七
何枚もの扉を壊し何人もの騎士達を殺し三人は走り続けようやく城内に侵入すると一人の男が待ち構えていた。大理石の床の部屋は何本もの柱が立ち中央には大階段が螺旋状に上階へと続いている。
とうとうこの世界を支配しているベルカ本丸にきたと実感しユウヤが震えると階段に腰を下ろしていた男が立ち上がった。今までの騎士と同じ鎧がだが所々違い個人用にカスタマイズしている使用で胸には勲章が何個も輝いていた。
兜は装着せずに素顔を晒し一度無精髭だらけの顎と頬を撫でると背中から剣を抜く。イリアの魔剣とまではいかないが通常のバスターソードより大きい、眼光は鋭く覚悟を決めた瞳で三人を睨む。
「嫌な予感とは当たる物だな。久しぶりだなアベンジの女」
「ぬ、ヘクターか!!」
「我がベルカに汚らしい土足で踏み込んだ事を死をもって後悔しろ」
腰の横に構え中段の切り払いの構えになると答えるようにイリアが構えるが……そこにユウヤが割って入る。
「イリアこいつ強いんだよな? 俺に譲ってくれないか」
「馬鹿者!! 譲れるか!! ヘクターとはな」
「ハンク」
今にも飛び出しそうなイリアをハンクが抑えつけるとユウヤが前に出て野太刀を前に向けて挑発をする。ヘクターは相手が変わっても表情を変えないまま無言で構えていく。立ち振る舞いや空気で強者の匂いを嗅ぎつけユウヤの心臓が太鼓のように鳴り響く。
「騎士団隊長の私がなぜ前線にいなかったと思う」
「言われてもみれば確かにな~てか団長だったのか。そりゃ強いんだろうなぁ」
「お前達のような化け物じみた奴を私の支配下におびき寄せるためだ」
何本もの柱が音を立てて動きだし最初は引きずる音だったが、やがては柱は宙に浮き部屋にある全ての柱がヘクターの回りに集まった。その光景はまさに魔法――…何も使わずして巨大な大理石の柱を操る姿は異世界ならではとユウヤが笑う。
「どうした恐怖で気が触れて笑えてきたか薄汚い傭兵」
「あんたの魔法……何でも空に飛ばせるとか?」
「そんな都合のいい魔法があるか、なに。ただ石を自由自在に操れるだけだ」
十分都合のいい魔法だと思った瞬間には一本の柱が回転しながら飛んでくる。身を翻し避けると次々に柱が矢のように襲いかかってきた。速度は反応出来ないほどに速くなく、ユウヤは一気に走り斬り込む野太刀を肩に乗せて振り下ろしの構えで間合いに入る。
当たりさせすれば斬れない物はない野太刀で勝利を確信した瞬間に視界に捕えていたヘクターが急に下に消えて天井が飛び込んできた。ヘクターの姿を目で追うと遥か下に見え足元から大理石が突き上がってる形が見え「やられた」と小さく呟く。
ユウヤが地面に落ちる前に柱が突撃し着地した瞬間にユウヤは柱に押しつぶさせるように埋もれていく。粉塵が立ちこめ砕けた柱の中を見てヘクターは微かに笑いイリアに目を向ける。
「石は柱だけではないぞ。この部屋全ては石で構成してあり、ここでは私が支配者だ」
「ぬ、驚いたな。確かに厄介だが……お前も運がないな」
「む、確かにな。こちら側二人を相手にしたら厄介だったが、よりによってユウヤとはな」
仲間が一人圧し殺されたというのにまるで自分を憐れむような態度にヘクターは苛立ちを覚え、魔法の元である剣を強く握ると視界の外から小石が当たる。次に音が聞こえ瓦礫の山となったユウヤの墓標を見ると一筋の光が走り瓦礫の山は真っ二つに割れた。
巨大な柱を両断する光景にヘクターが眉を吊り上げ驚いているとその隙を狙うかのようにユウヤが墓標から弾丸のように飛び出してくる。野太刀は肩にかけ全体重を攻撃に向けた構え、頭から血が出て片目の視界が奪われているが問題ない。
「貴様!! 何をした!!」
炎や水、土や石などを操る魔法なら知っているが、それを両断する魔法を見たのを初めてである百戦錬磨のヘクターは焦り一本だけ警戒ように残していた柱をユウヤめがけ飛ばすと背筋に嫌な汗が流れてしまう。
「ヒヒヒヒッ!! 旦那ぁ体の方はどうですかい」
「骨数本にヒビが入ってるが問題ない。さてこちらの番だ」
柱は真ん中から真っ二つに両断され粉一つ出さずに空中で二つに分かれヘクターの思考が止まる。あの長いだけの細剣で何倍もの太さの柱を切り分ける現実に緊張の汗が全身が吹き出し気づくと、地面に野太刀を滑らせながらユウヤが懐に入ってくる。
狙いは下からの斬り上げの一振り、ヘクターは横に構えていた剣を初めて動かし軸足を前に大きく出し振り抜く。リーチの差は背丈で上回り互角にし剣と野太刀の軌道が混じり合う。
「浅いか!!」
剣が野太刀に触れた瞬間にヘクターは力勝負に出た。体格で勝る以上力負けはないと判断し技術も何もない力で押していったが……剣はヘクターの鋼鉄の意思を嘲笑うかように断ち切られていく。欠片一つ落とさず見事に斬られ、勝利した野太刀は餌に喰らいついた。
「旦那にしては珍しいですね。踏み込みが甘いですぜ」
「うるせぇな!! 骨が軋んで痛てぇんだよ!!」
視界が真っ赤に染まりそれが自分の血だと気づくと足元がフラつく。致命傷は逃れたようだが手足の感覚は遠のく、ベルカへの忠誠心がヘクターを支え両断され使い物にならなくなった剣を振りかざすと――…ヘクターの半分は失われていく。
「アッ……ガッギャアアアッ!!」
片目から激痛が伝わり、抑えながら無様に地面を転がり回りながら叫び散らす。眼球はグチャグチャに形を変え白い汁まで出てヘクターの視界の半分はユウヤの手によって斬って捨てられた。
「おい行くぞハンク、イリア。ぐずぐずしてらんねぇんだ」
「ぬ、確かにな。ユウヤあまり無茶をするな」
「む、次はいよいよ竜とやらの怪物か」
遠のく足音を聞きながらヘクターは絶叫混じりに怒りの咆哮を上げるが激痛で体が言う事を聞いてくれない。痛みと怒りで額に血管を浮かべながらのたうち回る姿は自分で考える以上に滑稽で、やがては血が足りなくなり意識が薄れていく……それがヘクターが初となる完全なる敗北だった。