八
階段を駆け上がり上階へと進むたびに騎士達は増え全てを蹴散らしようやく扉の前で三人は一息着く。イリアは胸に手を当てて大きく深呼吸し王冠の装飾が備わった金色の扉を開ける。
室内は暗闇で一人の老人が椅子に腰を下ろし手には剣が握られていた。金髪が肩まで伸び歳は六十代だろうか、頬から顎まで立派に伸びた髭も金色で威厳の塊のような男は大きく息をつき座ったまま口を開く。
「我がベルカの軍勢をここまで押しのけ、あまつさえ王である私の首元に噛み付きかけてるとはな……薄汚い野良犬共め」
「ようやく会えたなベルカ王ベルーザ。覚えているか私の顔を……いや奴隷の顔など覚えているわけないか。生まれつき鎖に繋がれ飢えをゴミの中の残飯でしのぎ、寒さを冷たい石の上で過ごす気持ちがわかるか」
「貴様らには到底理解できまい。世界とは弱者強者がハッキリする事で成り立つのだ。皆が同じ平等の扱いなど許されないのだ、それを知れ汚い傭兵共め」
ベルカ王ベルーザの言葉は到底一国を任せられる王の言葉とは思えずにイリアは長年溜めてた怒りを通りこし呆れてしまう。だが一瞬の事ですぐ地獄の業炎ような怒りが蘇り魔剣を握りしめると王室に乾いた拍手の音が響く。
「ベルーザさんあんたの言う通りだ。世の中ってのはそーゆもんだ、ただ大人はその事実を隠し自分の都合のいいように動かす。それに比べあんたは堂々と言うとはな~たいした奴だ」
「漆黒の男よ、貴様には理解できるというのか。ならば今すぐ自害して己の無力さを恥じて死ね」
「理解はしてるが納得はしてないんだわ。悪いな王様よ~世の中ってのは俺達みたいな大馬鹿する奴もまた必要だろ?」
ベルーザは座ったまま大きく剣を上げ勢いよく地面に突き刺すと王室に炎が現れる。壁に一定の距離で備わった炎は燃え盛り王室の全貌を照らしていく。
広い……人間が活動するとは思えない広さにユウヤが息を飲む。王室には玉座以外の物はなくただ広いだけ。物以外はないが一匹の獣が鼻息を荒くし牙を剥き出しにしていた。
「確かにお前達のような愚か者は必要だな。大衆に愚か者がどうなるか見せるためにな」
玉座の遙か後方で煉獄の炎を口から出し真紅の鱗に包まれた獣……ユウヤが絵本や伝説でしか聞いた事のなかった竜がそこにいた。人間の十倍はあろう巨大な体に翼を畳睨みつけられると脚が凍ったように地面に張り付く。
「竜王レグナよ。後は頼むぞ」
「いつも世話になってるからな。たまには働いてやる」
言葉を話す竜と会話した後にベルーザを奥の扉から出ていき残されたのは三人だけ。竜が前足で立ち上がると更に巨大に見えてユウヤは久しく忘れていた恐怖という感情で体を縛られてしまう。
その恐怖の鎖はイリアの怒りによる叫び声で千切れ気づけば走り出していた。戦術などなし、ただ斬るしかない。とうとう人外との戦い辿りついた殺し屋人生にユウヤは恐怖と喜びを同時に感じ走る。
「ぬぅうううううぉおおおおおお!!」
先人を切ったのはハンクだった。今まで黙って事を見ていた鬱憤を晴らすかのように戦斧を竜の腹に振り下ろす。まるで金属でも叩いたような音がし顔を上げると鱗が数枚こぼれ落ち出血が見え笑う。
「イリア、ユウヤいけるぞ!! こちらの攻撃は通る!!」
「何百年ぶりだろうか。我ら竜族に挑む大馬鹿者は……少しは強いんだろうな」
人の数倍あろう前足を振り被り正面にいるハンクめがけ振り下ろすと、竜は長らく忘れてた痛みを感じ牙を噛み締めていく。前足の中から一本の剣がはみ出し使い手の足元の地面が砕けている。
「無事かハンク!! まったく少しは回りを見ろ馬鹿者」
「む、お前に言われたくないわ!! さすがだなその怪力」
「速くそこをどけ!! さすがに長くは持たない……あいつめ」
ふんばっていると足元に大きな影が重なり見上げると、真っ黒なコートを空中に泳がせユウヤが竜の頭めがけ飛んでいた。コートが翼に見え顔は鬼の形相……悪魔と竜の対峙に一瞬イリアには見えた。