四
一人の男がイリアの声に反応し立ち上がると無言でユウヤの前に立つ、推定190はあろう大男は青いジャケットに黒のダボッとしたズボンで動きやすい姿で地面に転がっていた木刀二本を拾い上げユウヤに差し出す。
受け取ったユウヤは距離をとり構える、両手で木刀を握り力を抜き垂らし構えと呼べる物なのかは異世界の住民達にはわからない、ユウヤが幼い頃から叩きこまれた剣術……剣道とは遠く離れており真剣を持つ事が想定される構え。
「こいつはハンク、まぁ見たままの力任せの奴だが強いぞ」
少し離れた所で腕組みをしているイリアに言われずともわかる、短めに剃りあげた短髪を後ろに流し顔の筋肉で目が小さくなっている無骨な顔、服の上からでもわかる強大な筋力――これだけ揃っていて弱いわけがない、片手で持った木刀が小さく見えてくるほどに。
無造作に振り上げた木刀を振り上げユウヤに向かい叩きつけると地面が一瞬盛り上がり弾け飛ぶ、予備動作が大きく軽々避けたがこの光景を見てしまえば脅えてしまうがユウヤは思い出す。
素手の勝負なら体格差は大きいが武器を持った状態なら体格差など無いに等しい、祖父の教えであり背丈が170少ししか成長しなかったユウヤには心強い言葉だった。
「ほぅ小僧まだやるか」
「もう勝った気でいるのかおっさん、俺はまだどこも怪我してないぞ」
力任せに振り回す木刀を祖父から習った体捌きで避け続けていき見る、ハンクの癖や仕草を観察して勝負の時を待つ、左から叩き落として返しの切り上げ……最後に大振りの横の薙ぎ払いが終わるとユウヤは動く。
今まで垂らしていた木刀に力を込めて地面を這うようにハンクの懐に潜り込む、圧倒的リーチの差は隙をつき無くし剣速の速さなら比べるまでもない、木刀は下段から流れるように這い上がり獲物に喰らいついたのは一瞬。
ハンクの胴を抜くようにユウヤは腹を叩きつけるのではなく斬るイメージで切り落としハンクの巨体を通過し互いに背中合わせになる。
「ぬっ――ぐぁ」
どんなに筋肉で武装したところで鍛えられない個所があり、そこをつかれたハンクは口から唾が混じった液体を垂らし地面に倒れる、イリアの指示で部下にハンクを運ばせた後に二人だけになると乾いた拍手の音が響く。
ユウヤは地面に腰を下ろし緊張が途切れたのか深い溜息をつく、イリアはまだ拍手を続け短めに切り揃えられた銀髪を揺らして喜んでいる。
「凄いぞユウヤ!! なんだ今の技は、私にも出来るか?]
「俺が元いた世界の剣術だ、イリアお前には出来たとしても時間がかかる」
「ぬ、そうか……まぁ入団おめでとう、ハンクなら丈夫だから明日にはケロッとしてるだろう」
いい加減暑いのでロングコートを脱ぐとイリアが興味を持ち開いたり伸ばしたりと遊んでいる、何人もの屈強な部下を率いて戦場に出向くのかと疑問に思えてしまう。
イリアが突然ピタリと止まると顔を近付け鼻先に指を指してきた。
「言い忘れていた、私達の部隊の名前は【アベンジ】意味は逆襲!! どうだカッコいいだろ」
「はぁ何でもいいから腕のいい鍛冶屋とかないか? 銃は無理だとして揃えてもらいたい武器がある」
その日ようやくユウヤはこの世界にきて初めて眠りについた、もしかしたら次目覚めた時には元の世界に戻っているんじゃないかと淡い幻想を抱くが次に目覚めた時にその幻想に笑ってしまう。
そもそも元の世界に何の未練もないが不思議と違う世界にきてしまえば元いた場所が愛しくなる、後にユウヤはこの世界を揺るがすほどの人物になるが今は安心しきった赤ん坊のように眠りにつく。