八
矢のように鋭い叫びがテツとフェルの行動を止める。振り返ると短髪と無精髭を汗で濡らしたむさ苦しい中年が上半身裸で向かってくる、近付くにつれテツは深く片目に刻まれた傷を見て「あ」と言い指を刺す。
「マリア、さすがに契約者と天才を同時に相手は無理があるだろ」
「ヘクター様!! 私のような者の訓練など起こし頂いて」
「よぉおっさん元気してたか……アブホォ」
ヘクターに対しフレンドリーに近づいた瞬間にテツの頬は木刀に叩かれてしまう。
「すすすいません!! このクソ虫が余計な事を」
「あぁ~気にすんな、お前が固すぎるだけだマリア。ようテツ久しぶりだな」
「あがぁ!! ひひ久しぶり、この年増ババアに言ってやってくれよ~」
ヘクターはベルカ騎士団の最高責任者。ベルカは異世界で唯一とも言える魔王に対抗している国家であり、その騎士団団長ともなれば一介の騎士が口を聞ける事なぞ数少ない。テツの行動はあまりにも危険だったがヘクターには新鮮に感じる。
「んでこいつが噂の天才少女フェルか。見た感じそこらの町娘だな」
「……」
目を細め挑発するように顔を近付けるとヘクターも顔を近付け、額同士を数秒くっつけると笑いだし何回かフェルの肩を叩きマリアに近づく。
「いい新人じゃねぇか、あーゆ闘争心向きだしの奴は大歓迎だ。さて、おぉおおおい!!」
大声で訓練中のニノとエリオを呼び寄せると腕を組みここにきた理由を言う。
「諸君!! わざわざ団長がこんな新人共の下っ端部隊になぜきたと思う」
「団長ともなると書類整理ばかりで体がなまって我慢できずに暇つぶし」
「興味ないです」
「やややっぱり期待の新人を見に来たんですか!!」
「女の子二人は冷たいね、若い男は夢がありいい。諸君の中から二人に買いだしに入ってもらいたい」
マリアはその言葉に納得したらしく敬礼するとテツは「なんだ、んな事か」と欠伸をした瞬間に再び叩かれてしまう。ニノとフェルは興味が完全になくなったらしく離れていく。エリオだけが目を輝かせていた。
「契約者やら天才がいると言っても新人部隊だからな。下っ端の仕事をしてもらう」
「かぁ~つまりそれを言うためにわざわざ団長殿はきたわけかい。暇つぶしじゃねぇか」
「それを言ったら終わりだろうがテツ。リストはこの紙に書いてある、マリア後は頼んだ」
リストを受け取ったマリアが確認すると食糧とわかり誰でも適任だと安心する。マリアは二十代後半だが隊長になるには若すぎる。いろいろなプレッシャーを抱えなんとか頑張らなきゃと心決めてる時に騒ぎ出すおっさんが一人。
「おぉ~し買い物係決めんぞ。ここにクジがある、先が赤いヒモ引いた奴二人な」
いつの間に紙のクジを作り出したテツが差し出すと残りの三人が引きそれぞれ先を見た。最後のクジをテツが引くと係は二人に決まる。
「んじゃフェルとエリオよろしくな」
「どにも納得いきませんが了解しました」
「任せろ!! きっちり買ってきてやるぜ」
買い物係二人をマリアが連れていくとテツは腕を組み何回か頷く。後ろで大きく溜息をついたニノがテツの脚を軽く蹴り肩を力強く掴む。
「くだらん仕掛けをしてなんのつもりだ」
「初恋はな嬉しいが怖いもんなんだよ」
「テツとうとう頭をどうにかしたのか」
無表情に戻ったフェルにそわそわしながら歩いていくエリオを見送っていると、説明が終わったのかマリアが小走りで戻ってくる。ニノに木刀を投げ渡すとマリアも構え再び訓練が始まる。
「エリオ。こんなおっさんからのささやかな贈り物だ、楽しんでこい」
「テツは女性と手も繋いだ事もないからな。羨ましい事だな」
「ううううるせぇ!! 手くらいあるわ!!」
「はぁ~このクソ虫はどうしてすぐバレる嘘をつくんですかね」
――本当にささやかな贈り物だった。こんな地獄のような世界で一人頑張る少年の初恋くらいは応援したい、そんな事を思いテツは柄にもなく余計な事をしたと薄笑いした瞬間に木刀でブッ叩かれ訓練に熱を入れていく。