十
港街の風景の中では目立っていた二人だった。真っ白なワンピースに身を包み褐色の肌と銀髪の女が自分の背丈の半分はあろう巨大な魚を持ち上げ笑い、膝まである黒いコートを着込んだ黒髪の男が女を見て笑っている。
外見こそ目立つが仲のよい夫婦にも見え金を受け取った漁師は笑顔になる。歳は三十代中盤、女の方だけやたらと若く見えるが男の方は歳相応にシワを重ね老けていた。
「ぬ、帰ったらハンクに捌いてもらうぞ。あいつあんな外見に似合わず手先は器用だからな」
「イリアお前も一応は母親なんだから料理ぐらいは……ッ!!」
後方から風を切り裂く音に気付き振り返ると刃の切っ先が視界を埋める。鼻先まで刺さり鼻を串刺しにする寸前で止めたのは隣にいたイリアの手だった。
「聞きたい事があります」
「聞きたい事がある態度ではないぞ小娘」
小柄の娘――フェルは蛇腹剣を正確無比にユウヤの顔面めがけ飛ばしイリアと剣ごしに繋がる。
「ユウヤ、確かそう言いましたね。それは魔王ユウヤの事ですか」
「ぬ、久々だなユウヤ。お前を魔王と言い挑んでくる馬鹿は」
掴んでいた蛇腹剣を怪力に物を言わせ引っ張りフェルを引き寄せようとするが動かない。契約者として手に入れた力が小柄な女一人を動かせない。
「おぉい!!フェル魔王って……嘘だろ」
「エリオ下がっててください。あぁ~……ようやく見つけましたよ魔王」
互いに引っ張りあいイリアの手が鮮血に染まってきた瞬間にフェルは蛇腹剣を離す。反動で後ろに下がってしまうイリアに迫っていくと苦し紛れの前蹴りが飛んでくるが軽々避け腹に全力の拳を叩きこむ。
露店を何個も巻き込みイリアは吹き飛び姿を消していく。拳を振り切ったフェルはゆっくり振り向きユウヤに顔を晒す、憎しみでもなく憎悪でもなく、その顔は笑みだった。
「お譲ちゃん一応聞くが俺に恨みでもあるのかい」
「えぇ私の人生は貴方を殺すためにありました。こんな所で出会う奇跡に感謝します」
コートから鞘を覗かせ大きく抜く、フェルが知る刀よりも遥かに刀身が長い。周辺の住民や漁師達は悲鳴を上げて逃げまどうかその場で頭を抑え座り込む。
「殺します。一瞬の迷いも捨て貴方を殺します」
「ハハッ本当に殺す気ある奴はそんな事言わず無言でやるぞ」
蛇腹剣を拾い上げ手首のスナップを効かせ鞭のように操る。装備はコートと刀だけ、十分に切り裂けると判断し刃を飛ばすが――その刃は空中で分解され粉々に散っていく。
その光景はフェルを固めた。刀に蛇腹剣が触れた瞬間には切断され気づけば切り分けられていく、黒いコートを靡かせ肩まで伸びている黒髪を邪魔そうに払うと鋭い眼光が前髪の隙間から見える。
「さて武器もなくなった事だし勝負ありだお譲ちゃん」
刀を鞘に収め背中を向けた瞬間に声が響く。
「馬鹿者が!! ユウヤまだだ!!」
吹き飛ばされたイリアが瓦礫の中から頭を出し叫びユウヤが反応するように振り返ると天地が逆になる。景色がジェットコースターに乗った時のように加速し数回回転した後に地面に顔をつけた。
「……ッ!! ぐぅ」
痛みで目蓋を大きく閉じ歯を食いしばり何とか顔を上げるとフェルが拳を上げている。
「ボクシングか」
世界を支配する魔王はたった一人の小柄な女の子の前で無様に這いつくばった。