二
「お前名前は? 歳はいくつだ」
痛み切った白髪だらけの髪を肩まで伸ばし上半身肌の老人は体の汗を拭きながらテツの前に座る、眼光は鋭く映画で見たギャングのボスを思い出しテツは心底震えだす、片手には瓶が握られておりシワだらけの顔を歪め瓶を傾け中身を飲んでいると匂いでわかる、酒だと。
強面の老人が機嫌悪そうに酒を飲み、隣には人殺しの美少女……笑いも怖さも顔に出さずテツの表情は凍結する、もう怖すぎて表情の作り方すら忘れてしまう、テツが黙っていると老人は床に瓶を叩きつけてイライラを隠せない。
「テツです、33歳」
「ヒヒッおいニノ~こんなおっさん捕まえにいかせるために俺は生涯最高の傑作を作ったんじゃないぞ」
「テツはいい奴だ、やればできる子だ、紹介するテツこのジジイはウィルと言う」
まるで水中で息を我慢するかのようにテツは黙る、息すら忘れ生き場のない自分の立場を隠すように小さくなっているとウィルが体を触ってきて男に細かく触られると気持ち悪いがテツは従うしかない、ある程度触るとウィルが首を傾け不思議そうな顔で聞いてきた。
「お前の筋肉のつき方変だな……剣術でも槍術でもこんな筋肉はならない、おいテツとかいったな得物は何を使うんだ」
「得物? 交通誘導で使っていた黄旗ぐらいしかないっす」
「旗だぁ~俺が聞いてんのは武器だ、お前は何の武器が使えるんだよ!!」
テツは人生で使ってきた武器を思い出すが――…あるわけがない、ふざけて剣道部の竹刀を振り回した程度だ、だが素直にそれを言うとウィルは絶対に怒る間違いなく怒る、しかし武器など扱えないと追い込まれたテツは悪足掻きをしてみる、もうやけくそだ。
「あえて言うなら拳ですかね、こんなんでも元プロボクサーなんでってのは駄目ですか?」
「プロボクサー……なんだそれゃ、拳で戦うって馬鹿かてめぇ!! 素手で剣に勝てるかよ」
「テツやって見せてくれプロボクサーを、私は見たいぞ」
もう開き直りテツは椅子から立ち上がり数回飛ぶ、その姿にニノは子供のように瞳を輝かせウィルは2本目の瓶を片手に呆れた顔で見守っていると二人の顔が驚きに変わっていく。
体を小さく丸めまずは軽く足を交差させフットワークで体を慣らしやがては上半身が左右に振られていく、次の瞬間エンジンがかかったようにテツは狭い部屋を縦横無尽に跳ね回る、キュキュと足で音を鳴らし軽くワンツー次にフックやストレートを出しながら常に動き回る。
テツの動きを止めたのはウィルが飲みかけの瓶を地面に落した音だった、一応はトレーニングを続けていたとはいえ歳のせいか息が少し切れたテツが立ち止まるとウィルの驚愕している顔が見える、ニノは表情が固まったままピクリとも動かない。
「おいテツ……てめぇ今なにやった」
「ボクシングの基本的な動きです、知らないですか? 結構有名なスポーツなんですが」
いきなり力強くテツの肩を掴んだウィルは顔を近付けて酒臭い息を吐き口を開く、おそらくテツの動きに感動し希望が見えたのか、これからしてもらう事を完結に説明していく。
「いいかこの世界には武器が腐るほどある、だがな中に強力な武器があるんだ、その武器は普通じゃ使えない選ばれた者のみ使える……ここまではいいか」
「はぁ、わかりやすくて大変助かります」
「しかし選ばれた者なんてもう国家に属しているか魔王の下についてる、だから俺は違う世界の人間を引っ張ってきたんだ、世界が違えばこの世界の理に縛られない、この理論は俺が過去に実証済みだ、ここまで言えばわかるよな」
いくら馬鹿なテツでも察しがついてしまう、今までニノから聞いたキーワードは魔王、魔剣、と厨二テイストな言葉がいよいよ現実味を帯びてくる、嫌な汗が額から流れテツの脳内に昔買った古臭いゲームが思い浮かぶ。
「その強力な武器を使いテツお前が魔王を倒すんだ、ちなみに拒否権はないぞ、装置も世界を渡るなんて無茶してオシャカだからな」
「ハハッ……ウィルさんよぉ~こんなおっさんに出来ると思うかい」
冗談半分でウィルを小馬鹿にしたように言うと更に顔が近づき鼻と鼻がくっつく、顔のシワが一本一本数えられるほどに接近しウィルの迫力ある顔でまさに脅しのように言ってきた。
「てめぇは俺達の協力無しじゃこの世界で生きていけねぇんだよ、まぁすぐ戦えなんていわねぇ、住む場所も立場も用意してやるからしばらくこの世界に慣れろいいな」
「はぃいいいい、ととりあえず頑張ります」
「おぉさすがテツだ頼もしいぞ、じゃ私と同じクラスがいいな」
ウィルから投げ渡された薄いパンフレットのような本を見ると爽やかな若者が天に向かい剣を向けている絵がある、ペラペラとページをめくっていくと若者達が木刀で訓練してる綺麗な絵や達筆な文章でこう書かれていた。
――ベルカ騎士学園へようこそ。