一
午後の実戦授業は偶然が続いた、エリオが意気揚々とニノに勝負を挑みテツはこの前の金髪を倒したせいか誰も寄りつかなく一人で素振りをする。
そしてもう一人……フェルも一人取り残され立っていると残された者同士のテツと目が合う、テツが苦し紛れの笑顔を作り片手を上げると勘違いされたらしく頭を下げられ木刀を構えてきた。
偶然だった、たまたま二人が近場にいて目が合っただけで対峙する事になりテツは頭をかきながら困る、いくらなんでも小さな女の子に木刀を叩きつけるのはいい気分はしない。
「いきます」
見た目の割にはハッキリと宣言し向かってくる、走るのではなく飛ぶ――空中を駆けるように勢いよく小さな体を躍らせ一回転させた後にくる攻撃はテツの目の前の空間が歪んで見えるほどに鋭い、ボクシングで鍛えた反射神経で避けるが鼻先の皮一枚から血が出て緊張で固まる。
「目がいいんですね、それに瞬発力もあり剣術には向いてますね」
「そりゃどうも、聞きたかったんだが何で授業中に俺の方に……だぁああ!!」
次は横からの薙ぎ払いを受け止めると腕が痺れフェルのどこにこんな怪力があるのかと疑っていると次がくる、上からの叩き落としをスウェーで最低限の動きで避けるとフェルの動きが止まり猫のように目を大きくし首を傾げてしまう。
反撃したいがもし自分から手を出そうものなら瞬く間に地面に転がり苦痛に悶えるとテツも素人ながらにわかる、しかし攻めない限り勝利はなく……いつのまにかフェルが小さな女の子ではなく強敵になっていく。
「貴方が得意とする拳で戦う戦法を見せてもらえませんか」
どうやらフェルはあまり無駄な事を喋るのが嫌いらしく淡々と必要な事だけ語る、確かに剣術では勝負にならなくテツは木刀を捨てると片腕を垂らしもう片方を顔の横に持っていく、リーチの差はやはりフェルに分があるがスピードで攪乱していき軽快なステップで動き回る。
「先に言っとくが手加減なしで全力でいくぞ、お前に手を抜いてたら危ないからな」
大人げないとは思わない、この世界で生きていく以上覚悟を決めないと殺されてしまうという事を初の実戦で学びテツは握った拳をフェルに放りこむ……見事の直撃、反応すら出来なかったフェルは鼻から血を垂らし痛みより驚きの表情で鼻血を袖で拭う。
牽制の軽いジャブのつもりが体格差のせいか思った以上にダメージを与えテツは驚くが油断はしない、距離をとるとフェルの構えは変わり顔の横に木刀を持っていき半身に構える。
明らかにテツの動きの合わせ動くつもりだとわかるとスピードのギアを一段階上げていく、フェルの回りを脚を使い前後ろ左右と回り続けるがフェルは微動だにしない。
「……ッ!!」
フェルが焦り目でテツの動きを追ってくる時こそ狙いだった、目で追えなくなれば必ず首を動かし顔が動く、しかも木刀を持っている以上体も動いてしまい必ず出来る隙にテツは容赦なく左で刺していく。
二発目の攻撃はフェルの額に叩き込まれ顔が後ろに傾く、脳を揺らした感触が手に感じ一気に叩みかける、体を左右に振り体重と加速を拳に乗せてのボディ!! フェルの体は一瞬地面を離れ後方に飛んでいく。
「もらった!!」
勝利を確信し利き手の右を大きく振り被り前に出る、しかし勝利を確信した時に逆転……よくある漫画とかにある状況だがテツはまさに漫画の世界のような体験をした。
横の軌道を描いたフックはフェルの顔に当たる直前で弾き飛ばされた、木刀の柄の底で高速で飛来してくる拳を叩き上げそのまま木刀を半回転し――用いたのは突き、切っ先をテツの腹に突き刺すように突く。
テツが痛みを感じた頃には既に体は宙に放り出され自分の出す胃液が青空に散乱していた、地面に倒れ薄れゆく意識の中で聞きたい事を口に出す。
「グッ……あんだけ喰らって反撃するか普通ッ!!」
「私も後一発で倒れてたでしょう、いい勉強になりました」
ペコリと頭を下げる少女に避ける事すら困難なボクサーの拳を叩き落とす天才としか言いようがない才覚を感じテツは意識を手放し苦痛から解放されていく。
最後に頭に浮かんだのは――楽しかったな。