第一章
食欲を誘う匂いと眩しい光で意識が戻ってくる、少し眠りすぎたのかと思いいつも置いてある携帯を探し手を伸ばすがどこにもない、まだ寝起きで目蓋を閉じては開けての繰り返しで二度寝の誘惑に負けそうになる……丸さんから今日は休みという言葉を思い出し誘惑のままに再び眠りの中へ潜ろうすると。
「起きたかテツ待ってろ今朝飯作ってるからな」
「ん~あぁ悪いな、台所汚いだろ」
「そんな事はない、広く風通しのいい場所だ、それよりいつまでも寝てないで体を起こせ」
背中をボリボリかきながらなんともおっさん臭い寝起きで立ちあがり大きく背伸びをする、首を傾げてポキポキと鳴らし最近買った肌触りのいいパジャマの着心地に満足し中々気分のいい目覚めにテツはついつい大欠伸をし両手を大きく左右に伸ばす。
しかし眩しい、昨日窓を閉め忘れたのかと思うがそんな事はどうでもいい、今日は休みなのだ……いつも朝早くに起きて一人寂しい朝飯を作るが今日はニノが作ってくれてるのだ、世の男性なら一度は夢見る朝起きたら美少女が朝ごはんを作っているというシチュエーション。
神様は見捨ててはいなかった33年間何一ついい事がなかったがようやく人並みの幸せがやってきたのだとテツはまだ目蓋を開かずに腕を組み頷いてニノを視界に入れるために二度目の欠伸をしながら目蓋を開けた。
「ふぁ~ぁああニノお前家どこだ、なんだったら送って…………え」
どこまでも広がる空、雲一つなく見ていて気持ちがいい――そして大地、前に写真で見たモンゴルの大平原がそのまま目の前にある、心地よい風が地面の草を揺らし頬を軽く撫でなんとも気持ちよく寝起きには最高の景色じゃないか。
一度テツは眉間に指を乗せて目蓋を閉じて再び開ける、しかし何も変わりはしない大平原がテツの登場に風で揺れる草の音で大歓迎してくれた。
「そろそろ朝飯が出来るぞ、ほら立ってないで座れ」
振り返りニノをようやく視界に入れると……今度は学生時代の教科書で見た縄文時代のような焚き火があった、枝を口から突き刺し体を貫通させ一匹そのまま火あぶりにしている、大きな耳からしておそらく野兎、ニノは火から枝をとりそのままかぶりつき力強く噛む。
頬を膨らませムシャムシャと美味しそうに食べながらテツにもう一本の枝を差し出す、その枝にも野兎が火あぶりにされ見るに堪えない姿に変わっていた、テツはとりあえず受け取り座ってニノの真似をしてかぶりつく。
「お、見た目の割には案外いけるな」
「フフッ私が狩ってきたからな、そこらのより上等な兎だ」
「そりゃすげぇ~……ニノてめぇやりやがったなぁああああああああ!!」
まず焚き火を蹴り飛ばし怒り狂ったテツは立ち上がり青空に向かい力の限り叫ぶ。
「てめぇ俺を売りやがったな!! しかも国内ではなく海外とは恐れ入ったぜ!! 俺のどこを売った? 肝臓か肺か腸か……まさかこれから売られるのか、ほら怒らないから言ってみろ正直に言え、いやもう怒りを通りこし恐怖で奥歯ガタガタだから言ってくださいよぉ」
「落ち着けテツ、お前を売ったのならなぜ私がまだお前の目の前にいる? おかしいとは思わないか」
「あ確かになぁ~これゃ一本取られたぁ~ハハッ……あぁああああああああ!! おかしいのはこの状況だろうがぁああああ!! ここはどこだ!!」
兎を一匹全て食べ終わりゲップと同時にニノは立ちあがる、テツはそこでニノの服の変わりように気づく、全体は黒いが肩から腕にかけて白い線が入り黒と白のチェックのスカート……どこかの学生服かと思う、そして腰には長物が刺してある、どう見ても刀……いくらテツが刀に詳しくない素人だとしてもわかる。
「昨日言ったではないか証明しろと、ここは魔王が支配する世界だ」
「おいおいニノお前凄い奴だったんだなぁ~まさかドッキリでここまでするとは、参った!! 今回ばかり驚いた、こんなドッキリをしたお前を誉め称えるわハッハハハ」
「ぬテツ下がっていろ、私より前に出るなよ」
地平線の向こうから砂煙を上げて馬が走ってくる、乗り手は頭にバンダナを巻いた中年、手には斧を持っていて何かを叫びながらどんどん近付いてくる、テツは最初自分以上に痛い厨二病のお方かと思いニヤニヤしこれはニノが用意してくれたサプライズと現実逃避していた。
しかし――これはドッキリではなく紛れもなく現実だとニノが教えてくれた。
ニノも走り出し腰から刀を抜く、刀身を輝かせ宙に身を投げ飛ばしバンダナ男と同じ目線の高さまでいった瞬間に……首と胴体が別れてしまう、胴体からは噴水のように血が噴き出して馬から落ちる。
「……あぁ…」
言葉がまともに出ない、人一人が目の前で首を斬り落とされ地面に転がっている光景にテツは指一つ動かせなくなる、もしも昨晩大好きなジュースや水を飲んでいたら確実に漏らしていただろう。
「盗賊め!! しかし馬が手に入ったぞテツ、んテツどうした」
先ほどまで美少女に見えていたニノがテツには悪魔に見えてしまう、刀の切っ先から血を垂らしながら近づくニノに恐怖し地面を這いながらテツは逃げていく。