六
何がいけなかった。
どこで間違えた。
高校中退か? 勉強をしなかったからか? ボクシングで落ちぶれたからか……
あぁ何がいけないんじゃなくて俺は何もしなかったからか……
薄れゆく意識の中でテツは今までの人生が走馬灯のように蘇り過去の自分を見る、学生の頃は勉強も出来ず特に取り柄もなくクラスで馬鹿をやり皆の注目を浴びる事しかできない自分。
無職になると毎日やる事もなく近所を歩き母親に叱られる自分、ボクシングでがむしゃらに毎日サンドバックを叩きその努力がリングの上で散る自分――何一つ残せてない、自分がいたという功績さえも残せてない。
自分の血で出来た水溜まりに顔を沈めながら、情けなく惨めで空しい人生をテツは意識を手放すように幕を……
「ガッ――ぁああ゛ぁああああッ!!」
体の半分はもう動かず片手だけで床に爪を立てて這いまわる、もう視界も暗くなり見えてる景色に黒いカーテンがかかるが足掻く、手の先に何か当たるとそれを掴み全力で引き込むと背中に衝撃が走る。
武器庫に並べてあった槍の束を崩し槍の中に埋まってしまいテツは動く事すら叶わなくなり手を伸ばす、最後の力を振り絞りただ手を伸ばし何かを掴む。
「離しなさい下等な人間」
「じにだく……ねぇ…助け」
指先から声が聞こえてくるがテツは神にでも祈るように拝み、手で掴んだ物を離さない、肌触りで金属とわかるがそれ以外は一切不明――それでもテツにとっては最後の希望でしかなく、すがるように助けを求めた。
「ん? 人間あんた珍しい匂いだねぇ、この数百年で初めての匂い」
「ガハッ!! だずけて……ぐだざい」
「なら契約する? こんな埃作い部屋に何十年も閉じ込められ狂ってしまう所だったから丁度いいわ」
妖艶な大人の女性の声だ、男を惑わす色香の混じった声色で囁かれテツは答えるように力の限り握り締めそれを最後に意識は無くなった、掴んでいた手は力を失いこぼれるように床に落ちてテツは人間としての機能を完全に停止する。
「起きなさい人間、これからお前は私の奴隷となりその生涯を戦いに使ってもらうわ」
「……っ!!」
失ったはずの感覚が戻り勢いよく槍の束から体を出す、自分の両手を見て脚を見て思考が停止してしまう、傷は塞がり痛みもなく異和感だけが体にある。
体の中に何かを流し込まれたとわかり顔や足を触るがわからない、ただ燃えるように体は火照り汗が一気に毛穴から吹き出してきた。
「おめでとう人間、お前は見事に契約者に選ばれたのよ」
手で掴みそこねた物を見ると鞄……金属で作られ中央に牙を剥き出した狼が掘られた銀色の鞄が喋っていた、喋るたびに左右に動き最初は何かの手品かと思いテツは当たりを見回す。
「血が足りなかったから変わりに魔力を流してみたら成功ね、さて人間お前は誰にやられた? 肩慣らしにそいつを殺しにいくよ」
「あ……なんだお前」
「私はパンドラ、今この時からお前の主人になる優雅にし最強の武器!! わかった?」
口調からして自分は頭がいいと思っている馬鹿だというのがパンドラの第一印象だった、テツは膝をつきパンドラを見上げ本当に主人と奴隷のような形で出会う――息を整えパンドラの取っ手部分を掴み持ち上げて全体を見ていく。
鞄というより大きなアタッシュケースのように見えとても武器には思えない、軽く拳で叩いてみると勢いよくパンドラは跳ね上がりテツの顔面にその鋭い角をぶつけてきた。
「さて人間お前の望む武器を言いなさい」
「グッ何言ってんだお前、鞄から何か出す気かよ……糞!! これがウィルの言っていた武器かよ」
「私はあらゆる多重世界から武器と繋がっている大魔法の結晶、つまりはわかる? 最強なのよ!!」
最強という言葉を強調するあたりに馬鹿さを感じテツは安堵の溜息を漏らす、理由はどうあれ絶望的な状況から生還し命を繋げた事に神に感謝したい気分だが、テツを助けたパンドラは神ではなく悪魔のような存在だと後に思い知らされる事になっていく。