五
二対一という有利な状況なのに余裕はまったくなくテツはひたすら逃げ回る、ニノが隙をつき飛び込もうとするが巨大な戦斧を扱うだけあって懐が遠く攻め手にかけテツの体力の残量が減っていってしまう。
額から流れる汗を拭う行動する出来ない程にハンクの起こす竜巻じみた攻撃は回避に神経を使う、テツの考える事はただ一つ……壁を背負わない事、敵を中心に回れば逃げ場は無限にあり空振りする敵は怒りを不安に変えていく。
何度攻撃しても当たらない現実に必ず不安は生まれ、次第に体を浸食し攻撃が雑になる瞬間を待てばいい。
「ハッハーどうしたぁ!! 大きいのは見た目だけで全然なってねぇなぁ」
両手を広げタップダンスを踊るように両足を交差させ挑発するとハンクの動きが止まる、ニノは背中越しに今かと狙っているが隙が無いのか動けない。
「ふざけた態度の割には回避技術に秀でて体捌きは一流といってもいいだろう」
突然ハンクが喋り出すとテツは構えを解き体を休める、動きっぱなしの体に一秒でも休息を与え次の回避に備えていると肌寒さを感じ汗が引くのがわかる。
全身が汗だくなテツには丁度いいくらいに感じているとニノが何かを叫び出す、その言葉を認識して足元を見ると青くビッシリと氷が張り付いていた。
「しかし攻撃する意志がないとわかり興が冷めたぞ、貴様のような逃げ回る虫には丁度いい魔法を持っているのでな」
氷は膝まで登ってきていてビクともしない、よく見ればハンクの戦斧が地面に下ろされ切っ先から地面は青く染まっていた――巨大な戦斧の存在で魔法をすっかり忘れていたテツは恐怖で全身の体毛が逆立つ。
「ここまで我が攻撃を回避したその技量に敬意を払い一撃で終わらせてやる」
ニノが後ろから刀を振り被り斬りかかるが圧倒的なリーチの差で先手を奪われ吹き飛ばされる、刀で直撃は防いだが小さな体は衝撃を防げずボールのように何回も地面を跳ねて飛ばされていく。
気づけばテツは一人脚を奪われハンクを目の前に震えていた、膝は凍りついたせいで震えないが上半身を肩まで震わせ今にも泣きそうな顔になる、目の前に迫っているのだ……死が。
「ちちちくしょうがぁ!!」
魔法を発動させ水流の剣を作った瞬間にその水までもが凍りつく、大量の水が凍りつくと一気に重量は増し支えきれず剣を落としてしまう。
脚という機動力を奪われ。
剣も奪われ……ハンクは最後に残ったテツの命を奪いにかかってくる。
戦斧を大きく振り被りテツの前に立つ、何とか抜け出そうともがくが脚の凍りは張り付いたまま――最後に腰を大きく捻ると氷に亀裂が入るのがわかり喜ぶが、無情にもハンクは振り抜いた。
「やめ、やめてく……助け――てっ」
痛みはなく斬られた部分が熱かった、目の前が暗くなり何度も体が飛び跳ねる感触がし最後には扉を破壊しテツは玄関ホール横にあった部屋まで飛ばされようやく視界が戻ってくる。
視界は大きく揺れニノが遠くで叫んでいるが鼓膜が破れたようにエコーがかかり聞きとれない、首の横が酷く熱く手を重ねると何かにぶつかり見てみると言葉を失う。
鎖骨が肉を突き破り血が吹き出し目に入ってくる、鎖骨を砕いた傷は胸から腹にかけて広がり臓器が剥きだしになるほどに切り開かれていた。
「おい、嘘だろ……ゴッ…プッ!!」
口の中に血液が溜まっている事に気づき大きく吐き出す、その血液は赤くはなく黒く致死量所の量ではない、立ち上がろうとしても脚は動かず回りを見れば武器だらけの部屋――
――寒い
肩に突き刺さった金属の破片が急激に体温を奪っていく――
滴る血痕は命の残量と反比例し大きくなる――
これが【死ぬ】ってやつか――