王に勝つためなら何だって利用しますよ、父が殺されたあの日に誓いましたからね」
大きく……本当に大きく息を吐いたテツは腰下ろし胡座をかき頭を一度掴む。フェルが竜の子でニノは魔王の娘。ただでさえ異世界で現実離れしてるのに更にわけがわからなくなる。
ただ一つだけわかっていた事はフェルを失いたくない事だった。
それはちっぽけな正義感だった。フェルを見捨てるには共に過ごした時間が長すぎ、なによりも今のテツには契約者としての力もある。
「おいルーファス、お前の話に乗ってやる。ただし魔王を殺したらフェルを解放しろ」
「契約成立ですね~魔王を討伐したなら勇者となり英雄になるでしょう」
三十三年という時間を無駄に過ごしてきた男が自分から奮い立ち拳を武器に戦場に立つ理由はちっぽけだった。
――怖かった。フェルを失うと思うと怖くて仕方なかった――