三
ハンクやイリアと戦い少しは強くなっていたと勘違いしていた部分もあった。相手はハンクとイリアに比べれば可愛いものだのと考え自信満々に拳を合わせ挑む……はずだった。
いくら何度かボクシングの動きを見せていたとしても異常――マリアは木刀を武器としてではなく防具のように扱いテツの拳を何度でも防いでいた。ダメージは与えられないがテツの精神的な焦りは加速していく。
ジャブですら見切られ始め攻めあぐねていると大量の汗に気づく。それに対しマリア涼しい顔で汗一つかいていない。
「テツ君貴方の戦い片は確かに有効です。でもこうして一度見破られて何も出来ないのはなぜだと思います」
「ハァ……ハァッ!! あんたが守りに徹して攻める気がないからだろ」
「正解。貴方は向かってくる敵には強いですが、鉄壁の守りには弱い。それといつまでも私が守ってると思ってるんですか」
マリアの体が景色と溶け込むように見えるほどに自然と体が滑りだし、散歩のように歩いてくるがテツは動けない。正確にはマリアの行動が読めない。構えもなければ殺気すらない。
テツにとっては初めての体験で相手がどう出るか見守ってしまう。見惚れるように見ていると気づけば痛みだけが残っていた。あんなにも長い木刀がどこからきたかわからず顔だけが叩かれてしまう。
「テツ君。酷な事を言いますが、貴方には剣術どころか戦う才能すらもないです」
「いでぇええ~……わかってんだよ!! 元々俺は戦うような人間じゃないしなハハッ」
「それでも私の部下になったからには鍛えて上げます――さて、まさかその程度じゃないですよね」
【才能がない】それはテツの人生で何度も聞いた言葉だった。人は自信を人生経験で得る物だとテツは考える。勉強だろうが遊びだろうが上手くいけば全て自信に繋がる……勉強も遊びも全てテツは駄目だった故に自信などつくわけがない。
そんなテツが才能なんて口にするだけでも勿体ない。ならば足掻くしかない、この世界では才能がないから諦めるなんて生易しい所ではない。テツは今まさに足掻き続けている。
「ハァハァ、くっっっそがぁああ!!」
マリアという人物を下に見ていた自分を恨む。学園の教官でベルカ騎士団員、これだけでも十分。なぜ自分より下に見ていたと自分に言い聞かせながらワンツーから懐に潜り込む。
ワンツーという餌を巻いて後退か木刀を使わせる作戦。狙い通りマリアが後退していき一気に詰める。狙うは細いウェストへのボディ。
「その動きも見ましたよテツ君。これは忠告です、同じ技を二度見せない方がいいですよ」
顎を下げて腕を畳んで的を絞らせないように加速したはずだったが、針の穴に糸を通すようにマリアは後退しながら木刀を両手から片手に持ち替え地面から振り上げた。
威力は必要ない、テツの突進を止めるには両手で左右をガードした隙間……つまり顎を跳ね上げれば事は済む。頭を振りながら突進してくる人間の顎を正確に打ち抜く作業を後退しながらという不利な体勢でマリアは余裕の表情でやってのてしまう。
「――――ガッ」
風邪を引いた時のように視界が左右に揺れて吐き気が喉から込み上げてきたと思うと足から崩れる。見上げるといつの間にか木刀を逆手に持ち替えて大きく振り抜いたマリアが腕を組みながら口に指を添えていた。
「テツ君は剣術よりも今のスタイルの方がいいですね。今更剣術を学んでも仕方ないですし、今回はこれがわかっただけでも収穫ありました」
立ち上がろうとすると逆に地面に転がり、足が酔っ払いのようにフラフラと定まらない。リングの上で何度か経験した覚えのある感覚に嫌な予感がする。後数秒で意識は切れる……そう思った瞬間に自分の鼻を全力で殴りつけた。
痛みで無理矢理意識を継続する事に成功したが、更にダメージが重なりテツは立ち上がる事すら出来なくなる。見ていたマリアも驚いたが肩をすくめ一言。
「戦う闘志はいいですが少しは後先考えてください。さて次は貴方達です、今回は実力を見るので全力でお願いします」
テツの首根っこを掴み少し離れた場所に置いたのは制服姿のニノで、テツがまだ視界が揺れてるのを見たエリオが体を支えてくれる。ニノは大きく溜息をつき「先を越されたか」と呟き不機嫌そうにむくれる。
「怪我だけでは済まなくなりそうですが構いませんか」
「大層な口を聞きますが教えてあげましょう。貴女がまだまだ若輩という事をフェルさん」