五
片腕を切り落とされ泡を吹いて倒れる者や脚を切られ泣き叫ぶ者……酒場はフェルのたった一振りで大混乱になり回りが敵だらけになる、テツの座るテーブルに人の足が勢いよく飛んでくると動けない、両手をテーブルに握り拳のままにし動けなく凍りつくような無表情で蛇腹剣を再び振るフェルを見る。
一振りごとに犠牲者は増え続け出口に向かい逃げようとする者すら容赦なく背中から斬りつける、先ほど牛乳を運んできたマスターは壁にもたれ腹から赤い絵の具のような血を垂らしていた。
テツはテーブルから微動だにせずフェルを見上げニノ同様の匂いを感じる、殺人を気にもしなく呼吸するように殺すフェルに寒気を感じ……覚悟が足りなかった事に気づく。
「――ッ!!」
この世界で強くなる事は即ち殺す、それも何人何百何千という屍を積み上げた上に成り立つ強さなんだとフェルが教えてくれるようだった、普段テツは家でRPGをして敵を殺しまくり経験値を稼ぐ作業をしている……ただそれをやればいいいのだが簡単に割り切れるはずがない。
ふと牛乳が注がれた空っぽのグラスを見ると後ろから武器を持って襲いかかってくる敵が映る、このままだと確実に背中から斬られ殺されてしまう。
テツは心の中で願う――くるな、こなければ争う事もないんだと甘い幻想を願いながら一度目蓋を閉じて下唇を噛み腰にある剣に手をかけた。
「ちくしょうがぁあああああああああ!!」
椅子を回転させた勢いで腰の剣を抜き両手で振り上げ敵の腹を切り裂きテツは人生で二人目の命を奪う、不思議な事に一人目の時のように吐き気もショックも受けない自分が怖かった。
「テツさんまだまだ敵はいますよ!! さぁレッスン1です、迷わず殺してください」
テツに返事を返す余裕はなく次に襲いかかってきた敵の攻撃を避けて胴体を貫く、幸か不幸かテツは回避能力に長けている、元々体格とパワーに恵まれずアウトボクサーでカウンターパンチを得意とするテツのスタイルは剣を持たせると見事にハマりフェルの予想以上に成果を上げていく。
何も考えずにただ敵の攻撃だけを見てテツは動く、余計な事を考えていたら迷いが出て動きが鈍り隙がでる、頭を真っ白にしもっとも怖がっていた殺人に没頭している。
「これは凄いかもしれません」
フェルが初めて見る構えだった、剣を地面に垂らし軽やかにステップで攻撃を避け有無を言わさず相手の隙に剣を叩きこむ、時には相手と同時に動くがハンドスピードに圧倒的な差があり先の先を制しテツは殺しまくる。
酒場のジャズにも似たBGMに乗り踊るように殺す、次第に剣が腕の一部のように感じ始めたテツはジャブを出すように手首にスナップを効かせ剣が鞭のような機動を描く。
防御を捨てた完全攻撃姿勢の構えは機動力を武器にし気づけば7人を血の海に沈めようやくテツは自分のした事に気づく。
「初めて見る構えですが見事です、さ、次いきますよ」
「おい……ウォ――オェ」
強烈な死臭で思い出したかのように吐く、酒場は赤いペンキをぶちまけたかのように全てが人の血……自分がやった事を思い出し吐き気が加速していく。
肩をすくめたフェルがテツの首根ッこを掴み上げて酒場を出て入り口の扉を固く閉める、酒場前は変わらず人が行ききし扉さえ開けられなければ何も問題無しとフェルとテツは歩きだす、口を拭いながらまだ肩が震えているテツに笑顔でフェルが言う。
「この街に盗賊の一味がいます、奴隷商売を生業としている奴らなんで退治します」
「ハァハァ……糞!! 最低なレッスンだな!!」
「レッスン2です、少し強い敵を倒しましょう」
死臭を全身に漂わせながらフェルの言うレッスンで更に街の奥に進んでいく。