七
足が重く一歩進むたびに視線は下を向き溜息ばかりが増えていく。道路の歩道をトボトボと歩きテツは仕事帰り……別に仕事で疲れているから落ち込んでいるわけじゃない、これから帰宅して一番に顔を合わせる親になんて言えばいいか考えると頭が痛くなる。
「君さ仕事覚える気ある? これで何度目の失敗?」
上司にそう言われ有無を言わさずクビ、仕事は覚えないわ同じ失敗を繰り返すわとクビになる理由なら山ほどあり仕方ないと思う。
学校の学年には数人いる何でも出来る奴、学業はもちろん運動も出来ると完璧に近い存在……テツはその逆の人間だった。小学校で学業をサボり中学になれば授業についていけず運動も人並み。気づけば十六歳で高校退学になりバイトを始めるが、簡単な計算どころか九九も出来ない。
何度もクビにもなり最後に頑張ろうと決めたバイト先でもいつも通りの結果。もう悔しさや悲しさもなく『あぁまたか』と思うだけ、負け犬根性が染みついたテツは年季を感じさせる階段を登り帰宅する。
「あぁおかえりテツ。仕事お疲れ、今ご飯出来るからね」
母親はテツが仕事決まって以来機嫌はよく毎日笑顔で送り出してくれる。夕ご飯を鼻歌交じりで作る母親の背中を見るだけでテツは息が詰まりそうなっていく。
「母ちゃんあのさ……俺、またバイトクビになっちまった」
八畳一間で台所つき風呂はなし、父親はとうの昔に去っていき女で一人で育て上げた息子が何度目かのクビ報告。母親は包丁の手を止めて振り向きもせずに一瞬止めた手を動かし声色を少しだけ上げた。
「もうご飯出来るから座ってて、またクビになるなんてどうしようもないね」
「あ、うん、わりぃ俺馬鹿だからさハハッ」
畳みの上に座り丸い木製のテーブルに手を置き、待っているとリズムよく包丁の音だけ響く。何度経験しても慣れないクビ直後の重い空気……肩を落としていると包丁の音に混じり母親の声が聞こえてくる。
「ごめんね、子育て失敗したよぉ~あんたは悪くない!! 気にせず次頑張んな」
「……ッ!! 母ちゃんちょい外出てくるわ、すぐ帰ってくるからさ」
「こら!! 人が作ったご飯食べてからにしなさい!! テツ」
逃げるように家を出たのは重い空気に耐えられないわけではない。テツは見られたくなかった。丸いテーブルの上に涙を落としグシャグシャになった顔を見られるのが嫌で飛び出した。
全力疾走で近所を走り回り腕で瞳を隠す……近所で噂になるだろうが知った事ではない。テツはある小さな公園にいき声を殺し静かに泣いてしまう。
「違うんだ母ぢぁん!! 俺が、俺がクズでどうしようもない奴だから……ぐぅううう!!」
燃えるような赤い夕焼けを浴びてテツは肩を震わせ泣いていく。
――違うんだ母ちゃん、俺がよ俺がよ……俺こそごめんよ、こんな子供で――
「おいテツ!! 起きろ!!」
「いでぇええええ!!」
頬に痛みを感じ起き上がると少しの揺れを感じ小さな窓から景色を見ると馬車内とわかり、まだ痛む頭や体に顔を歪め隣で頬を膨らますニノに気づく。
「まったくベルカ最強の騎士に勝てると見込んだ私が恥をかいたではないか!!」
「うるせぇな!! あんな化け物みたいな親父に勝てるかよ!!」
「人間まずは最強たる私に言う事はないのか」
隣に置かれたパンドラがやたらと最強を強調してテツに角をぶつけてくると毎度の事ながら嫌々答える。
「あぁ最強たるパンドラさえいれば勝てたでしょうねぇ~あぁ最強のパンドラ様さえいればぁ~悔しいです」
「キィイイイイイ!! 人間貴様最強たる私を愚弄したな!!」
肘をつき流れる景色を見ながら帰りの馬車内でテツは先程見た夢を思い出し、昔情けない自分に涙を流していた事が懐かしい。
母親は今どうしてるだろうか?
ちゃんとご飯を食べるだろうか?
生活は出来てるだろうか?
およそ今心配しても遅い考えが浮かぶが、こうして離れてみて母親の偉大さがわかり情けない自分に笑えてくる。テツはもう母親に合わせる顔なんて持っていないのだから……たとえ元の世界に戻れたとしても人殺しの罪は消えない。
「キィイイ人間!! 話を聞け」
「キィイイイ!! ハハッハこの箱面白いなテツ、少し貸してくれ」
「小娘触るな!! 数多の最強伝説を作りあげた私に……やめて!!」
背もたれに背中を預け痛みを忘れるようにテツは瞳を閉じて再び睡魔の誘惑に身を預ける。意識を手放す前に一言だけ漏らす。昔の夢を見たせいか感傷的になってしまう。
「母ちゃん」