四
翌日朝からどうもハンクとは気まづい空気で顔合わせ逃げるようにウィルの家まできた。相変わらずの鉄とオイルの匂いで壁には鉄製の手足がぶら下がり不気味な室内である。壁も床も全て鉄製とウィルの住む街もそうだが工場の中にでもきた気分になる。
椅子に座ると昨晩の出来事が頭をよぎる。イリアは確かに自分の事を嫌いと言ったがあそこまで頬を赤くされると信じろという方が無理があり、ユウヤは肩を落としまだ二十歳だというのに疲れ切ったサラリーマンのように大きく溜息を吐く。
「ニヒヒどうしたいシケた顔して」
上半身裸のウィルが現れると相変わらず片手に瓶を持ち酒を飲んでいる。イリアからの紹介で知り合ったが、腕は申し分ないのだが酒癖が悪くアルコール中毒なのが唯一の欠点。ユウヤは頭を下げたままヒラヒラと片手を上げて「ほっといてくれ」と示す。
「まぁいい、本題だ。ある遺跡からな武器が見つかって俺の所に流れてきてよ~どうやら誰にも扱いきれずに闇市場に流れる直前で俺が買いとったわけだ」
「誰にも使えない武器を買い取るあんたがアホだろ。骨董品にでもして飾る気かい」
「俺にそんな趣味はねぇ……これも運命か偶然か、俺ぁ武器を見た時鳥肌がたったんだ」
ウィルが奥から出した布に包まれた長物を出してくると先程までうなだれてたユウヤの顔が一変していく。長さは九十センチ以上、刀に比べ遙かに刀身が長く柄も太い。布から出てきたのは刀身を鞘で隠した野太刀だった。
本来世界が違いここにあるはずがない武器が現れユウヤは椅子から立ち上がり手に持つ。作りを見て本物とわかると鞘から抜き全体を確認していく。
「お前さんから依頼された武器と形状が似ててな、しかも大きさが違うときて気になってついつい衝動買いしちまってなぁ」
「ウィル、この武器は俺がいた元の世界の物だ。どーなってるここは異世界じゃねぇのかよ」
「あぁん!! お前がいた世界の武器が俺らの世界にあるって……ありえないだろ」
飲んでいた酒を止めてウィルは考える。それは子供が考えそうな陳腐な発想だが今の情報だとそれしか判断が出来ずに顎を撫でながらユウヤに話していく。
「千年前一度世界は竜に焼かれ滅んでいるんだ、生き残った人間達が何とか今まで繁栄してきてな……その武器は千年前の遺物とすると~」
「おいおい俺のいた世界は今の世界の過去だって事になるのかよ~ウィルよ。過去にタイムスリップは話でよくあるが逆はねぇだろ」
「――…うん、わからん。考えた所でわかるはずがない、気が向いたら過去に戻るマシーンでも作ったら面白そうだなハハ」
ユウヤもその意見に賛成だった。仮に過去から自分がきたとしても問題はない。元いた世界に未練はなく、逆に今は自分の詰み上げてきた技術で好き勝手暴れられるこの世界が気に入っていた。
この世界には法律もなく、うるさい警察もいない。弱肉強食が唯一のルールとシンプルな世界がユウヤには丁度いい。武術を学んだ者なら一度は最強という幻想を抱くがこの世界では叶うかもしれないと笑いさえもする。
「ヒヒヒヒヒッ!! ようやく旦那みたいな刃物を扱える色男と出会えましたわ」
突然野太刀から声が聞こえ反射的に落としてしまうとユウヤは一歩下がる。ウィルも固まり部屋が恐怖という名の静寂に包まれ唯一口を開くのが謎の野太刀。
「ひでぇ事しますねぇ~あっしは菊一文字、村正、虎徹と名前なんて時代によって変わりましたが、ただ相手をぶった斬るだけの殺人包丁ですわ」
「おおおいユウヤお前の世界の武器は喋るのか!!」
「おい特別な武器とやらはあんたの方が詳しいんだろ!! しかし……なんだこれ」
柄も鍔も黒く刀身だけが怪しく白光しまさに妖刀。手に持つとズッシリと重量を感じさせる重さに震え、刀身に顔を近付け波紋を覗く。刀の知識をある方だと思っていたが喋る刀など初めて見る。
「今まであっしを使う阿呆共はまるでなってなくて旦那みたいなお人を探しておりました」
「ん?ようするにお前を武器とし扱い野太刀として扱う奴らがいなかったと」
「察しがいい旦那で助かりますわ!! どうですか? あっしと組んで生涯を戦いに色飾るって洒落こみませんか」
我ながらユウヤは笑ってしまう。脳天を拳銃で打ち抜かれたと思ったら異世界にきて今度は喋る野太刀が一緒に組まないかと誘ってくる。喋り方も時代劇に出てくるようなケチなチンピラともう笑うしかない。こんな人には真似できない人生をユウヤは面白いの一言で片づけ野太刀の柄を力強く握った。
「おいウィルこれもらっていくぞ。まさか金とらないよな」
「んじゃ出世払いでな」
「任せろ。ベルカ落として大金かっぱらってきてやるぜ」
呆れて再び酒を飲んでいたがユウヤの言葉に吹き出して咳き込む。イリア達が何かを考えてる事はわかっていたがここまでの事をやるとは予想すら及ばなかった。
「ベルカには竜が入るんだぞ!! いいかよく聞け!! 千年前人間を絶滅寸前まで追いやった竜は歳老いて死んだんだ、だがな子供を残し人間達は竜を恐れ今では大切にベルカで保護してんだよ!!」
「ヒヒヒヒッ!! 竜ときましたかい、旦那こいつは面白くなってきましたぜ」
「人間がなぜたった一匹の竜に恐れてるかわかる!! 勝てないんだよ!! 竜の鱗はどんな攻撃も通じず吐く炎は全てを灰に変えるんだ、なによりもベルカは竜との共存を選んだんだよ。あんな化け物と戦うより遥かにマシだからな!!」
捲し立てるウィルに背中を向けてユウヤは野太刀を担ぎ大きく背伸びする。考える事は命を粗末にしてるとしか考えられない事だった。
「丁度いい、こいつの試し斬りには申し分ない相手だ」
「旦那あっしは形ある物なら断てぬ物はありません。竜の鱗をひっぺ返してやりましょう」
「聞けってんだよ!! 仮に竜を倒しベルカを落としたとしても世界の力のバランスが崩れ馬鹿な人間共が自分の利益のために争いだすぞ!!」
背伸びを終えると首を捻りコキコキと鳴らすとウィルの家から出ていく。新しい玩具を手に入れて御機嫌なユウヤは一度だけ世話になったウィルに振り返り去っていく。
「人間ってのはどー転んでも争うもんだウィル。もしあんたが俺を気に入らないなら直接殺しにこい。世話になったな、次に会う時俺が生きていたなら世界はどーなってるかねぇ~」
――いざベルカへ。
退屈が避けて道を開けるような異世界をユウヤは我が者顔で歩き、ただ戦いたいという欲求を満たしにベルカへと歩を進めていく。