六
圧倒的に有利に進めているのにテツには余裕どころか恐怖が芽生えてしまう。何発も殴り顔が腫れ上がっているのにヘクターは臆する事なく虎視眈々と一撃を狙ってくる姿勢がテツは怖い。
「シッ!!」
更に先程まで直撃していたパンチが防がれてきている。相手の見えない角度から打っているはずなのにヘクターは木刀を盾変わりに使い直撃を防いで反撃の一振りまで出してきた。
大振りな一撃など当たるテツではないが深刻な問題が体に負担をかける。戦いが始まって十数分テツは動きっぱなしで息が切れ汗が吹き出て呼吸が乱れてスピード落ちていく……これ以上は危険と判断しテツは踏む込む。
「おっしゃ!!」
セオリー通りにヘクターの塞がった片目側から一気に間合いを詰めて大きく拳を振り被る。いくら軽いパンチとはいえヘクターはもらいすぎているために足にきている事は見てわかり、勝負の右ストレートで狙い打つ。
「ようやくきたな」
腫れ上がった顔を歪ませ笑うと木刀をテツの脇の下に突き刺す、そのまま振り下ろされた拳の手首に木刀を絡ませると……テツの右腕がガッチリと固まり動かなくなった。ギチギチとしなり骨が悲鳴を上げた瞬間にテツが見る世界は反転した。
気づくと背中を強打し視界がグニャリと曲がっていく。頭を強く打った証拠だ。瞬時に何をされたか考えると答えは一つしかない、木刀を腕に絡ませ投げられたのである。
「んなアホな……うごぉ!!」
素手での戦いの概念がないこの世界では投げ技などないと考えていたテツは驚く、投げ技は何も素手だけではなく武器を利用した技も存在するのだと……そう考え身を起こそうとした瞬間に脇腹に衝撃が伝わり肋骨の悲鳴を聞く。
木刀で打ち抜かれた衝撃を利用し勢いよく転がり間合いを離し起き上がる事に成功するがベルカの英雄は見逃さない。木刀が届き拳が絶対に届かない間合いを維持し剣術を叩きこむ。
「筋はいいがまだまだ、出直してこい!!」
肩から始まり脇足と全身を打ち抜かれテツが倒れそうになっても下から斬り上げられ許されない。最初に一撃をもらった時点で勝負はついていた……腕を上げて防御するが木刀の前では素手の防御など無に等しい、苦し紛れでパンチを出すがそれすらも叩き落とされるほどにスピードは落ちていた。
何発も何発も徹底的に木刀を叩きこまれ操り人形のようにテツは踊る。
「そこまでです」
ルーファスの声が響くと同時にヘクターの無限とも呼べる剣術の雨は止まり同時にテツは両膝をついて首を落とす、ボクサーの癖なのか顔だけは守ろうと腕は上げたまま意識はなく前のめりに倒れる。
「ルーファス様、本当にこのような男に期待を寄せるのですか」
「えぇ期待しまくりですよ~なんたってヘクター貴方の顔をそこまで傷つけたんですよ」
切れた唇に叩かれすぎて塞がりかかった片目が何よりのテツの強さの証拠だった。勝ちはしたものの勝利の余韻はなくどこか悔しさがありヘクターはルーファスに軽く頭を下げて王室を出ていく。
はぁ~と大きく溜息を吐いて今まで見ていたニノがテツに駆けより肩を起こし重たそうに引っ張りだす。
「医師に診せましょう、ニノ中々面白い男を連れてきましたね」
「欲を言えば勝ってほしかったが……さすがベルカの英雄は違うな」
「気にしないでください、それよりも問題はその武器だ」
転がっていたパンドラに近づくと腕を組み首を傾げてしまう。到底武器とも思えない外見に疑問を抱くが爪先で軽く蹴ると妖艶な女性の声が箱の中から出てくる。
「私を足下にした事を後悔させてやる、あの人間に私を持たせて再戦させてちょうだい。肉片一つ残さないわ」
「やれやれ参りましたね~この気丈なお嬢さんも運んでくださいニノ」
――テツは微かに残った意識の中で考える。何度目の敗北だろうか? 戦いもそうだが……学業で負け社会にも負け人生にも負けてきた。
いつしか悔しいとも思わなくなり最後には自分にすら負けていた……ヘクターに明確な敗北を味わい、今まで三十三年間の自分が走馬灯のように蘇り奥歯を噛む――
情けない。