最終章 テツの選択
動かなくなったエリオを抱えたままテツは全力で走った。認められるはずがない。まだ若い、未来はどーなるかはわからないが可能性は無限大。そんな若者が――
「ウィル!!」
エリオを背負ったまま扉を蹴破りウィルに掴みかかり事情を説明するとウィルの顔がいつものアルコール中毒者の赤い顔から変わっていく。白くなっていき驚き、そして背中のエリオを抱え顔を見た瞬間に落胆してしまう。
腹を深く貫かれ、その他も酷い傷が目立ち、そんな状態のままテツを背負ったエリオの顔は苦しみよりも口元だけが笑っていた。
「おいウィル治せるよな? お前特別な武器とか研究してんだろ? なんならエリオを契約でもさせてこんな傷すぐ治そうぜ!!」
言っている事が滅茶苦茶なのはわかるがテツは言う。認められない。自分ならまだしもエリオは……学園時代から思いを寄せてた女にフラれ、それでも――
「テツ。いくら再生能力があってもな……ない命は再生できないんだ」
ウィルの言葉が頭に叩き込まれていく。信じなくたくない現実が突きつけられウィルに掴みかかり顔を近づけ吼える。
「ふざけんな!! なぁ……頼むよ。あんたぐらいしか頼れねぇんだ……頼むよ。こんなのってねぇだろ、こいつの人生はこれからなんだよ」
横たわるエリオを見ると涙が込み上げてくる。いつも一緒に馬鹿やってフェルの前じゃ照れ隠しのように強がるエリオの顔が今では安らかに眠るようになっていた。
「こんなのって……なぁエリオ。おい起きろよ~おい……うぅ」
魔王を倒し世界を救った英雄は誰一人救えなかった。苦楽を共にした仲間も愛する女も。大切な親友も――
体の水分を全部出す勢いで泣いた後にテツは眠りについた。感情よりも体が休息を欲して強制的に眠りにつかされ、魔王を打ち倒したのに敗北の気分で涙を落としながら眠った――
―…
「テツ話がある」
泥のように熟睡した後にテツは起き上がりギンジが眠る庭で穴を掘っていた。感情を全て出し泣き明かし冷静になり淡々と穴を掘る。
「なんだ」
ウィルの声に手を止めず穴を掘り続けると最後の仕事にかかる。エリオの死体を持ち上げ穴に放り込む。どうせなら豪華な墓標で飾りたいが今はそんな状況じゃない。
「ごめんなエリオ。後で世界一の墓標にしてやる、お前は命の恩人だ。金なんていくらでもかけてやるぞ」
墓標にエリオが愛用していた一本の槍を刺し完成する。手を合わせ目を閉じテツは言葉を出さずにしばらくすると立ち上がりウィルに振り向く。
「お前を元の世界に帰せるかもしれない」
「な!! どーゆ事だ」
「お前が持つパンドラはあらゆる世界から武器を持ってくるんだ。上手く使えば時間を戻せるかもしれない。当然お前も連れていける」
【戻れる】いくらテツが殺人鬼で化け物でもあの何の変哲もない交通誘導員時代に戻れる……もう人を殺さず、平凡な人生を歩める。それはどんな金銀財宝よりも魅力的でどんな物よりも変えがたいとさえ思える。
「テツお前は元々気の弱い普通のおっさんだったんだ。この世界での経験なんて戻って時間が立てば薄れ普通の生活に馴染むさ。ここで帰っても誰も責めないさ」
「黙れ!! 俺は……」
「この話はお前が魔王を挑む前から考えていたんだ。すまなかったな。お前を最大限に利用しちまって、こんな老人の命でよければ気の済むままにしていいぞ」
両手を広げ好きにしろとウィルが言うとテツは頭を落とす。欲を言えば戻りたい。数え切れないほどの命を奪ってきたテツだからわかる。人生で一番の価値は金ではない、誰も殺さず自由気ままに生きれる事だ。
突然の選択に置いてあったパンドラが鞄の角を揺らし反応してくる。
「やれやれ最後の大仕事になりそうね。ささっと行っちゃいなさい人間。そーすれば私も次の契約者探せるし迷う事なんてないわよ」
ここで迷いなく異世界に残ってやり残した事をするんだと言い切れば格好いいだろう。まさにテツが憧れた主人公だ……言いたいがその言葉が喉から先から出てくれない。
もう諦めた人生だが目の前にやり直せる可能性を出させると迷ってしまう。こんな自分にでもまだまともに生きられるかもしれないという可能性がテツを苦しめる。
「ちくしょう!! 今更なんだよ!! 俺は俺は――…」
テツは選択していく。
希望ある帰還か。
死と絶望の異世界か。