九
雨の雫に視界が奪われ一回額を大きく拭うと雨ではなく緊張の汗だった。長年戦い続けた自負はもっているつもりだったが、まだまだ甘いと噛み締めてしまう。
イリアとは出会った時から才能を感じていたが正直ここまでとは思わなかった。マリアは腹を抑え痙攣し戦える状態じゃない……魔王軍最強の部隊アベンジ。イリアがまさにその通りの強さだ。
「さて、私と離れていた時間何をして強くなったか教えてもらうぞ!!」
イリアが走り出すとそれだけで雨粒が弾け地面が凹む。横から振られるのは魔剣――二人の距離は遠いが巨大な剣を持つ故に射程には入っている。
攻撃を避けるという選択肢は学園長にはない。イリアと違い生身の人間には巨大な鉄の塊を持ち軽快に動くなんて到底無理な話であり、腰を落とし刀身を片手で支え完全に防御の形を整えるが。
「グゥッッ!! イリアァアア!!」
イリアの一撃を受け止めただけで手首の骨に亀裂が入る音が聞こえた。骨一本で済んだなら安い物と攻撃後の隙をつく、魔剣を縦に受け止めそのまま倒すと握ってたイリアも体の軸がずれてしまう。
ただの一撃では駄目。一撃で胴体を切り裂くぐらいの攻撃ではなくてはならない。学園長は魔剣を地面に叩きつけると巨大な剣と共に回る……腰を捻り背中を向けて遠心力という加速をつけて一回転する。
「剣術の腕はまだまだ錆びてないようだな」
「――カッ!! う……うぉ…」
イリアの耳に刀身が触れるまでは成功したが渾身の一撃は止められてしまう。爪先ごと腹に蹴りが入れられ今まで経験した事のないような痛みと苦しみを味わい口を大きく開ける。
腹を抱え白目を向いている学園長の胸倉を掴み大きく仰け反り……頭突き。鼻を砕くように頭を突き刺すと学園長の目から涙が溢れ出し見るも無残な姿で倒れた。
「接近戦では時に剣よりも拳や蹴りの方が速いらしいぞ。剣術では互角だったのに惜しかったな」
「う……このっ!! イリ――…」
涙と涎に塗れた顔で立ち上がろうとすると学園長の顔は蹴り上げられ鮮血に染まる。意識はまるで死神の鎌に刈り取られるように消えていき、完全なる敗北。
「ぬ、やはり歯ごたえがあるな。さて……ハンクの奴は」
金属がぶつかり合う音と泥が跳ねる音。イリアの視線の先には二匹の獣が食らい合うように戦斧と拳を交えていた。