第三章
恐怖と悔しさが同時にくる感覚は生まれて初めての体験だった、人殺しという烙印を押され初めて殺した相手が夢に出てきて何度も夜中に悲鳴と共に目を覚ます。
そして悔しさ……初の実戦でなにも出来ず殴られ殺されかけたという事実は恐怖とは別に涙が出るほどに悔しい、テツはどこかで勘違いしていた、ニノに選ばれ異世界にきてどこかで自分は勇者になったような気分に浸っていた。
自分は強くなったんじゃない強くなった気でいただけだ、それに気付きテツは自分の愚かさに腹が立ち駆けだしていく。
「シッ」
満月の夜に周辺には草しかない平原でテツはシャドーボクシングを繰り返す、情けない自分を震い立たせるように汗を流し無我夢中で拳を突き出すが……途中で腕が止まってしまう。
握っていた拳を開き顔を隠すように重ね膝をつき数秒経過すると――何年ぶりだろうかテツがこんなにも熱く悲しい涙を流したのは。
「……うぅ…あぁ!! 俺何やってんだよ、33にもなって女一人とも手を繋いだ事すらないなんてな、ハハハッ……あぁ……ぐぅううっ」
誰もいないが声を押し殺すように泣く、あの時あぁすればあの時……と考えテツはようやく人生と初めて向き合った気がした。
死ぬのが怖かった。
逃げる自分が怖かった。
全部自分の事しか考えてない自分が怖かった――
「おはよ~す」
翌日テツは教室の扉を開けていつもの挨拶するが返事なしともはやいじめじゃないかと思う、席に着くとまずやる事がある、いつもチラチラこちらを見てくる銀髪少女への言葉だ。
「フェルありがとな、お前に命救われたわ」
返事はないが銀髪の隙間から見えた小さな耳が真っ赤に染まっている、こんな可愛い少女が表情一つ変えず何人もの人間を殺すのだからここは本当にテツの知らない世界なんだろと再確認すると。
「……怪我平気でしたか」
思わず席を勢いよく立ち上がり周囲の注目を集めたがテツには気にも出来ない、喋った確かに今フェルの声が……正確には聞いた事はないから本人かわからないが聞こえた、あの超絶無口美少女が口を開きテツに語りかけてきた状況に焦る。
{どう動く、ここは話題を伸ばして一発笑えるギャグをいい}
「あのまだどこか悪いんですか?」
確かに前方から聞こえフェル本人と確認すると飛び上がるほどに嬉しくなりついつい口走ってしまう、中学生が女子に興味を持ってほしく馬鹿をやったりする黒歴史とも言われる事を。
「男はワイン女はグラス、この意味がわかるかい」
「……」
「男は女に愛を注ぐからさ!!」
フェルは無言に戻り捕えられかけたコミュニケーションはテツ自らが投げ出してしまう、こーゆ事を言った場合無視が一番ダメージが大きく恥ずかしさで拳を震わせていると助け舟が隣からくる。
「おぉなるほどワインとグラスをかけたのか男と女の関係もそこに」
「やめてくれ!! ボケを説明するのだけは勘弁してくれニノ!!」
睡眠と涙というのは便利で昨晩の悲しみや悔しさをたった数時間で和らいでくれた、いきなり異世界に連れ込まれ戦いに巻き込まれ殺し合いの中でテツはギリギリまだ理性を保っていられる、いつ心が折れるかわからないがテツはもう逃げたくはなかった。
33年の時間現実から目を背けて生きてきたがそんな自分を消し去りたい、今すぐには無理だろうが少しづつでいいからとテツは努力をしてみる事に決める。