十一
殴られたのは肩だというのに体は地面を離れ空中を駆け抜けた。起き上がる頃には肩腕が痺れてると思い触ってみるとダラダラと糸が切れた人形のように垂れている。
肩が外れている……あんなにも小柄な少女の拳がここまでの威力を生み出しなおかつ目前に迫ってきている。痛む体を起こし後方に飛ぶ、魔王とまでうたわれたユウヤはフェルという子供に脅えてしまう。
「お譲ちゃんボクシングをどこで習った?」
「黙りなさい!!」
足捌きやパンチの打ち方がどう見てもボクシングだがユウヤが知る限りこの世界にボクシングなぞない。肩腕を失いバランスを崩しながらもなんとか逃げていると助けがきた。
「ぬぅうううおぉおおりゃぁあああああ!!」
露店を支えてた巨大な丸太を持ち上げフルスイングでフェルにぶつける事が出来るのはイリアだった。直撃をくらったフェルは大きく飛び地面をボールのように転がっていく。
「ユウヤ平気か」
「いや肩外された。凄く痛い」
「ユウヤ一応聞くがまさか隠し子で恨みとか」
「お前の発想がおかしいわ!!」
フェルがぐったりと倒れ動かなくなると一人の少年――エリオが槍を構え魔王の前に立つ。眼鏡の奥の瞳は恐怖に染まり足は震えているが心だけで向かっていく。
「あんたが魔王か、イメージと違い普通のおっさんなんだな」
「ぬ、ユウヤまさか二人も隠し子が」
「違うって!! あいつらの歳考えろよ!!」
「……丁度いいではないか」
さすがに存在を無視されたエリオは額に血管を浮かべ大きく前に出る。槍の最大の武器であるリーチを生かしての一突きを放つ……が、槍は止まってしまう。
「あぁ~小僧。お前らなんなんだ? ただの馬鹿にしては強いしな」
ユウヤに届く前に横から出てきたイリアの手に掴まれてしまう。押しても引いても動かず掴んでる者の握力を感じエリオは魔法を発動する、槍の矛先から強力な電撃を流し相手を無力化するという魔法は。
「電撃系か、この系統と武器の形はベルカか」
発動場所である矛先は斬られ金属音を鳴らし地面に落ちてしまう。武器を失い顔を上げると魔王と目が合う、怒りは感じられないが見ただけで内臓を掴まれる感覚になり唇が震える。
「エリオ、肩を借りますよ」
小柄なのが幸いしたのか、エリオの肩に飛び乗り突然現れたのは頭から血を垂らし片目をつぶるフェルだった。白い歯を剥き出しにし獣のような唸り声で一気に飛ぶ。
真正面から拳を大きく振り被りユウヤに飛びかかるが、その拳は空振りで終わってしまう。拳よりユウヤの強力な前蹴りで腹を蹴り抜かれ胃液や唾液を撒き散らしフェルは悶え苦しむ。
「……ッ」
エリオは生まれて初めて圧倒的恐怖で動けなくなる。目の前で好きな女の子が苦しんでいるのに手足を動いてくれず、魔王と言われているユウヤに目すら合わせられなくなる。
「このお譲ちゃん何者だ。イリアと互角の怪力なら契約者……にしては武器がおかしかったな」
苦しむフェルの髪の毛を掴み顔を上げると鼻水と涎の酷い顔で睨むつけてくる。
「効いただろう? 人間には鍛えられない場所ってのがあるんだぞ、今のは水月。まぁ腹だ」
「ガッハァ!! カッ……ッ!!」
「あぁ~無理すんな、今は喋るなんて無理だから。さて」
勢いよく持ち上げた頭を石段の地面に叩きつけてユウヤは耳元で喋る。
「お譲ちゃんが何者かはもういいわ。問題は俺に挑んできた事だ」
「やめろ!!」
ようやくエリオが言葉を出した瞬間にフェルと同じく腹を蹴り抜かれ沈む。容赦など微塵もないユウヤはフェルの元に戻り頭を全力で踏みつける。何回も何回も……やがて手足が震えるだけで動かなくなってしまう。
「ぬ、ユウヤどうすんるんだ」
「この餓鬼共は俺が魔王だって知って挑んできやがったからな。魔王らしい態度になるかな」