第七章
体が横に倒され何かの上に乗せられる。地面が荒れているのか何度も小さく揺らされ目蓋の隙間から漏れてくる光に顔を歪め……そこでテツは意識の半分を取り戻す。
最後に見た光景はイリアと呼ばれる女に馬乗りに乗られ鋼鉄のように固い拳を振り下ろされ自分の吐き出した血で染まる真っ赤な世界。鼻が潰れ涙どころか歯もほとんど折られ白眼を向いたのが最後の記憶。
――まだ若い頃に思った。自分は特別な存在で選ばれいつか戦うと……特別な力を授かり何度も試練を越えて最高のハッピーエンドに辿りつくんだ――
テツの夢は今まさに叶っている。ニノに選ばれ戦い特別な力も授かっていた。意識のオンオフの切り替わる中でテツはそんな事を思い少しづつ目蓋を開けると、白衣をきた人間に囲まれ顔やら体をいじられ時折激しい痛みで悲鳴を上げる作業の繰り返し。
「いでぇええええええええええええ!!」
激痛で叫び散らし泣きながらテツは意識をはっきり取り戻す。そこには敗北という現実があり自分がいかにちっぽけで情けない存在か知る。
――結局は元の世界にいた時と何も変わらない。何をするにしても空回りで頑張った分だけ失敗の時のショックが大きい……俺は何のために生まれてきたんだ。こんな生き恥を三十年以上も晒すために生まれてきたのかよ――
痛みから逃れるようにテツは意識を投げ出し敗北という大海の中をさまよう。ただ元の世界にいた時よりも何倍にも膨れ上がる感情がある。
「ちくしょう」
悔しさだけはテツの中に残る。元の世界の自分の部屋で毎晩人生を振り返るように呟いた一言と同じ言葉だが重さが違い涙が出るほど悔しかった。
憂鬱な気分で座ると嫌味なくらいに晴れてる空に大きな溜息を吐き、まだ痛む唇を触り胡座をかく。何日か治療を受けテツは無事に騎士学園に戻ってきたが授業に出る気分でもなくサボり屋上にきていた。
生きてる方が不思議だと言われ自分でもそう思う。顔を潰され歯を叩き折られと死ぬ理由なんていくらでもある。むしろあそこで死んでた方がまだ幸せだったと思いついつい視線を落としてしまう。
「いよテツ!! 久々の登校でサボりかよ」
片手を軽く上げいつものヘラヘラした笑顔で近づいてくるエリオを見るとなんだがホッとしてしまう。エリオも人殺しには変わりないが、イリアやハンクとは別。まだ人間として大切な部分が残ってる気がした。
「おいテツ!! ひでぇ顔だなぁ~お前また学園長辺りと喧嘩でもしたのかぁ」
「まぁそんなもんだ。それよりもお前もサボりか」
「ヘヘ登校するお前を見てな~久しぶりに顔を合わせるんだ、屋上でゆっくり話したくてな」
隣にエリオが座ると意味はないと思うがテツはたそがれてしまう。一体何度目だろう、何かに失敗すると人生を振り返る悪い癖は直ってくれない。
「エリオ俺はなぁ。とんでもなく駄目人間なんだよ」
「ハッ今更なんだよ~」
「勉強も出来ず仕事もすぐクビになり落ちこぼれ、人生という膨大な時間のほとんどを放置していて気づけばこの歳……唯一俺に出来たのはここにきて殺人術を学んでの人殺し。真っ当な人間ですらない」
楽しかった――手に入れた人外の力で敵を殺し叩き潰す行為がたまらなく楽しかった。力を誇示し「俺は強いんだ」と喚き散らす子供のようにテツは暴れた。最初は恐怖していたが慣れてくればこんなにも楽しい事はない。
そして調子に乗っていた時にイリアやハンクに出会い敗北という谷に突き落とされ体も心もボロボロにされてしまう。いい加減疲れてしまう……敗北だらけの人生にテツは我慢の限界が近づいてきていた。
「俺みたいな子供が言う事じゃねぇが~テツよ。お前は最初から諦めてるんだ、どうせ失敗するとか今度も駄目かとか考えてんだろ」
「だから」
「上手く言えないが~……足掻こうぜテツ。もう歳がどーのこーのより言うのは無しだ!! 俺たちは同じ学園の生徒だ、成り上がるぜ!! どうせ今の現状変えられないなら精一杯悪あがきしてやろうぜ」
立ち上がり日光を背にするエリオの笑顔は眩しかった。若さとはこんなにも眩しく財産だと思いテツも笑う。考えてみれば何をするにもやる前から言い訳を考えていた、テツの人生は言い訳という鎖で繋がれている。
「お前みたいな子供に説教くらうとは俺も本当に駄目だな~……よっしゃああああ!! どうせ失う物なんてとうの昔に失ってんだ!!」
「やる気出てみたいじゃねぇかテツ~んでよ、後ろのあいつらいつまで待たせるんだ」
エリオの指の先には開きかけの屋上の扉があり、黒と銀の頭がヒョコッと出ていた




