四
翌日目が覚めて起き上がると最初にフェルの顔が思い浮かび自然と溜息が洩れてしまう。子供の頃に学校をズル休みしたい感覚を思い出し足取りが重くなるが日課は忘れない。
制服ではなく軽めの革ズボンと布地のシャツを着てまだ暗い外に出て走り出す。呼吸を一定のリズムで刻みフォームを崩さないように意識しひたすら走っていく、家から少し走ると市場に入り魚屋が欠伸をしながら開店準備していたがテツを見かけると肩を叩き挨拶を交わす。
「毎朝御苦労さんだねぇ~奥さんとは上手くいってるかい」
「おっちゃんよぉ~どう見たら夫婦に見えるんだよ俺とニノが!!」
「ハハッハ!! 市場じゃ目立つからなお前さん達は、ほれリンゴ持ってきな」
リンゴを一つ受け取りかじると果汁が口の中で溢れ出し、朝食前には丁度よく一気に食べてしまう。
「てか魚屋なんだから魚くれよ」
「馬鹿言うんじゃねぇうちの魚は高級なんだよ。テツお前には買えねぇよ」
「よく言うぜ、夕方には叩き売りしてるくせによぉ~んじゃまたなおっちゃん」
毎朝ランニングしてる内に開店準備してる店の主人と仲良くなり今では冗談を言い合える仲になった。たとえ世界が違えど気のいいおっさんはどこにでもいて、その奥さんもまた優しいのはお決まりらしい。
全身に汗を溜めて軽くジャブを出しながら走り、時折スウェーやダッキングとボクシングの動きを取り入れるランニングは三十三歳にはこたえるが弱音を吐いてはられない。トレーニングをサボった分だけ自分の寿命が縮まると思い一切手を抜かない。
「だはぁ~っ!!」
ようやく止まると両膝に手をつき地面に自分の汗を垂らしていると、光が差し込んできて顔を上げると日の出が体を照らしテツはゆっくりと上がる太陽を見つめながら物思いにふけてしまう。
「三十三年間ろくでもない人生だったが、こうして異世界にきて初めてあの時間が幸せだったと気づくもんだな……帰りてぇよ。戦いたくねぇよ」
つい本音が出てしまう。いくらこの世界に馴染んできたとしても元の世界で平和に暮らしてたテツには辛すぎた。元いた世界とは違い絶望的なほどの死に近いこの世界だとテツは脅える事しか出来ない。
「……弱音はいかん!!」
自分を騙すように奮い立たせ最後の坂を上がっていくと、日課のランニングは終わり庭に吊るしてある手作りサンドバックを叩く。
「ふぁ、おいテツもう少し音を小さくしろ」
「無茶言うな、おはようニノ」
ピンクの可愛らしい寝間着をきたニノが大欠伸で庭に腰を下ろす姿は一瞬だけ日本に戻った気分なる。欠伸をかきながら愚痴を言うニノを背中に何度もサンドバックを叩き動きを体に叩きこんでいく。
「そろそろ準備するぞテツ。風呂に入れ酷く汗臭い、後いい加減髭を剃れ」
ヒゲを指摘され顎を一撫ですると確かにと思い風呂に向かう。浴室にお湯を入れそのまま入ると生ぬるいが仕方ない、湯を沸かす時間など朝にあるわけがなく汗を流し上がると鏡の前に立つ。
「はぁ……俺こんな顔だったっけ」
鏡に映ったのはシワが深くなり無精髭がもみあげから顎髭まで繋がってる完全な中年の顔だった。精神年齢は幼いテツは自分の顔を見て落胆を隠せない、こっちの世界にきてからまともに鏡を見てない気がしたが改めて見ると老け具合が酷い。
「おおお落ち込むな!! なぁに髭を剃れば若返るさ」
カミソリなんて便利な物はなく手にしたのは果物ナイフ。慎重に顎のラインを剃り上げてと器用に髭を剃り鏡を見るが特に変わらない平凡顔に肩を落とす。
「くぉおおらテツ!! さっさと行くぞ!!」
「あいよ、そんな怒るなよ~遅刻するとだな思わな出会いがあるかも」
「フェルの件で足が重いのはわかるが行くぞ」
図星をつかれぐぅの音も出なくなりテツはトボトボとニノを後ろ歩いていく。第一声は何て話そう? もしかしたら完全無視? 考えれば考えるほどに後ろ向きになり最終的に開き直ってしまう。
「ここは大人な俺が折れてやろうじゃないか!! 軽く挨拶して」
「大人なテツよ着いたぞ。ほれささっと教室にいって軽く挨拶しようじゃないか」
「ままま待て!! 心の準備が、それにまだ校門……ん」
校門で威風堂々と腕を組み仁王立ちしてる男が一人。白い歯を覗かせ笑って真っ直ぐとテツを見てきている、腕は太く見るからに腕力ありそうで背も高い筋肉の要塞のような男。
――学園長だ