一
テツの朝は早い、朝5時に起きて今日の予定と隊員配置を考えて朝飯を作りといろいろ支度してると1時間が経過し待ち合わせである駅に向かう、車は仕事で使うのだから安い軽乗車にし車内はお世辞にも綺麗とは言えない。
駅につき昨日の新人を待つ……30分経過してもこない、寝坊かと思い笑いを込み上げてくる、テツも新人時代は朝は苦労していた記憶を思いだしてる間に一時間が経過していた。
さすがに現場に間に合わなくなると会社に電話し確認をとると上司から新しい新人が向かっていると言われ安心――など出来るわけがない既に1時間遅れている。
「たくっまぁいいか、遅刻しても俺のせいじゃねぇし、でもあの監督うるさいんだよなぁ~誘導員にハイスペック求めすぎだっつーの、ん?」
テツの車をこれでもかと目を細め見つめてくる少女が一人いる、歳は10代だろうか中々の美人だ、ショートの黒髪が愛らしくテツがその可憐さに数秒目を奪われいると……くる、一直線に最短距離で車に近づき顔をガラスに押し付けてきた、慌てて車から出ると少女は無表情で首を傾げる。
「すいません、テツさんですか?」
「えぇまぁ……新人さん?」
「はいよろしくお願いします」
交通誘導はまず女性のする仕事ではない、それもこんな可愛らしい少女がするのはありえない、テツは何かの宗教勧誘じゃないかと疑うが一応は車に乗せて現場に向かう、車内は沈黙という重力でテツは押し潰されそうになり何か話題がないかと探して気づく。
「あ俺テツってんだ、君は?」
「ニノ・クライシスです」
そう名乗った少女はどう見ても日本人だ、髪も瞳も黒い、ここは笑う所なのかと思うがニノと名乗った少女の表情からして真剣なんだろう、細かい事は気にせずに現場に向かうが会話がどうしても続かない、テツはお喋りは好きな方だがニノの独自の空気が口を開かせてはくれない。
「とりあえずここに立ってて何かあったらトランシーバで教えて、基本的には車は通しちゃ駄目ね」
「了解しました、死守します」
「あ、うん頑張ってね」
通行止めの場所は田舎道で1時間に車が20台もこないテツとしては最高の現場だった、新人のニノには丁度いいだろうと腕を組み頷き自分の配置で暇を持て余す、基本的にやる事などない、ただ立ってるだけひたすら暇という敵と戦うだけの仕事……そしてテツはいつもの妄想に入る。
今日は魔王を倒した勇者が戦いのなくなった世界から必要とされなくなり、勇者もまた魔王になってしまうというテツにしては偉く夢も希望もない妄想をしている。
「くっ何が勇者だ、平和になった途端に人を邪魔物扱いしやがって……ふざけるなよ、ん」
妄想に熱が入りついつい口走っているとトランシーバーから音が漏れてきている、ザーザーと雑音の中に微かに声が聞こえ耳元に持っていくと声色ですぐニノとわかるが問題はその内容だった。
『ザー……果たしてこの世界に勇者となる逸材はいるのだろうかザー……金色の髪と緑色の瞳を持つザー……私はまだ諦めない、諦めたら滅んでしまう』
遠目からニノを見るとトランシーバーを口元に近づける姿が見える、可愛いじゃないかあんな可憐な少女も自分のように妄想するなんて……テツは混乱する、いきなり現れた美少女、交通誘導なんて仕事場にはまず存在しない美少女が突然電波な発言をする、まるでどこかの出来の悪いゲームみたいだがテツはそーゆ設定は嫌いではない。
しかしゲームではなく現実で遭遇してみると不気味――炎天下の中でトランシーバーに一人でブツブツいう美少女、しかも内容を聞いたら更に不気味。
仕事には邪魔にならないだろうからほっておくと次々に厨二テイストな用語が連発されてテツの中で疼きだす、魔王、竜、魔剣……聞いてるとわかってくる、これはニノが作りだした物語なんだと。
「おいニノ、そこはヒロインがかったりぃと言いながら登校するか、屋上で授業サボってた時に敵が学校襲ってきた方が展開的にはいいぞ」
我慢できずについつい口を出すと遠目からニノが肩をビクッと震わせこちらを見ている、テツは軽い冗談のつもりで手を振るとジト~と見られてるような気がし手を引っこめた、さすがに少しやりすぎた感があったのか気まづくなってしまった。
「テツさんと言いましたね、私の話信じてもらえますか」
トランシーバーごしに聞こえてくるニノの声色は少し震えてように感じたがテツは気にせず会話する、どうせ暇なんだからこうして会話も悪くないと思い笑顔で言う。
「キャラ設定はいいが構成がまだ甘いな、ヒロインの登場がベタすぎるし何で主人公がいないんだ?」
「現在探しております、貴方のような少年の心を忘れない人は中々いません」
「ハハッそれゃそうだ、俺の頭ん中は中学生から進化してないからなぁ~ニノはよくそーゆ話作ったりするのか」
それからテツにとっては楽しい時間だった、自分が今まで妄想で作りだしていた物語を話すとニノは真剣に受け答えしてくれて感想まで言ってくれる、逆にニノの話を聞いてみると鳥肌が立つくらいに面白くテツの脳内ではすでにアニメ化され創作意欲を刺激されていく。
時間の経過が数倍早く感じて仕事が終わる頃にはテツは声が枯れていた、帰りの車の中でも枯れた声で喋り続け子供のようにテツはハシャいでいた、駅につきニノを笑顔で帰しテツはウキウキで帰宅する。
美少女が初仕事でこんなおっさんと意気投合し無表情だったが瞳は確かに輝いている、まるで安いドラマでも見ている気分だったがテツはそれだけでも嬉しい。
「さぁ~てどんな感じかな」
ネット掲示板に今日の出来事を書きこむと様々な意見がくる、嘘乙、妄想は楽しいよね、それが事実ならフラグだ!! 三つめの意見に目が止まる、あんな可愛い子が……年甲斐もなく少し胸を締め付けてしまう。
「……」
が、そこでテツは嫌でも現実に戻されてしまう、冷静に考えれば絶対にありえない事……あんな子が33歳でバイトしてる男になんか興味持つわけがないとわかりきった事を口に出してテツは座る、そう現実には奇跡なんか起きない、あるのは残酷な毎日だけなんだと思ってしまう。